葉桜

 最近、メタボが気になるお父さんは、カメオを連れて休日にウォーキングをしている。

 街の様子にくるくると色を変えるカメオを見ていると、知らぬ間に足が進んで、たくさん歩けるのだと言う。

 今朝のウォーキングから帰ってきたお父さんの、トレーニングウェアのポケットから出てきたカメオは鮮やかな紫色に染まっていた。

「いきなり紫に変わっていて、びっくりして辺りを見回したら、街路樹の根元にスミレが咲いていたんだ」

 あんなところにも花が咲いているもんだなぁ~。庭いじりが趣味のお父さんが冷蔵庫から特保マーク付きの緑茶のペットボトルを出して笑った。

「母さんもカメオと散歩でもどうだ。気にならないか?」

 ペットボトルのキャップをひねりながら、私の下腹を見てニヤニヤと笑う。

 ムッと睨みつけると肩をひょいとすくめ、小皿に緑茶を少し注いでカメオの前に置いて、自分もおいしそうに飲む。

「キュイ!!」

 喉が渇いていたのか紫色のカメオが小皿に飛び付く。冷たいお茶を飲む小さな音が聞こえ、カメオの体がゆっくりと緑茶色に変わった。



 確かに季節は春。冬の間に少し重くなった下腹のラインが気にならないわけではない。

 これから薄着の季節だし……私だってまだ中学二年生の母親。枯れるには早過ぎる。

『『花の命は結構長い』ってCMでも言ってるしね。ドライフラワーだってまだまだ咲き誇れるものね!』

 グッと力を込めて力説すると

『それ、何か違うって……』

 綾花あやかが何故かツッコんできたけど。

 とにかく主婦となれば、ただ歩く為だけに歩くなんて、もったいないこと出来ない。

「ええと……銀行で振込みして、途中のポストでハガキを出して……ついでに夕飯の買い物もしてきましょ」

 いつものバックに支払いの請求書にハガキ、買い物袋のマイバックと詰めて、カメオを呼ぶ。

「カメオ~、お出掛けするよ~!!」

「キュイ」

 声がして手元をみると既にカメオがバックのいつものポケットに入っていた。

 そう言えば出掛けるときは、いつもついてくるのよね。

「カメオ、今日のお出掛けは特別なの。ダイエットの為に頑張って歩くよ~」

 一応銀行も行くし、身なりを整えて、ちゃんと日焼け止めのファンデーションもしっかり塗る。運動用のスニーカーを久しぶりに履いて、気合を入れて靴紐を結んだ。

「よし!!」

 防犯と歩き易さの為にバックを斜め掛けにして、掛け声を掛けて玄関のドアを開ける。

「キュイ?」

 いつもより意気込んだ私の様子に、カメオが揺れるカバンのポケットの中で小さく首を傾げた。



 坂道をいつもより早足で下っていくと、ちょうど降りきったところに公園がある。

 小さな滑り台や遊具、ブランコが置いてある公園には桜の木が何本も植えられていた。

「あ~、すっかり葉桜ねぇ~」

 青い空に重なる緑色に染まった枝を見上げて、私は息をついた。

 桜の季節は綺麗なピンク色に染まった木の下で、シートを敷いて花見がてらにお弁当を食べる親子連れをよく見かけたのに、今じゃ誰にも見向きもされない。

 若いお母さん方は子供達を遊ばせがてら、日陰になる小さな屋根のついた休憩所でおしゃべりしているし、花が咲いていたときには立ち止まって見上げていた人も今は足早に通り過ぎるだけだ。

「寂しいものね……」

 特に桜は花が散ると何故か皆、避けるように無視するような気がする。

 花盛りが余りに美しいから、余計に悲しくみえるからかな……。

 それとも緑の葉や花びらの散った後の赤い軸が綺麗だったころを思わせて侘しくみえるからかな。

 これって何か和歌でもあったよね……。

 どうやら昔から桜はそういう花らしい。

「女もそうよね~」

「キュイ?」

 私の言葉にカメオが小さな首を傾げる。

 花盛りのころは、ちやほやもて囃されるけど、葉桜になったら見向きもされない。

 ……って男もそっか。よく若いアイドルの女の子はちやほやして、おばさんはいじるだけのお笑い芸人の司会者なんかいるけど、あの人達だって当の女の子から見れば賞味期限なんか、とうに切れたおっさんだもんね。

「人間なんてそんなものね~」

 思わず息をつくと「キュイ」と肩の辺りでカメオの声がした。

 顔を向けるとカメオが綺麗な緑色に染まっている。

「カメオ、おいで」

 手の平をカメオの目の前に出すと、カメオがひょいと飛び乗った。

「カメオ、その色、好き?」

「キュイ!」

 カメオが嬉しそうに鳴く。

「そっか……、大好きかぁ」

 カメオは好きなものに色を変える。綺麗な緑、まだ緑になりきってない、生まれたての葉っぱの緑に染まって、とても楽しそうだ。

 青空をバックに日の光を透かして、葉桜が風に踊っている。

「うん、葉桜も悪くない」

「キュイ!」

 葉桜だからってクサるのはまだ早い。葉桜には葉桜の美しさがあるんだから。

 自分で自分を『葉桜』だからって枯らしてしまうのはよしましょう。

 ……ふと、お父さんのニヤニヤ笑いを思い出す。せめてあれは見返したいけど……。

 それにしても、風が鳴る度に鼻をくすぐる桜の香、手の上の桜の葉の色のカメオを見てるとあるモノを思い出す。

 これって……。

「カメオ、ダイエットは明日にして、買い物帰りに青雲堂の桜餅を買いに行こうか?」

「キュイ!!」

 この子ってば何故か和菓子が好きなのよね~。本当、変なカメレオンだわ。

「しかし……」

 カメオをバックのポケットに戻して、つんと指でつつく。

「お父さんと違って、私の場合はカメオを連れて行くとダイエットならないわ~」

「キュイ~」

『それはボクのせいじゃないよ~』

 カメオの鳴き声がそう聞こえて、私は思わず吹き出した。

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