第118話 ベルリンのサムライ博物館

 最近本当に小説の方も、そしてこちらのエッセイも、ブログに至っては長年、本当に何一つ更新できていないのだが、先週はベルリン旅行へ行っていた。その前の1ヶ月は観光の仕事が忙しく、その仕事と下調べのためにベルギ-のブリュッセルとオランダのアムステルダムにも行っていたのだけれど、ドイツ西部に位置する我が家からは、ドイツ国内のベルリンへ行くより、ブリュッセルやアムステルダムへ行ったほうが余程近いのである。


 それでもベルリンは今回3度目の訪問で、5年前と、あと今年は3月にも一度、そして今回は6月の終わりから7月にかけての訪問と相成った。

過去2回の訪問で有名所(どころ)の、ブランデンブルク門、シャルロッテンブルグ宮殿、カイザー ヴィルヘルム記念教会、チェックポイント・チャーリーなどは見学していた。ベルリン王立磁器製陶所(Königliche Porzellan-Manufaktur Berlin) 通称KPMの陶磁器博物館へも行っていたが、今回はどうしてもより多くの美術館や博物館へ行きたかった。


 それで選んだのが、ベルリンでも特に有名なペルガモン博物館と絵画館、そしてベルリン地下社会博物館にサムライ博物館だった。他にもDeutchlandmuseum(ドイツ2000年の歴史を映像も合わせて見せてくれる)とかPanoramapunkt Berlin(ベルリンのポツダム広場のあたりを一望できる展望台)なども見学し、それぞれどれも素晴らしく、本当はこの全部について言及したいくらいだが、今回は特にこのサムライ博物館に特化して書きたいと思う。


 2022年の5月8日にオープンしたサムライミュージアムは、建築家ピーター・ヤンセンの個人コレクションから、日本の武士階級の工芸品や美術品を集めた私設博物館なのだが、その約 1000 点ののコレクションの中には約 40 点の完全な甲冑、200 点の兜、150 点の仮面、160 点の刀剣、その他鍛冶職人の刃物、またほぼ 1000 年前にまで遡るという武士文化の数多くの展示物が見られ、コレクションの最も古い作品は古墳時代 、そして鎌倉時代、南北朝時代、江戸時代のものが続き、個人のコレクションとは到底思えないような歴史的貴重品が非常に美しく展示された博物館である。


 その上、映像での紹介も美しく、1500 平方メートルの展示スペースは2階建てで非常に広々としていて、館内の中央部分の1階は吹き抜けになっているのだが、2階から1階を見渡すと等身大に作られた馬に乗ったサムライの人形の、その後ろに置かれた映像では戦(いくさ)中のように景色が変化している様子が映し出され、鬨の声と音楽が幻想的な雰囲気を醸し出している。


 この博物館は展示物だけでも入館料を支払って見る価値のある歴史的価値のあるものばかりなのだが、現在の技術も取り入れた映像と音の展示物も美しく、またドイツ人にも理解しやすいように大変工夫して設営されたことがわかる多大なる努力を感じさせてくれる博物館なのだが、その中でも必見は、能舞台とそこで演じられる3Dによる能の上演だった。


 実は私は大学時代4年間お能のクラブに所属していた。能役者であるお師匠さんに来ていただき、仕舞、謡を勉強するクラブなのだが、その頃は定期的に能楽堂へ観劇へ行くことが多く、だが実はそのときは残念なことに能楽堂でお能を鑑賞しては爆睡してしまう、という事のほうが多かった。謡と鼓と笛の音は眠気を誘い、あのピンと張り詰めた清らかな空気の中で寝るのは最高に気持が良かったものである。

  

 そういうわけで、能役者のお師匠さんから見たら私はとんでもない生徒だったに違いない。


 ところが今回このサムライ博物館でほぼ実物大に再現した能舞台で、本物の能役者の方達が演じていいる3Dの映像が流れているのを見てあまりの神々しさに、私は言葉を失い見入ってしまったのだ。


 その時見たのは「紅葉狩り」の最後の数分だったのだが、その後よく調べれば、「敦盛」「高砂」「葵上」の上演まであるという。

私はもともと「敦盛」がとても好きだった。

「敦盛」とは一の谷の戦いにおいて、源氏の武将・熊谷直実(くまがいなおざね)に首を取られ数え年16歳で討死(うちじに)したと言われている平敦盛のことである。

織田信長が好んで舞った幸若舞(こうわかまい)の

「人間五十年、下天(げてん)のうちを比ぶれば、夢幻(ゆめばぼろし)の如くなり」この部分は有名なので、ご存じの方も多いことだろう。

幸若舞とは能楽よりも武士舞という位置づけで格式高いものだったということで、この幸若舞から能の演目になったものもあったとか。


 この博物館ではどれもたった7分くらいの上演のようだが、日本へ帰国した際に能楽堂へ行くことを考えたら、ベルリンにいる間にもう一度このサムライ博物館へ行き「敦盛」を見たほうが早いのではないか。


 そして最後の日曜日、わずか2時間空いている時間を見つけ、2度目のサムライ博物館訪問をしたのである。


 実はベルリンは月最初の日曜日はたくさんの博物館が無料開放されており、私もお昼に絵画館の予約を入れていたのだが、予約時間を切り上げ早めに絵画館の見学を終え(しかし実はこちらも早めには切り上げられない事情が出来て本当に難儀したのだが、この話はまた次回)、タクシ-に飛び乗り、サムライ博物館に急いだ。

 

 なんとしても14時と15時の2回の公演を見たかったからだ。


 結論を言えば博物館に電話で確認した通り、「敦盛」は12時には終わっていて、その日の14時は「紅葉狩り」と15時は「葵上」の演目だった。


 何も7分の短い公演のためにそれほど急がなくても、今日日(きょうび)、Youtubeでもいくらでも見られることだろうとお思いになられるかもしれないが、能の演目というのはその場の雰囲気も非常に大切であり、その実物大の大きさの能舞台においての3Dの映像の上演は能楽堂での演出にかなり近いものであり、私の頭は

「あの場所で本物に近い能鑑賞を絶対もう一度したい!」という思いでいっぱいだったのだ。


 無事14時に「紅葉狩」を見て、15時に「葵上」を見ていたら、その場で鑑賞していたドイツ人の話し声があんまりうるさくて演目に集中できず、睨みつけたら静かになったので「やれやれ」と思っていた。

そうしたら演目が終わってからそのドイツ人夫婦に声をかけられた。

「貴女は日本人でしょうか。日本のものはこちらのように最後に拍手しても良いのでしょうか?」

余程私が睨みつけたのが効いたようである。


「えぇ、もちろん良いですけどね、でも全てが終わって最後の最後にして下さい」と釘を刺しておいた。

本当は「上演中は本当は終始息をひそめるほど静かにしてほしい」と付け足したかったのだが、その時は今度は帰宅のための電車の時間が迫っていて、またタクシ-を呼んでベルリン中央駅まで急いで移動する必要があり、それで彼らに能鑑賞についての私のうんちくを披露する時間がなかったのだ。ちょうど私に時間がなくてラッキーなドイツ人夫婦だったことだろう。


 このサムライ博物館は他にも等身大の3Dでの太鼓の演奏の上演、そしてこの能舞台作成時のTVでの放映ビデオ、また日本の匠の技である刀の作り方やお茶室の立ち居振る舞い(こちらもやはり等身大の映像)、そして日本の武士の時代の歴史を学べる大スクリーンの映像やゲームまであり、実に見どころ沢山な上に、館内は深いブルー系で統一され、涼しげな大変趣味の良い美しい博物館なのだが、他のベルリンの博物館は無料であるのにわざわざこの日曜日に有料なサムライ博物館を訪れているドイツ人団体も多く、少し驚いた。


 しかしながら現在ドイツは空前の日本ブームのようなので、それも当然かも知れない。

 今までも欧州の中でもフランスなどは日本大ブームはあったと思うが、流行が始まるのが一足遅いのが田舎っぽいドイツで、そのドイツでも現在若者を中心にものすごく日本が人気があるのを最近特に肌で感じている。

 もちろんアニメや漫画からの影響というのが多いのだが、それに付随してそのアニメの中で登場人物たちが美味しそうに食べているものを自分も食べてみたいというドイツ人の若者に以前以上に良く会うようになった。


 今や寿司、すき焼き、しゃぶしゃぶや天ぷら、刺し身だけではなく、唐揚げやトンカツ、餃子、ラーメンに日本のカレーまでドイツ人の知るものとなっているようだ。


 今回サムライ博物館は堪能した。

 日本の皆さんもベルリンへ行く機会があったら是非足を運んでほしいと思い、今回久しぶりにこちらに自分の感想を載せることにした。


 今回のベルリンのサムライ博物館については以上だが、次回はベルリンのまた他の魅力についても書きたいと思う。

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