第64話 「元に戻ることはない私達の生活」という意味
昨日実はイタリアのベネチアに住んでいる20年来の友人から電話がかかってきた。
彼女はポ-ランド人なのだが、ドイツ人の主人と共に会社を経営していた。
ところが2年前に経営していた会社を売り、彼と離婚して慰謝料もたっぷりもらい、
かねてからどうしても住みたかったベネチアにアパ-トを買って、仕事もしなくても一生暮らせる状態らしく、一人で優雅に生活している。
マンションという言葉がないので、アパ-トと書いたが、ベネチアのアパ-トはもちろん東京都内のマンション並みに高い。
室内が2階建てという広々としたアパ-トで、趣味の裁縫をしたり、ジムに通ったり、お芝居やコンサ-トへ行ったり、ボランティアで美術館で受付の手伝いをしたり、オランダで大学生に通っている一人息子とハワイへ3週間の旅行へ行ったりと、楽しそうな生活ぶりで、離婚した彼女をなんとなく心配していたので、そんな彼女の暮らしぶりを聞くのは本当に嬉しかった。
というのも、彼女は20年前私がこの村に来た時、私は2年くらいの長い時間をほぼ毎日彼女と過ごしていた時代があり、本当に大切な友人だったのだ。
毎日彼女と子供たちと共に散歩をし公園へ行き、ドイツ語を話せなかった私には唯一英語で意思の疎通ができる友人だったのである。
と言っても、私は英語も上手ではなかったので、彼女の話を聞いていることのほうが多く、でも彼女の魅力ある英語の話し方を毎日聞いたおかげで、それから私も英語を話せるようになったのだが、あの彼女との数年間は、英語を勉強させてもらった日々でもあった。彼女なしには英語は取得できていなかったかと思う。
また初めて聞く、色々な世界の話も聞いていてとても新鮮だった。
ドイツよりずっとずっと貧しかったポ-ランド時代、そしてドイツに来て大学まで卒業した話、大学でドイツ人の学生に外国人と罵られ、一時期アメリカへ行った話、アメリカの生活を経て、またドイツに戻りドイツ人の主人と会社を経営し始めた話…などなど、彼女の人生は小説並みに波乱万丈で、また彼女はポ-ランド人で金髪で痩身の美しい人で、憧れに近い思いも持っていたのかもしれない。
実際どんな服を着ても素敵に見える、というような人だった。
ポ-ランド語はもちろん、英語もドイツ語もとても上手で、今ではイタリア語も自分で生活して役所のことも何もかもできるほど習得したという語学の才能にも秀でた彼女は尊敬に値する女性なのである。
それで昨日の話は、やはり現在のイタリアの状態であった。
3週間前から外出禁止令が出たイタリアでは、アパ-トの庭を散歩するのが日課になり、昨日は久しぶりに買い物へ行ったのだが、その他のことは何一つできない、と言っていた。
自由に好きなところへ行こうとすれば、罰金 200 Euro を払わなければならないとか、あるいは刑務所に2週間入らなければならないというような罰則もあるらしい。
でも彼女曰く、こんな囚われの身のような生活なら、刑務所へ行っても同じじゃないかしら、と言っていた。
でも私が一番心動かされたのは
「ねぇ、もう私達の生活は2ヶ月前には戻らないの? あんな幸せな生活には?」と聞くと
「幸せな生活ですって? それは誰にとって? 私達にとってだけの幸せな生活って意味?」と言われた時だった。
彼女曰く、世界で幸せな生活をしているのは一握りの国民達で、世界の多くの国の人達はほとんどが不幸せじゃないの、ということだった。
その時はそれで話が終わったしまったのだが、実は今日になって主人にも全く同じ話をされてびっくりした。
主人曰く、元に戻るということはないだろう、だって今まで快適な生活の後ろにはインドや中国での安い労働力を先進国が利用してリ-ズナブルな生活を堪能することができていたわけで、こんな生活が続く裏にはたくさんの可哀想な国の人達がそれを低賃金の貧しい生活で支えていたのだけれど、それは永遠に続くことなんてできない、先進諸国にはこんな形でバチが当たったのだろうから、これからは品物の代価には相当のものを支払うという世界になるべきで、そう考えると元の生活に戻ることはない、という理論のようだった。
少しわかりにくく「???」かと思うが、つまり中国などの安い労働力を当てにした結果がこんな事態を引き起こし、また、楽しいばかりの人生を謳歌しているのは先進諸国だけで、そんな間違ったこのままのあり方で良いわけはない、というような意味なのだろうか。
私は少なくともこんなことは今まで考えたこともなかった。
2日に渡り、近い人達からほぼ同じ話をされた偶然にびっくりしてしまった。
私が気づいていないだけで、ヨ-ロッパのニュ-スではよく話されている話なのかもしれない。
そして昨日の彼女の話には続きがあった。
彼女は実は株で生活をしていたらしく、今回のコロナウィルス騒動でたくさんの株が暴落してしまったのだという。
今までのように優雅にベネチアで同じ生活をすることができるかどうか、今はわからなくなってしまったという彼女の話を聞いて、不安な気持ちが押し寄せる。
「私もしかしたらドイツに戻って仕事を探さなくちゃならないかも…」
彼女の声は暗かった。
なんて深刻な状態になってしまったのだろう。
でも今回のこのコロナ騒動では亡くなった人達初め、商売が成り立たなくなった企業、解雇された人達、たくさんの不幸な人を生んでしまった。
これから世界はどうなって行くのだろうか…。
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