第25話  メーデー 五月祭のはじまり-Maifest

うちの村の5月1日は、例年まず真夜中の若者達の大合唱で起こされることから始まる。

今年は朝方の4時くらいにうちの庭の反対にある家から、大歓声が聞こえてきて、

「あ、Kちゃん、恋人から五月の木をもらったのね」と考えながら、また眠りについた。


ドイツの中でもかなり西側に位置しているうちの町の周辺では、5月1日になる真夜中に、男性が意中の女性にマイバウムという五月の木、あるいはきれいなハ-ト型や名前の入った花飾りを贈りるという慣わしがあり、彼女の家の壁や門にかけるのである。

花飾りは2人くらいでかけることができても、マイバウムは家や壁よりも背が高いのが普通で、1人では運ぶこともままならず、立てかけて固定させるのも大変な作業なので、村の若人衆達がお互いに協力しなければできない。

そういうわけで真夜中12時くらいから始まったとしても、そこからまずトラクタ-で木を運び、一軒一軒の女の子の家を回り、木を固定して、最後若人衆みんなで歌を捧げて終了、あるいは女の子も出てきてマイバウムをプレゼントしてくれた彼にお礼のキスをして、というようなことまであるので、なかなか時間がかかり、明け方くらいまでかかってしまうのだ。


村の若人衆はマイクラブという村の若者クラブのメンバ-であり、そもそも4月30日から大忙しで、この数日前からまず村のためのすごく背に高い木をどこかから調達してきて、色とりどりの紙を木の枝にいっぱいつける。その木は4月30日の夕方にみんなで協力して、村の公園の広場に立てるのである。

この木、高さは20mはあるのではないだろうか、細いので重くはないだろうけれど、決して倒れたりしないよう、深く穴を掘るところからはじまり、毎年のこととはいえ大仕事であろう。

そしてそのマイバウムを建てた公園広場でビールやソーセ-ジ、フライドポテトの屋台まで始めるので、休む暇もない。

でもその夜は例年村人達が集まって、大人はビールで歓談、子供達は公園で遊び、若人達は焚き火で輪を作り、夕方から夜遅くまで村人達の楽しいお祭りのひとつとなっている。


またソーセ-ジやフライドポテトだけではなくて、お母さん、恋人にお願いして手作りのポテトサラダやマカロニサラダなんかも寄付してもらいそれも売るので、その一晩でそこそこの収益があり、それはもちろんクラブ運営の費用に当てられる。


このマイクラブはもともとは村の若人自衛団のクラブだったのだろうけれど、現在は村のパーティー要員のようなものなので、クラブ運営と言ってもなにか特別に費用がかかりそうではないので、その収益はほとんど彼らのビール代やパーティー代に消えてしまうのではないだろうか。

いかんせん遊び暮らしているドイツの村の若者達なのである。


大きな木を建て、屋台で働いて、真夜中はみんなで協力して恋人の家をまわり花を捧げ、そしてまだ最後の任務が残っている。

それは村中の家から家の玄関(外側)にひかれているマットレスを集めて、最後公園に置くという仕事だ。

800人という人口の小さな村でもそれでも全ての家のマットレスはさすがに集めることはしないので、20個くらい無差別に選んで持っていくのが例年の慣わしである。


今年は数年ぶりにうちもやられた。

朝家を出たら4枚あったマットレスが4枚ともなくなっていた。


「お、やった!」と思った。

゛当たり゛というわけではないのだが、マットレスが持ち去られているとなんだか逆に良いことがやってきそうな気がする。

また公園にとってきたマットレスが並べられている姿はなんとなく可愛らしく、家の人の迎えを待っているかのような風情を感じて、微笑んでしまう。


でもこの風習を知らない他の町出身のドイツ人はぷりぷりに怒っていたこともあって、それは無粋すぎるだろうと思った。またその一家はそもそも村の一切の他のお祭りにも参加していないので、非常に残念な村生活をおくっている。

どんな行事でも、伝統行事はとりあえず一緒に楽しんだ方が得である。



それから真夜中の4時に木をもらったうちの隣のお嬢さんだが、彼女達は幼稚園時代から長男の仲の良い幼馴染の姉妹である。

今年はその姉妹の姉のKちゃんがうちの長男のパレードでのパートナーなので、

「もしや、あの歌声は長男達?!!」と思い長男に確認したら、その木をプレゼントしたのはなんとうちの長男だった!

「奥手の彼にもやっと彼女が!」と喜んでいたら、今回、パレ-ドのパートナーになったお嬢さんには、パートナーである若人軍団達がマイバウムなり、花輪なりをプレゼントしたそうで、特に恋人だからということでもないけれど贈るというような、今回のような時もあるらしい。


私はKちゃんはいつか長男のお嫁さんに、と実は長年狙っていたので、少し残念ではあったが、これも紳士的なふるまいの一つということで、女の子にそんな気が利いたことができるようになった長男の成長にちょっと安心した一件だった。


今カップルにならなくてもいつか時がきたら、そうなるかもしれず、あるいはいつまでも幼馴染のままかも知れず、これは神のみぞ知る、だろう。


またいくら私が嬉しくても本人同士は他の幸せもあるのだろうから、最終的にお互いにとって一番良い人生の伴侶を見つけてくれるのが一番なのは言うまでもない。








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