第4話 ちょっと怖かった森の話
ところで今日は村に越して数年後、長男が幼児時代にあった、ちょっとだけ怖い話を紹介したい。
人口350人というこのD村は、午前中に散歩に行っても人っ子一人会わないことが多い。
幼稚園は三歳からで三歳以上の子供達は午前中には全くいない。
子供が幼稚園に行くと母親はほとんど働きに行き始めるのがドイツ風で、男性陣はもとより、お母さん軍団も家にいない。
そもそもその村では子供も少なく、若夫婦は共働き、残るは老人ばかり、というわけで、外で散歩するのは小さな子供連れの私くらいだったわけだ。
自然の中を散歩するのは気持ちがよくて、しかもわんぱくだった長男は天気の良い午前中に家にいるだなんてことは到底無理―その日は少し遠出をして、森の外れまで夫に車で連れていってもらい、そこから家に向かって散歩しながら帰宅しようと考えた。
その道は長い一本道で、片側が森、片側は野原で、そこでも親子連れの鹿も何度か近くで見かけたことがある。鹿も怖いようで私を見るとすぐ逃げていくのだけれど、緑がきれいで、かわいい鹿も時々見られるそんな道がとても好きだった。
主人の車を降りて、主人も車で会社へ行ってしまい、長男と二人歩き始めた。
そうしたら、前方から男性が耳に何かあてて話しながらこちらに歩いてきているのが見えた。
男性の進む先には民間の研究所があり、そこで働いている研究者なんだろうと思った。
その男性はどうやら携帯で話し中のようなので、挨拶もせずにすれ違い、50mほど離れた場所で何の気なしに振り返ってその男性を眺めた。
その瞬間、私は自分の目を疑った。
なぜなら男性の手には何も握られていなくて、彼は自分の手を耳元に当てて、一人でぶつぶつとつぶやきながら歩いていたということがわかったからだ。
頭の中で一瞬にして考えたのが、ここから一刻も早く、この男性の近くから離れなければならないということだった。
私は踵を返すように彼から急いで視線を離し―だって彼が気づいてこっちを見たらそれこそ私の心臓は縮みあがったことだろう―長男の手をひっぱって急がせた。
なんということか、その時私は次男がお腹にいて、妊娠8ヶ月くらいという大きなお腹で長男を抱いて走るなんて芸当はできそうになかったのだけれど、その男性が戻ってきやしないかと何度も何度も振り返り、誰もいないことを確認して大きな草原の道でやっと一息つくことができた。
それから20分くらい歩いて、何事もなく家に無事に帰り着いたのだけれど、小さな子供連れでしかも身重の身で、なんと不注意なことをしたものだろうと後で反省した。
多分その男性は少し精神的な病気の、なんの害もない人だったのだろう。
あるいはもし彼が本当に研究者だったなら、研究者というのはどこでも変わっている人が多いので、自分の論文の発表の練習でもしながら歩いていただけなのかもしれない。
でももしも、本当はその男性が異常者で人に危害を加えるために歩いていたなら、私と長男はどうなっていただろう。ましてお腹に中にいた次男はこの世に生まれてさえ来なかったという可能性もあったかもしれないのだ。
そしていくら平和な田舎村でも、よそからそんな危険人物はやって来ないと誰が言い切れるというのだろうか。
誰にもそんなことは断言できはしない。
人口も少ない田舎で、ご近所さんも親切、こんな田舎村は平和に決まっていると過信しすぎ、警戒心がなくなっていた私はその日を境に反省した。
「田舎こそ人がいないので気をつけるべきなんだ」と認識を改めた一件だった。
それでもこの20年この村近郊ではなんの事件も起こっていないし、平和は平和なんで、この一件後もこの村が大好きなことは全くかわりがないのは理解してほしい。
そうでなければ、村の紹介をしようなどとも思いもしないことだろう。
しかし皆さんも人がいない道ではくれぐれも気をつけましょう。
とは言っても、日本ではここまでの田舎はあまりないかもしれないが…。
それからもっと怖い話を期待して読んで下さった方がいれば、期待を裏切り申し訳ない。自分がびびっただけで何も事件は起こらなかった、正直それほど怖い話でもなかったかも…?
すみません。。。。
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