第3話 なんで田舎が好きなのか

約20年前、1歳半になる長男と共に、主人の仕事の関係で越してきたのが、この人口350人というD村だった。

人口350人、ドイツ語しかしゃべらない(しゃべれない)村の人達との生活は正直心配だった。


私は仏文出身で、ベルギ-育ちのうちの主人とはもともとフランス語をブラッシュアップしたくて日本で共通の知り合いに紹介してもらい知り合った。

でもドイツ人でベルギー育ちの主人は幼稚園時代から3何ヶ国語(ドイツ語、フランス語、フラマン語)を話し、中学時代には既に5ヶ国語(3ヶ国語プラス英語、イタリア語)を普通に使い、という感じで、語学はめちゃくちゃ得意。

仏文を出たくらいの私のフランス語なんて、主人には相当低レベルだったらしく、私達がきちんと会話をするためには日本語が必要と彼は考えたらしく(へいへい、失礼しました、フランス語がそんなに下手で…)、出会って半年後には主人の日本語はペラペラになっていた。

私にはその原理はさっぱりわからないけれど、だいたい5ヶ国語も話せると次の6ヶ国語もスッと頭に入るらしい。


仏文出身だというのにフランス語は下手、英語はもっと駄目、ドイツ語はゼロという境遇で、人口350人のばりばりドイツ人の村。

誰がどう見ても心配な状況だろう。

「こんな変な母親で長男は友達もできなかったら、どうしよう、なんて可哀想なうちの息子…私のせいでいじめられるんじゃ…」などと、最初は心配していたけれど、この心配は村に住み始めて数日後にはただの危惧に終わる。


その村でまず最初に受け入れてくれたのが近所の子供達だった。

1歳半の息子を見ると、近所の子供達がわらわらやってきて、遊ぼうとしてくれる。

中でも3歳上のドミニクという子は年中うちの子を外に引っ張り出して遊んでくれようとした。

でも当時2歳とか3歳の長男だったので、私も一緒に外へ行かなければならず、面倒な時もあったけれど、長男はあの頃確実に、世間との係わり合いは楽しいものである、と学んだに違いない。


私はあいかわらずドイツ語は下手っぴで子供相手に敬語でしゃべったりしているような状態だったけれど、長男はドイツ語に違和感もなく溶け込めていたようだ。

日本語も話せるかどうか、という赤ちゃん時代のことだったので、本人にとってはドイツ語を理解するのはなんの問題もなかったのは言うまでもない。


それでそのD村はメイン通りが一本あるだけなんで、村の子供達はみんなそのメインの道に出て、適当に遊ぶわけだ。

同じ年の子もいれば、小さい子、大きい子、男の子、女の子と関係なく、その場にいる子供達が加わっていく。

公園に行ったり、平野を走ったり、森には゛いのししの道゛なんかがあり、危ないと認識していたようで、9歳くらいになるまでは子供達だけでは行かないようだった。

で、隣村と合同の全芝生のサッカ-場もあり、遊ぶ場所には事欠かない状況で、毎日毎日ボールを蹴飛ばしてみんなで遊びほうけていて、大人の私が見ていても毎日がバカンス並みの楽しそうな生活ぶりだった。

これは都会では絶対できない子供生活だろうと思ったので、お店も一軒もない人口350人の村生活でも私は不満を感じることもなかったし、子供達自身も未だに幸せな子供時代だったと非常に満足しているようだ。


昨日はここドイツも暖かくなり、車で走っていたら草原に小柄な動物が5頭ほどぼんやり立っているのが見えた。

よくよく見たら、バンビにそっくりな小鹿達で兄弟でひなたぼっこでもしているらしい。


のどかなドイツの田舎町の光景で、これもさすがに同じドイツでも大都会だったらなかなか見られないことだろう。

こんなところが私が田舎生活を気に入っている理由なのである。




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