第2話 ペットが馬って?!
最初に住んだ人口350人の村では、人口が圧倒的に少ないかわりに、動物を飼っている家が多かった。犬、猫、うさぎは、まあ定番として、ヤギ、羊なんかも家畜として飼われていたが、中でもびっくりしたのが馬だった。
当時私たちは4軒の住宅が入っているそのうち1軒を借りていたのだが、他の3軒には大家さんの老人夫婦、大家さんの息子夫婦、そしてまた大家さんの娘と、その子供達が住んでいた。
大家さんが老人夫婦なので、その息子、娘にしても当時40歳は過ぎていたし、娘さんは出戻りの独り身で、その娘さんに当時14歳のお嬢さんがいたのだけれど、ある日突然うちの敷地内に一頭の馬が現れた。
話を聞けば、その14歳のDちゃんのために家族が買った馬だというではないか。
しかも家畜用ではなく、乗馬用の馬である。
ドイツでは男の子はサッカー、女の子は乗馬というのがお決まりのスポーツで、我が家の半径15km内には乗馬クラブが2つはある。
日本で乗馬は非常に高尚な感じがするけれど、土地が余っているうちの町では、それほど高尚という感じではない。
1ヶ月3,000円くらいで乗馬クラブの会員になり、乗馬もできるようだ。
ただし、問題は馬の世話は必ずしなければならないということで、ブラシがけから、ご飯、排泄の世話もあり、優雅な服装なんかではとてもいられない。
でもそれでもそれなりに乗馬クラブは需要があり、クラスの女子の数人は乗馬をし、また馬を所有している子もたまにいる、というのがうちの近郊の現状なのである。
馬を飼っているというくらいでは、びっくりされる程のことではない、という位置づけという感じだ。
そこで青少年が乗る乗馬用の馬がいくらくらいで買えるのかと言えば、1500Euro から、3000Euroくらい出せば手に入るようで、月々の維持費(エサ代やその他諸々の経費)は車一台分くらい、とのこと。
ただうちの大家さんのお孫さんDちゃんは、おじいちゃんがそこそこ広大な土地を所有していたので馬を放っておける場所代は無料で済むけれど、いくらここが田舎とはいえ、庭に馬を放し飼いできるような広々とした土地を皆が持っているわけではないので、馬を飼ったら馬用の土地を借りる必要もある。
土地など持っていない、よそ者の私にとっては、いずれにしても贅沢な趣味であることにかわりはない。
ところで私達が借りていた家は2階と3階部分だったのだが、ある日2階の窓からなんと人の頭が窓越しに見えて非常にびっくりしたことがある。
いくらドイツ人が大きくても、身長2,5mとかはあり得ないだろう……。
幸い夜中の出来事ではなく昼間だったので、気を取り直し落ち着いてよく見たら、乗馬で散歩しているやはりティーンエイジャーの女の子だった。
村は2方向を畑に、1方向は草原に囲まれ、そして森もある。
なので、村の中を乗馬で抜ける人達も時々いるのだ。
森にはよく馬の歩道があり、ある日森の中を散歩していたら日の光の中から2人の乗馬中の女性が現れて、その女性達と馬がそれこそ天使とその使いの馬のように美しい、と感動してしばし見とれたことがある。
また野原の道を越えて、川辺にたどり着くと、川で水浴びをしている近所の女医さんと彼女の愛馬と愛犬にも出くわした。どうやら皆(馬と犬とその女医さん)で散歩している途中に川遊びを始めただけのようなのだが、その光景があまりになごやかで幸せそうで、おおげさではなく天国とはかくや、というような光景だった。
また話は変わるが、そんなわけでドイツの獣医さんは、普通の犬とかではなく、馬の治療もよくある業務のひとつであり、そもそも馬好きが高じて獣医になったのかな、と思うような人もいる。
馬と共に共存できる村生活を身近に感じ、いつか私も馬に乗り、村を散歩してみたいと思う。
しかしそんな夢は見つつも、馬の馬糞の世話のことを考えると、ハッと夢から現実に連れ戻され、今一歩を踏み出せないまま無情にも年だけ取っていく。
年を取って乗馬など始めて、万が一落馬して腰なんか打ったらどうなるんだ、と言うような不吉なことも頭によぎるので、一生夢だけ見て終わりそうである。
残念なことではあるが、まだ当分は健康でいたい。そして健康でいるためには不慮の事故に合うような事はできるだけ避けたいという、年と共に臆病者になっている私なのであった。
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