第6話「交通」


「い~ねっ。よかったよヒカル。君の能力選択は間違ってなかったし、僕の人の見る目も間違ってなかった。ただ、あのまま森を出てよかったの」


 導き手テミスが脳内で上機嫌になって褒めに褒める。ヒカルは現在、エルフがいた森を出て、テミスが誘導する次なる目的地へと向かう。辺りは何も見当たらない平原で、日は出ているのに通り過ぎていく風が少し肌寒い。


「悪と判断されたエルフたちは全て殺した。それに少し食料と衣服も分けてもらった。申し分ないはずだが」

「だってさ、殺しただけで何もせず出てきたじゃん。悪を殺したらヒカルが新しいリーダーになって法律決めるとかしないの?」


 ヒカルは、あの森に蔓延る悪の者達を抹殺した後、特に何もせず出てきた。周りのエルフたちに感謝をされたはされたが、英雄という扱いではなかった。食料や衣服を渡す時も完全に怯え切っており、早く出ていってくれという雰囲気が伝わってきていた。


 悪かどうか決めるのは全てヒカル。まだ能力を身につけて日が浅いため、どの程度の悪かは詳しくは判別できない。殺人級の極悪と子供のいたずら程度の可愛い悪ならまだしも、少し似たり寄ったりだと悪か否かの判別がつかない。それ故にそこまで悪人でなかったの可能性があるエルフも殺してしまったかもしれないのが、今回のヒカルの反省点だ。


 丁寧に感謝をしたのは直接命を救われたタリア親子と過去に親族が理不尽に処刑された者達ぐらい。それ以外は少しは感謝をしただろうが、ただ処刑を見ていただけの知り合いをいきなり殺されてよくは思わなかっただろう。


「あの森のリーダーとなる人が急に殺されてパニックに陥ると思うけど」

「そういうのは政治家がやればいい。僕は正義の味方だ」

「エルフの森に政治家はいないんじゃないかな」

「人が数人集まったら自然と上に立つ者が出来る。それが社会だ」

「まぁ知ったこっちゃないよね」


 そこからしばらく歩いていると、地面が揺れ始めていることに気がついた。地震かと思ったが、縦に揺れている。何かがおかしい。


「なんだ、異世界の地震は縦揺れなのか」

「現実世界にも縦揺れ地震はあるよ。それと出てくるのはおそらくゴーレムかと」

「ゴーレム?」

「土と岩の魔物だよ。相当硬いけど、ヒカルなら余裕でしょ」


 揺らめく大地。一点だけ盛り上がった所が目に入る。そこから太い木の根のような四本の長方形岩石。周りの地面を掴んでいるため次第に指だと分かる。少し離れた位置から同じ物がもう一つ。そしてその中心の大地が大きく割かれ、中から頭部と思わしき巨大岩石。ゴーレムだ。


「でかいな」

「ゴーレムだからね」


 博物館にありそう。ヒカルの第一感想だ。だが岩石が不相応に取り付けられているため美しさが足りなかった。博物館には飾れない。所々に岩が付けすぎてあったり、逆に不足だったりで不細工だ。だが、巨大。大きく上を見上げると首の関節がぱきりと鳴った。


「いった」

「首大丈夫?」

「ストレスと柔軟不足だな。あまり鳴らさない方がいいと家庭の医学で見たから気をつけたい」


 自動車が上から降ってくるのとなんら遜色のない拳が向かってくる。だが動きが遅いので避けるのは簡単だ。拳が叩きつけられるとまた揺れる。


「避けなくていいじゃん。やっちゃってよ一撃で。超硬度のサミンを瞬殺できたんだよ?」

「まずいぞ。僕では倒せない」

「なんでよ」

「このゴーレムにはあまり悪意がない。自分のテリトリーに入られた故の防衛本能で戦っている。敵に悪意がないと僕の能力は効果を持たない」


 降り注ぐ拳を避けながらゴーレムの足元へと何とかたどり着いた。そして蹴る。ヒカルも全力で蹴ったが、そんなものレンガに輪ゴム鉄砲程度のダメージだろう。むしろ岩を思い切り蹴りつけたヒカルの方が痛い。


「だめだ。逃げよう」

「あちゃ~~~。対人戦は無敵だけど異世界では向いてないな~~~」


 ゴーレムの拳が頭上に落ちてこないことを願いながら走って逃げだした。対魔物において初戦敗走である。


「もしかして異世界においてはこのチート能力を選んだのは間違いだったかな」

「今回は相手が悪かったってことで。誰にでも弱点はあるさ」

「だがこの先悪意のない魔物に出会ったら死んでしまうな」


 これからヒカルが向かう『ネオヨッカ』という街までは歩いて二日はかかるという。異世界の交通手段は徒歩か馬。魔物を従えるスキルを持つ者もいるが、ヒカルには関係ない。


「しょうがない、ホワイトグリーンに頼むか」

「ホワイトグリーンって何だ。曲か」

「転生人だよ。一応は味方側の人間だよ。一応はね。彼のチート能力はワープでね、空間に捻じれを生み出して世界中どこへでも行ける」

「便利な奴だな」


 それほど交通に便利な奴ならば最初から呼べとは思ったが、どうにもテミスはホワイトグリーンとやらをあまり呼びたくはなかったようだ。現在も渋々ホワイトグリーンという奴と連絡を取っている。


「おっけ。後三分後に予約できたよ。彼は転生人や有力者たちのタクシーだからね。予約しないといけないんだ。予約無しだと料金も上がるしね」

「それがホワイトグリーンって奴を嫌う理由か?」

「違うよ。確かにお金はかかるけど、ぼったくりほどではない」

「金はエルフから貰った少ししか持ってないぞ」

「それで足りるから安心して」


 エルフには少しのお礼と言われながら10,000Gを包んでもらった。ヒカルの所持金はそれだけである。


「ただね、ホワイトグリーンって悪側かもしれないんだ」

「悪か。ならば」

「やめて。殺さないで。だから嫌だったんだ。ヒカルのがばがば悪センサーが働かないか」

「······冗談だ。便利なタクシーの運転手を殺せば他の利用者からも憎しみを買いそうだしな」


 彼は冗談だと言うが、もし言ってなかったら問答無用で殺しにかかっていたのではないかと不安になる。


「彼さ、本当に正体が不明なんだよ。前世で何をしていたかを公表しないし。仕事以外で周りと交流すること全くしないし。常に帽子を深く被っていて目の辺りはよく見えないし」

「素性を隠すのは別に悪ではないだろ」

「違う違う。そこじゃない。彼は魔王軍とも普通に繋がっているんだよね」


 魔王という言葉に眉間のしわが寄る。確か聞いた話では転生人が人々の味方で魔王は敵ではなかったのか。悪側かもしれないというのは、自分の能力を悪側にも貸しているということなのか。


「それを全く隠そうとしないの。魔王の移動手段として普通に使われてる。他の転生人も分かっているけど、かと言って彼を責めて攻撃すれば移動手段無くなるから見て見ぬふりだね」


 そんな話をしていると空間に捻れが生じた。テミスが言うにはこれがワープの入り口だ。周りにホワイトグリーンらしき男の姿は見当たらないが、ある程度親しくならないと姿を現さないらしい。誰からも利用されるという事は、誰からも狙われる機会があるという事だ。転生人と魔王との中立という唯一の立場ならではだろう。


「この捻れを通ればいいのか」

「7000Gをそこに置いてね。運賃だから」

「かなり取るな」

「こんなもんだよ」


 空間の捻れを通ると、そこには先ほどまでの自然の景色とは打って変わった、人と建物が織り成す大都会があった。現実世界ほどではないが、今まで見たものがエルフたちの質素な民家だったため目を見張る物がある。街ゆく人を見れば明らかに人間ではない種族の者達も普通に生活している。


「かなりの都会だな」

「ネオヨッカはキャベイラ合衆国の首都だからね」

「で、今回のターゲットは誰だ」

「今回のやつは相当悪いよ。国民を脅して金を巻き上げたり、違法薬物を流しているギャングだからね」

「今度は組織か。根絶やしにしよう」

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『正義の味方』は善人でなくてもできます 狐狸夢中 @kkaktyd2

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