第5話「観衆」
「僕の名はヒカル。正義の味方です」
突然家の屋根から降りてきた少年はよく分からないことを言っている。あれは誰の家の子供だ。観衆は周りと話すが誰も知らない。
その場で彼を知っているのはただ一人。昨日の夜に出会っていたタリアだけだ。
「森から出てと言ったのに······」
「悪人がいそうな気がした。そもそも密告制の公開処刑という制度がある時点で悪がないわけがない」
少年には今すぐ逃げてもらいたかった。彼は今、転生人サミンを前にし、無礼どころか妨害行為をしている。否応なしに殺されてしまう。
「そうか、お前が僕のタリアを奪った男か」
少年の胸ぐらを掴む手に力が入る。怒りによって頬の贅肉がぷるぷる揺れている。
「僕の服をそう掴まないでください。これ一着しかないのによれよれになったらどうするんですか」
「そんな心配いらねぇ。お前は僕の処刑を邪魔した罪でそこの売女と共に火炙りの刑だ」
「売女、ですか」
少年は括りつけられているタリアの方を向く。タリアの顔には死ぬしかないという絶望が書いてあった。
「なぜ彼女はこのような目に?」
「なぜって、お前と逢瀬したからに決まっているだろ。話を聞いてなかったのか」
「逢瀬ってなんですか」
「隠れて恋人に会うことだよ。そんなことも知らねぇのかこのガキは。おい、どこの家のガキだ! 親にも責任があるぞ!」
サミンは観衆に顔を向ける。皆、目が合わぬように目を逸らす。自分に飛び火がかからぬように願う。事実、少年の正体を知る者はいないのだから時間の無駄だ。サミンは怪しい物がいないか見定めていると、胸ぐらを掴んでいた手が軽くなった。
「えーと、こう解けばいいのかな」
「私のことなんか放っといて逃げて!」
少年は掴まれている服を脱ぎ、上裸になって脱出していた。捕えられているタリアの拘束を解こうとしている。
「お前、勝手に逃げ出してんじゃ――」
先ほどまで怖い物知らずで言いたい放題言っていたサミンの口が初めて止まった。周りの観衆も目の前にいるものに対して恐れおののいてる。
「なんだ、その、背中は······」
服を脱ぎ捨てた少年の上裸は通常の物とは全く持って違っていた。まだら模様の様にできている大きな打撲痣。煙草を押し付けられたと思わしき火傷跡。刃物によって切られたと思わしき「死ネヨ」という刻み文字。刃物傷は無数にあり、その華奢な体でなぜ生きていられるのか疑問な程だ。
観衆の中には化け物に取り憑かれただとか、死神の呪いだとか勝手に想像して恐怖している者もいる。
「そうだった。見せたら引かれるんだった」
少年はその上裸を隠すためにサミンの手から自分の衣服を取り返した。サミンは呆然としていて取られた後に取られた事に気がついた。
「もうめんどくさいから誰かこの縄を切るための刃物持ってきてくれませんか誰か。この子を助けましょうよ」
だがそんな呼びかけには誰も応じない。タリアの母もコブトに押さえつけられているため動けない。
「私のことなんかもう」
「あなたな悪人なんですか? だから処刑されるのですか?」
「ち、違います」
「なら冤罪裁判ということでしょ。処刑される義理合いはない」
誰も協力してくれないので少年はまた一人で縄を解こうとする。
「止まれよお前。何者だよ」
「僕は正義の味方ですって。だからこうやって罪のない人々を悪から救おうとしているんです」
「その背中はなんだ」
「別に言わなくてもいいでしょ」
「いや、言え。この転生人サミンが聞いているのだぞ。言うことを聞けよ」
転生人という言葉を聞き、動きが止まった。
「は、転生人だと知らなかったのか。馬鹿め、今さら後悔しても遅い。僕のチート能力でお前を殺してやる」
「お前のような悪人が転生人······だと?」
少年はサミンへゆっくりと振り向きながら睨みつけた。その目は強気に出ていたサミンの体を震わせる。
「そ、そうだよ。残念だったな。お前は――」
「転生人だろ。なぜ悪役をしている。転生人は世界を救う使命があるのではないのか」
「世界を救っているよ。そのために危険因子がこの森にいないか調査しているんだ」
「······なるほど。だいたいの状況が分かった。お前、死ぬべきだな」
タリアの拘束を解くのを一旦止め、サミンに近づいてゆく。観衆たちはサミンのチート能力による直々の処刑が見られるのではと期待し、目を輝かせた。
「ほう、向かってくるか。ならば死ねい。僕のチート能力は超硬化、《アルティメット・ハードネス》だ。僕の体はこの世の何よりも硬い物となる。黒曜石やダイアモンドでは比較にならないほどだ。僕の強度は全ての物質を超越した」
「ずいぶんペラペラと喋るな」
「僕の《アルティメット・ハードネス》で殴られたらどうなると思う? 原型を留めるなんて不可能だ。防御は無敵、攻撃も無双。誰が僕に勝てる?」
《アルティメット・ハードネス》
サミンの全身の色味が濃くなった。まるで重厚な金属のようになる。
「最も硬くなる能力か。ちょうどいい、僕の能力を試せるいい機会だ。僕がどれぐらい強いか実験台になってもらうよ」
「はぁ? 実験台だと? お前はこれから為す術もなく殴り殺されるんだよ。······だがいいだろう、実験したいのならば僕の体を一度殴ってみろ。ほれほれ」
サミンの巨大な腹を突き付けてくる。触れなくても高硬度な物質なのだと見てとれる。
「ふふ」
「何を笑っている」
「いや、僕の大好きな漫画に全く同じシーンがあったなって。敵キャラが煽って一発だけ殴らせてやって、結局その一撃で死ぬんだ」
「はぁ?」
「その漫画がいつまでたっても連載止まったままだから完結を見届けるまで死ねないと思って、いじめられてようが死にたくなかったんだよなぁ······」
《正義執行》
少年も能力を発動させた。特に見た目の変化は起こっていないように見えるため、サミン以外には発動させたこと自体気づかなかった。
「な、なんだその力は」
サミンは慌てふためいた。目の前の華奢な少年がいきなり、大幅な強化を施している。転生してからというもの、強すぎると言われていた魔物にも余裕で勝利を収め、自身を無敵と疑わなかったサミンは初めて異世界にて恐怖を覚えた。
「一発殴っていいんだよな。あぁ、あいつと同じセリフ言う日が来るとは」
「······っ!」
僕は無敵。僕は無敵。僕は無敵。僕は無敵。僕にはどんな攻撃も効かない。どんな攻撃も効かない。最強だ。最強だ。最強だ。今まで痛みを覚えたことなどない。僕は無敵。僕は――
そう何度も自分に言い続けた。
「おら」
少年は腹部に拳を入れた。そこから肉が潰れた音が聞こえた。見ていた観衆は口角を上げる。舐めた口をきいていたガキの拳は砕かれ、痛みにのたうち回る表情が見れるに違いない。見ろ、血が垂れてきた。さぁ、悲痛の声をあげろ!
「うぎゃああああああああっ!」
来た、悲鳴だ。だが様子が変だ。少年は苦悶の表情を浮かべていない。いや、違う。悲鳴を上げたのはサミンだ。少年が手を抜くとその拳は血にまみれている。拳は超硬度を殴りつけたというのに一切傷んでいない。サミンは口から大量の血を吐いた。
「はぁっ······、あぁ! 僕の、僕の体がぁア!」
「案外脆かったな。それだけ悪だったってことだ」
腹を抑え前かがみになるサミンの股間を蹴り上げた。睾丸も陰茎も二度と使い物にならないほど破壊される。
サミンの仲間の人間たちが少年に襲いかかった。その数四人。転生人のお伴は異世界人の中でも一流の冒険者の集まりだ。取り囲むように左右に一人ずつ、前方から二人で攻撃をしかける。
「悪の仲間は、悪。絶やさねばなるまい」
前方の二人の顔を掴み、互いにぶつけ合わせた。頭蓋骨が砕ける。右からの奴には蹴りを、足が腹部を貫いた。それを引き抜き、左の奴の方に向く。そして流れるように腹を殴りつけたると拳が貫通し背中から飛び出てきた。
「これで全部か」
サミンに止めを刺そうと振り向くと、サミンはあろう事か人質を取っていた。
「僕に近寄るな! 近寄ればこの女を殺す!」
人質に取られていた女というのは、処刑というショーをより近くで見ようと、一番近づいていたコブトだった。コブトは助けてくれと懇願している。
「タリア、つかぬ事を聞くが。ここの観衆はなぜ処刑される時に笑顔だったのだ」
「え、いや、その」
目の前で簡単に人が殺されていくのを目の当たりにしたタリアは当然同様していた。少年の問いに答えねばと、必死に元に戻る。そしてコブトおばさんが人質に取られているのを今やっと確認した。
「処刑を······楽しみにしていたからです」
「人の死を見て楽しむのか。ならばこいつらも悪か」
それを聞き、自分も殺されるのではと逃げ惑う観衆。
「はは、逃げたか。自分たちの仲間が人質に取られているのに」
「おい、僕に近寄るな。この女を殺すぞ」
「別にいいぞ。その女からも強烈な悪を感じる」
特に考えもせず自分を見殺しにする回答をされ絶望の表情を浮かべるコブト。
「な······。お前は正義の味方じゃないのかよ!」
「正義の味方だよ。味方をするのは正義にだけだ。民衆の味方ではない。誰であれ悪であれば殺す」
「私は、私は見ていただけです! このデブが処刑をするのを見ていただけで悪事など行っていません!」
コブトは命乞いをする。あれほど持ち上げていたサミンの事をデブ扱いするほど必死だ。
「いいことを教えよう。この世で一番の悪は、悪をしでかす本人ではない。それを作り出す周囲、環境だ。見てただけ? 見てただけでなく行動を起こせば悪は起こりえなかった。ならば悪を作り出したお前ら民衆も悪である。違うか?」
――その日、転生人サミンとその仲間、及び処刑制度を肯定し楽しんでいた一般エルフたちは一人の少年の手によって皆殺しにされた。
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