第4話「処刑」
タリアは転生人サミンに乱暴をされた帰り、森の中をさまようとある少年と出会った。見たことがない顔の、爪が非常に短い少年だった。
「あの、どうされました」
人間は嫌いだが、放っておくわけにもいかないので仕方なく話しかける。
「僕は旅をしているのですが、お腹がすいてしまって。ここの森にエルフが住んでいるようなので少しの間住まわせて貰えないかと」
自分より年下に見える少年が一人で旅を? と疑問に思ったが、彼には彼なりの事情があるのだろうと察し深くは聞かなかった。
「この森には人間は近づいてはなりません。この森のエルフは人間を嫌っております」
本当は転生人サミンがいるからなのだが、それを言うと人間がいるではないかと難癖つけそうなので、少し理由を変えた。それにここのエルフが人間を嫌っているのは本当だ。
「そうなのですか。ですがこのままでは僕はお腹が減って死んでしまいます。せめて寝る場所だけでも」
「どのような理由があっても入ってはなりません。この森からしばらく歩けば人間の町もありますので」
タリアは早く追い出したかった。外部の人間と話しているのを誰かに見られただけで密告されそうな気がした。何度も後ろを振り返り、誰か見てないか気にする。
「なぜ先ほどから後ろを見ているのですか」
「私がこうして人間と話していることが誰かに見られたら、私に悪い噂が流れるからです」
「悪い噂ですか。僕と話しているだけなのに」
「······この森では外部の人間と話しているだけでも危険なエルフと見なされる可能性があるのです。この森には危険人物には処刑を下せる制度があるので」
処刑という言葉を出せば怖がって逃げ出すかと思った。だがむしろ少年は興味深そうな顔をしている。気味が悪かった。だから人間は嫌いなのだ。
「あなたも処刑されたくなければこの森を離れてくださいね」
タリアは対応するのも嫌になり、忠告だけをしてその場を去った。その少年の方には振り向かず、真っ直ぐに家に帰った。
家に帰る時はこっそり家に入った。何があったかを母にバレたくなかった。窓から入り、服を着替え、いつの間にか帰っていたように演出する。母も違和感を感じたようではあったが深くは聞かれなかった。
眠りにつく前に、股間の痛みを思い出していた。今すぐにでも忘れてなかったことにしてしまいたいのに、あいつの顔が頭から離れない。枕にこれ以上ないほどの涙を染み込ませ、眠りにつけたのは夜明け前だった。
翌朝、今日は魔法の練習には行く気がなかったので母には起こさないでと言っておいた。転生人の見回りが来るのは正午。それまでは寝ていたかった。家の周りのざわつきで目を覚ました。
窓の外を覗くと近隣住民が集まって何かを見ていた。視線の先に何があるかは人が邪魔でよく見えない。
着替えて外に出ると近隣住民たちの視線がいっせいに自分に向いた。怒り、蔑み、笑い、人それぞれに違った視線がこちらに向いた。自分の姿を見るなり隣と小さな声で話していたり、指を向けたりしている。
「タリアちゃん。お寝坊は感心しないな」
横から気持ちが悪い声が聞こえて驚いた。サミンだ。
「すみません、昨日は疲れていて」
「なぜ疲れているのかな」
タリアは意味がわからなかった。なぜそれをお前が聞いてくるのだと。お前が私にした事をここで話せというのかと。私の羞恥をここで晒さなければならないのかと思い、サミンの顔を見ると少し様子が違っていた。てっきりいつものにやついた表情をしているのかと思えば、怒りの表情が読み取れた。
「昨日、外の人間の男と
昨日のあれが見られていたのか。タリアは周りの住民たちを見渡した。一体誰が密告したのか、だがそんなもの探さずとも分かっている。こちらを憎たらしい笑みを浮かべて見ているコブトおばさんだ。
「逢瀬なんて、ただ彼は道に迷っていたようなので教えただけです」
「僕にそんな嘘が通じると思っているのか」
「嘘ではないです」
「ふざけるな、ふざけるなよ」
サミンは浮気をされた恋人のように体を震わせ怒っていた。
「あんなに昨日愛し合ったじゃないか!」
タリアは頭の中が真っ白になった。誰にも知られたくない事を本人の口から漏らされた。人生最大の恥辱、未来永劫忘れさりたかった痛み。さらにざわついた周りの住民の反応を見たくもなく、頭を抱えしゃがみ込んだ。
「君を信じていたのに、浮気だなんて」
元よりお前の恋人ではない。
「そんなに尻軽だったなんて」
少年にただ親切に忠告してあげただけだ。
「僕の愛を踏みにじるなんて!」
私の人生がこうも潰れてしまうなんて。
「お前は娘にどういう教育をしているんだ!」
サミンが何かを蹴った音がした。それにお前の娘という言葉を聞き、咄嗟に顔を上げた。
「すみません、すみません、うちの娘がとんだご無礼を」
「お前がちゃんと教育してないからだろ」
擦りつけるように頭を地面まで下げて土下座している母をサミンが蹴っている。それを好奇な目で眺める住民たち。誰も庇おうもせず、楽しんでいた。タリアはこの世の地獄というのを目の当たりにした気がした。
「お母さん!」
すぐさま母の元に駆けつけた。サミンの前に立ちこれ以上乱暴はやめてくれと頼み込んだ。母にも土下座をやめてくれと懇願するが顔をあげることはない。
「タリア。お前の母はお前が処刑されるのを見逃してくれと土下座しているのだぞ」
「え······」
まさか自分が処刑される? 外の人間と話しただけで? そんなことが有り得るのか? 無限に疑問符が浮かび続ける。
「タリア、来い。お前に色々聞くべきことがある」
「いや、やめて、離して」
「抵抗すれば処刑されるのはお前の母だ」
「そんな」
「いいから来い」
タリアは半ば引きずられるように近くの建物に入れられた。そこはコブトの家だった。椅子に座り、机を挟んでサミンと対面するような形になった。タリアの後ろにはサミンの仲間の人間が立っている。
「お前、昨日誰と会った」
「······道に迷っていた男の子です」
「何をした」
「何もしてないです」
「嘘をつくな。尻軽なお前だ、きっと色目を使ったんだろ」
頭皮を痛みが走った。髪を後ろの男に引っ張られたのだ。抵抗しようとも男の力には勝てずにその状態でいるしかない。
「本当に道を教えただけなのです」
「お前を目撃したコブト氏はお前はその男を家に誘おうとしていたと言っていたぞ」
「違います。そんなことはないです!」
「僕の前で嘘が通じるはずがないだろ」
後ろの男に後頭部を掴まれ、机に顔を押しつけられていく。ゆっくりと少しずつ力を込められ痛みが増してゆく。
「痛い、痛い!」
「認めろ。認めれば許してやろう。処刑されるのもお前だけだ。だがこのまま嘘をつき続けるのならばそんな悪い子を育て上げた母に責任があるとして、母をすぐにでも処刑する」
救いはないのか。ありもない罪を認めれば自分は死に、無実だと貫き通せば母が死ぬ。何が正義のための処刑制度だ。何が正義だ。前らなんか、お前らなんか。
「お前らなんか死んじゃえ! 極悪人が!」
精神が限界まで追い詰められたタリアはついに口から本音が出ていた。喋った後に気づき、口を塞いだがどうせ死ぬのだと吹っ切れ、堂々とした。
「タリア······何を言ったか分かっているのか」
「もういい。どうせ私は死ぬんだ」
「貴様を処刑する。今すぐに」
タリアの髪の毛を引っ張りながら強引に外に引っ張り出す。またも住民がこちらを見た。先ほどのタリアの叫びが外まで聞こえたのだろう。処刑が始まるのだと目がきらきらさせていた。
「この尻軽の娘、タリアを今すぐ処刑する。家ごと火炙りの刑だ! 火を持ってこい」
サミンの仲間が火のついた松明を持ってきた。タリアを家の前に突き立てた柱に括り付け、処刑の準備は整った。母はやめてくれと懇願するが、コブトによって抑えられている。
「死ね、売女が」
サミンがタリアの足元に火をつけようとする。が、その魔の手は止まった。サミンの顔はタリアよりも上を見上げている。
「なんだ、人間もいるじゃないか。それも悪の人間が」
その声はタリアの家の屋根の上から聞こえてきたのだ。皆、そっちに気を取られる。誰かが屋根の上に登っている。誰が登っているのだと体を伸ばして見ようとする。
「よっ」
屋根から飛び降りてきた。その着地で松明を踏みつけ、火を消した。
「何をしている。そもそもお前は誰だ」
サミンが飛び降りてきた少年の胸ぐらを掴み、問いただした。サミンの仲間も少年を取り囲む。
「僕の名前はヒカル。正義の味方です」
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