第3話「密告」
この村は狂っている。何度も思ったことだが口には出さずに笑顔で今日も生きていかねばならない。エルフの森に住まうタリアは今日も自分の意志を殺して生きている。
転生人なんか嫌いだ。人間なんて嫌いだ。今すぐに叫びたいが、叫べば魔王の仲間として公開処刑されてしまう。
「タリア、ほら、笑っていなきゃ」
タリアの母が険しい顔つきになってしまっているタリアに笑顔を強要する。
「ごめんなさい」
指で無理やり口角を上げた。転生人には好意的な態度を見せていないと敵とみなされ処刑されてしまう。
「どうもミツコさん、今日もお綺麗で。タリアちゃんも日に日に可愛いくなって」
毎朝見回りとして転生人とその仲間が各家々に巡回に来る。少しでも怪しい素振りを見せれば取調べという名の拷問にかけられ、その後は森の皆の前で公開処刑。
「サミンさんも毎朝お疲れ様です」
「お疲れ様です」
親子は丁寧に丁寧に深く頭を下げる。
「顔を上げて。本日も森は平和です。ですが油断してはなりません。どこに魔王の仲間が潜んでいるか分かりませんよ。この森は広大ですから潜んでいるのは確かなのです」
「はい。この森が今日も平和に過ごせているのはサミンさんのおかげです」
心にもないことを言わされる。
「では、少しでも怪しい人がいればいつでも報告してくださいね。転生人サミンはエルフの味方です」
転生人サミンはようやく去っていった。あの肥えた不細工に全身を舐められるように見られるのですら不快だというのに、近寄られると放置され続けた魚肉のような匂いがする。
森のエルフたちは巡回の際、可能な限り息を止めることでその匂いから耐えている。
「はぁ······」
タリアは思わず溜め息が出てしまう。
「こら、タリア。誰かに見られたらどうするの」
辺りを見渡す。どうやら誰にも今の溜め息は見られていないようだ。
「じゃ、練習に行ってくるから」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
タリアは荷物を持ち、友達と一緒に魔法を練習する場所に向かう。民家の前を通っているというのに誰ともすれ違わない。何か不味いことを喋ってしまえばそれは処刑に繋がるため、誰とも会話しないのが賢い選択である。
「お待たせー。今日もがんば――」
いつもの場所に来たタリアは息が詰まりそうになる。確かにその場にいつもの友達はいた。だが会話は一切行われていない。無言で魔法の練習をしていた。それもそのはず、そこにはサミンがいた。
「サミン······さん」
「やぁまた会ったねタリアちゃん。ここで若い子たちが魔法の練習をしてると聞いてね。悪い奴が来ないように見回りに来たんだ」
「ありがとうございます」
そのありがとうに感謝なんてある筈もない。ないのだが言わないと処刑だ。
そこからしばらく魔法の練習をしたのだが一向にサミンは帰ろうとしない。ずっとにやついた表情で村の娘たちを見ている。みなすぐに帰りたかったが、いつもの時間に帰らないと何を言われるか分からない。
「サミンちゃん。そこ、もうちょっと魔法陣を出すタイミング早めた方がいいね」
「あ、ありがとうございます」
ただ見てるだけでなく、アドバイスもどきをしてくる。転生人は何も努力しなくても魔法が使えたのだから魔法の練習の辛さを知らないのにベテラン感満載だ。
どれだけ癪に触ろうが絶対に転生人の気に触れてはならない。これまでに何人ものエルフが、転生人サミンを不快にさせたためにありもしない罪を擦り付けられ処刑された。
この制度は本当に酷い。転生人はろくに調べもせずに白か黒か決めるため、チクられればそれはもう死だ。誰かが恨みを晴らすためだけに嫌いな者を転生人にチクる例もある。
公開処刑も最悪だ。怖いもの見たさで森中からエルフが集まる。その下衆たちが目を輝かせている前で斬首や火炙りにされる。さすがに処刑の瞬間に歓声を上げることはないが、みな価値のある絵画を見るように嬉しそうなのだ。
「そろそろ、帰ろっか」
何十時間も過ごしたかのようなかのように感じた魔法の練習時間がようやく終わった。特に問題なく終えられた。タリアも安心して帰路につこうとするが背後から声をかけられた。
「タリアちゃん。ちょっといいかい」
サミンに声をかけられた。魔法の練習中も特に見られていた感じがしていたのだ。
「なんでしょうか」
「君にだけ見せたいものがあるから僕の家においでよ」
「見せたいものですか。ここでは駄目なのですか」
サミンはにっと笑い、近づき、耳元で囁いた。
「可愛い君にだけ、特別なんだ」
たたでさえ臭いのに、至近距離で嗅がされて吐きそうになった。今すぐにでも走って逃げ出したい。だがそんな行為は許されない。
「分かりました······」
タリアは多大なる不安を抱きながらサミンの家に向かう。
♢
「いや、離してっ!」
タリアはもがいた。服を剥かれあわれな姿の状態な自分に獣が迫っている。
「はぁはぁ。抵抗しないでよタリアちゃん。これは光栄なことなんだよ? 僕の体液をその身で受け取ることが出来るんだ」
息の荒くした気持ち悪い獣が、比喩ではなく本当に全身を舐めまわしてくる。タリアは大粒の涙を流し助けを求めるが、サミンの家の周りにはサミンの仲間が囲っている。誰も近寄らない。
「ん〜〜〜涙も美味しいね〜〜」
タリアが流す涙を蜜のように舐めてくる。やがてタリアはどれだけ抵抗しようが助からないと知り、力を抜いた。
「安心しなよ。僕は悪い人じゃないんだからさ。他の男にやられるぐらいなら、僕に、ね?」
「嫌だぁ······助けてお母さん······」
「そんなにお母さんが好きかい。なら教えてあげよう。これはお母さんのためなんだよ?」
「え······?」
「君のお母さんはね、魔王の仲間としての容疑をかけられている」
サミンは根も葉もないことを言う。母は魔王の仲間なわけがないと否定する。
「でもね、隣のコブトさんから密告があってね。ミツコさんとタリアちゃんは僕のことを目の敵にしているって」
コブトという名を聞き、全てを察した。コブトおばさんは母のことを酷く嫌っていた。理由は分からないが事ある毎に嫌がらせをしてきていた。
「でもまさかミツコさんとタリアちゃんが僕のことを嫌いだなんて信じられないんだ」
嵌められた。親子は隣の家のコブトに嵌められたのだ。どんな嫌がらせを受けようが我慢してきたのに。仕返しをしたら同類になってしまうと耐えてきたのに。
「でもタリアちゃんが僕のことを受け入れれば、僕を嫌いではないという証明になる。だから、ね?」
タリアは絶望した。この世には悪しかいないのか。正しく生きようとすることは叶わないのか。サミンが体をまさぐってこようが特に抵抗もしなくなった。
「誰か······助けて······」
弱者は、強者の餌でしかない。
その日の夜、全身に痛みと不快感をまとい、ぼろぼろの衣服のまま家に帰ろうとするタリアは、森の中をさまよう、とある少年と出会った。
見たことがない顔の、爪が非常に短い少年だった。
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