第2話「誕生」


「······学校か」

 

 死んだはずの吉田輝の身体を一時的に再び使って現実世界に帰ってきた。場は騒然としていた。体育教師や保健医が駆けつけ、クズ教師の救命措置をおこなっている。


 本当に死んでいるのは僕だというのにそのこと自体に気がついていない。誰かが殴って気を失わせたとでも解釈しているのだろう。僕の遺体は教室の隅に適当に片付けられていた。


「どうしよう。保健の先生は殺したくないな」


 元々クラスの奴らとクズ教師だけを殺す予定だったがプラスアルファで体育教師と保健医がいてしまっている。体育教師も僕のいじめを見て見ぬ振りをしていたから殺しても別にいいのだが、保健医は適当ではあったが対応はしてくれた。


「おい、爪男が起きたぞ」


 クラスの誰かが僕が目覚めたことに気づいた。視線は僕に集められる。その視線には今まで感じたことのないような憤怒が込められていた。


「お前、殺人犯だぞ」


 胸ぐらを掴まれ、無理やり起こされた。そして腹に膝蹴りが入る。


「っざけんなよクソがっ」


 男子数人による袋叩き。前も何回か受けたが過去のような痛みは全くない。あの時のことが懐かしい思い出のように思える。一年生の文化祭から約一年、色んなことがあったな。


 事あるごとに殴られた。痣が体から消えることがなかった。歯も何本も抜けた。どれだけ殴れば血を吐くか検証させられた。だが単純に殴られる程度ではまだましだった。


 大金の強要をし、出来なければ罰ゲームがあった。口の中に毒虫を入れられた。爪と指の間に針を入れられた。顔に犬の糞を塗られた。弁当に接着剤をかけられた。トイレに篭れば花火が投げ込まれた。


 どういう心理でそんな発想ができるんだ。僕が抵抗していたからか。獲物が抵抗するから趣向を凝らすようにならのか。


 でも悪人の彼らの人生もここで終わる。救急車の音が近づいてきているからすぐに終わらせて退散しよう。


「殺人罪? 君たちの方が罪人だろうが」

「はぁ?」

「窃盗罪、暴行罪、侮辱罪、傷害罪、恐喝罪、強盗罪、強要罪、名誉毀損罪、脅迫罪、器物損壊罪」

「なにぶつぶつ言ってんだよきめぇんだよ」


 僕を黙らせようと腹部を殴打した。教師二人も見ているのに当然のごとく無視。それどころかもっとやれと言っている。······保健医も結局は悪か。そうか、残念だ。


「この場にいる全員悪人だ。正義の味方として、君たちを粛清する」

「何言っ――」


 やはり強いな。デコピン一発で首が180度回転した。叫び声を上げられて人が増えるのは面倒だ。その前に殺す。


「お前何したん――」


 普通に腹部を殴ったら身体を貫通した。理想は弾け飛ぶぐらいの威力が欲しかったのだが、それは欲しがり過ぎか。


「単純だよ。君たちが悪人ならば僕の体は君たちを殺すだけだ。祈りなよ、自分は善人であれと」


――その場全員を処理するのに二分もかからなかった。





 僕は再びあの空間に帰ってきた。


「お帰り。どうだった?」

「全員始末した。大量に血が噴き出ると後々あの教室を使う後輩たちに悪いから、あまり血が出ないように努力した」

「さすが正義の味方。人への気配りができるね」


 テミスの口調は笑っているが、顔らしき仮面の表情は微動だにしない。仮面なのだから当然なのだが。


「チート能力の方は気に入ったかな」

「時間を急ぎすぎたため、雑な仕上がりだったかなと思う」

「そうかい? 私はいいと思うぞ。正義の味方っぽいよ。悪を殺すために特化したいい能力さ。名前とかどうする」


 名前か。他の転生人たちは自分のチート能力に凝った名前を付けているのようだが、それは異世界を楽しむためだ。僕が異世界に行くのはチート能力で威張るためじゃない、正義の味方という使命を果たすためだ。


「シンプルなものでいい」

「シンプルって言われてもな。君の能力に似たものは前例がないから。時間操作だったり、能力コピーだったり、温度操作だったりはその能力になぞらえて付けるのだけどさ、君の能力はなんと言ったらいいか」


「僕の能力は、能力だろ。何か思いつかないのか」

「他人の精神依存だなんて初だよ初。君しか思いつかないって」

「なら《正義執行》とかでいい」

「あーいいじゃんそれ。名の通りだしかっこいい。じゃ、転生人ヒカルのチート能力は《正義執行》で」


「もう異世界に行くのか?」

「そうだね。こんな服装が欲しいって要望があれば用意できるけど」

「服装か。確かに正義の象徴となる物がほしいな。後々考えるとしよう」

「よーし、それじゃ行こうか。異世界に」




 9月28日 異世界に正義の味方が誕生した。

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