『正義の味方』は善人でなくてもできます

狐狸夢中

第1話「転生」


 昔から深爪にしてしまう癖があった。


 爪の白い部分が少しでも伸びていたらすぐに切っていた。僕の爪に白いとこがある方が珍しい。


 授業中も授業が退屈だと爪をむしっている。そのせいでよく指から血が出ていた。


 人は僕のこの癖を見る度にストレスが溜まっているのかと聞くが、そういうわけではない。ただ、やり始めたら出来る所までやらないと落ち着かないのだ。


 完璧主義者と言えば聞こえが悪いが投げ出さない心と言えば立派な長所になる。僕はいつも正しいと思った行動をして生きている。


 僕のそんな長所が短所になったのが高校の時、文化祭の準備の日だ。計画の時には皆、最高の物を作ろうと言っていたから僕はその通りにした。


 アイデアも厳選し、材料も厳選し、作業担当者も厳選して振り分けた。これほど全力を注げば最高の物ができていただろう。そう、いたであろうなのだ。


 皆、口だけだった。口だけ最高の物を作ろうと言っていた。本気で鵜呑みにしていたのは僕だけだった。最高の物を作るにはそれなりの犠牲が必要だ。だから皆の時間を最大限に削り、心を鬼にして厳しい言葉を浴びせた。




 誰も付いてこなかった。




 その日を境に皆が僕を無視し始めた。このままではまずいと思い、奮起した。皆と仲良くなれるように全力で媚びを売った。


 だが逆効果(?)だったらしい。僕にはよく分からないが、皆に媚びを売ったにも関わらず、僕への無視はいじめへと変わってしまった。




「いい加減にやめてくれ!」

 僕は学級会の時間に叫んだ。皆が少し静まり返ったあとに罵詈雑言が浴びせられた。


「静かにしてろよ」

「修学旅行の班に入れてもらえないからってキレんなよ」

「一人で京都行ってろよ」

「てか来んなよ」

「家で爪むしってろよ」


 爪むしってろよ発言で教室が大いに沸いた。


「おい、爪むき男。今日も指に爪が少ししかないですけど、大丈夫ですかぁ? 救急車呼ぶー?」

 そいつが取り出したのはそいつのスマホでなく、僕のバキバキのスマホだ。


「おい、僕の取るなよ」

「え、これお前の?」

 分かっていたのにあからさまに驚く。


「やっべ、爪むき男の爪垢が付いちまう!」

 スマホを床に叩き落とした。画面の破片が飛び散る。


「僕の名前は爪むき男じゃない。吉田ひかるという名前がある」

 だが無視。もう僕に興味を失ったようで話題は班決めに戻っている。


「ふざけんなっ!!!」

 黒板を椅子で殴りつけた。

「おい吉田、やめろ」

 その時にやっと傍観していた教師が口を開いた。


「あんたも教師ならいじめをなんとかしろよっ」

「いじめなど起きていない。皆、お前と遊んでいるだけだ。お前の被害妄想だ」


「そうでーす。いじめじゃないでーす」

「爪むき男と仲良しでーす」


「ほら、渾名まで付けてもらってる。仲良しの証だ」

「これは、渾名とかじゃなくて――」


 その時、いじめの主犯格が僕のバッグから一冊のノートを見つけ、皆に見せびらかした。


「おいこいつ、京都を楽しもうとめっちゃ計画立ててるぜ! 土産や行くとこの写真の計画とか。自由時間のスケジュールなんか分刻みだ!」


 教室でその日一番の爆笑が起きた。


 僕の計画がばれたのは別にいい。京都に行ったらゆくゆくはばれていたことだ。だが許せなかったなかったのは、教師のこの男も憎たらしい顔で笑っていることだ。


 そもそもいじめを止めるはずの教師がいじめを無視し、被害妄想と突き付けるなど外道がすぎる。正義の職業じゃないのか。聖職者として失格だ。いや、人間として失格だ。


 それどころかこいつは僕のノートを見て笑っている。これがどういう意味か。「こいつは楽しめるはずないのに、なぜ楽しみにしているんだ」と嘲笑っているのだ。


 僕は決めた。この教師を殺す。


 殺し方など知らないが、もう我慢の限界だ。笑って仰け反っているところに近づき、首を掴んだ。


 教室中がざわついた。誰か止めろと言ったが自分から動く者はいない。


「お、まえ······」

 教師は抵抗してくる。大人と高校生の力の差によって徐々に僕の首絞めが解かれてゆく。


 僕は股間を蹴り上げた。一瞬で顔が青くなる。抵抗が緩んだ所で一気に力を込める。


 クラスの男子たちがさすがにヤバいと思い飛びかかってきた。僕に数人を相手できる力はない。この一瞬で決める。


 首絞めだけでは時間がかかるので、机の角に首の後ろを叩きつけた。頚椎とか何か大事なものが首の後ろにあるはず。よくは知らないが頭を叩きつけるよりかは首の方が威力があるだろうと思った。


 あ、殺せる。


 そう思った時には男子たちの手が伸びてきていたし、教師は意識を失いかけていた。



――だが、僕の意識もそこで途切れた。







「あれ、ここは、警察······じゃない」


 病院でもなかった。そもそも建物として成り立っていない。 辺りは部屋のよう、ではあるが終わりが見えない。白い天井と床がどこまでも続いている。窓も扉もない。壁もない。天井と床だけがずーっと、ずーっと先まで続いている。


 そこに存在してるのは僕ともう一人。いや、一人とカウントしていいものか、目の前にいるのは人間ではない。


「繧?▲縺サ」

「なんて?」


 人間の顔に似ている。顔だけだ。そもそも顔というか仮面だ。白くて不気味な仮面が浮いていて、体があるべき所に黒い布のような物がかけられ形を成している。


 僕は子供の頃よく見ていたアニメ映画の「カオナシ」を思い出していた。


「逕溘″縺ヲ繧九≦縺?≦縺?シ?シ?シ」

「······???」


 僕は酷く混乱した。一から百まで理解できない。なぜここに居るのかも、目の前にいる何かは何なのかも。


 すると突然僕の体が光り始めた。驚いて声を上げる前にその光は止まった。


「あー、あーあー。聞こえる?」


 初めてその仮面が人間の言葉を喋った。聞こえますと返してみる。


「おおっ、成功した。よかった。こんな逸材をそう易々と天国に送ってたまるもんか」

「天国······? 僕は死んだのか?」

「うん。死んだというか、私が殺した」

「え、」


 さらに頭が混乱する。僕が死んだ? いや、殺されただと? 僕は確か、クズ教師を殺そうとしていたはず。あれは夢だったのか。そうか、夢か。そうだよな、いくら何でも人を殺すなんて僕がするはずない。


 ならばこれも夢の延長線か。二度寝でもしたかな。


「違うよ。夢じゃないよ。君は教師を殺そうとして、本当に殺しかけた所で私が心臓発作で殺しました」

「夢じゃないのか」

「そうだよ。今、現実世界では教師が救急車待ち。君の遺体は適当に放置させられているね。どうやら死んだことにも気づいていない」


「あのクズは死んでいないのか!?」

「くっ、くくく······」

 仮面は僕の反応を見て笑う。


「何を笑ってんだ」

「だってさ。普通、自分の遺体が放置されている所に怒ったり、それどころか自分が死んだことが受け入れられないものだよ? なのに標的を殺せてないことをまず第一に食いつくとか。やっぱ君最高だよ輝君」


「なんで俺の名前を······。そもそもあんた誰だよ」

「ごめんごめん。名乗ってなかったね。私の名前はテミス。導き手だ。輝君を、異世界を正す『正義の味方』としてスカウトに来た」


「は?」



 テミスから説明されたことを簡単にまとめるとこうだ。


・僕たちがいた世界とは別の世界がある。


・そこは魔法でも魔物でも、現実では空想上の物が存在している。


・その世界にはたまに、僕らの世界の住民が死後、チート能力という強力な力を持って転生することがある。


・僕もその一人として、異世界で正義の味方になって欲しいと。


・前世で大きな罪を犯した者は転生人になれないため、僕が教師を殺す前に心臓発作で殺してスカウトした。



「テミス。前世で人を殺したら転生人にはなれないんだよな」

「そうだね」

「なら、転生人になった後でなら殺していいのか」

「かまわないよ。私から君に課せる使命は『正義の味方』になること。君が正義と思うなら全ての行動は正義となり得る」



「そうか、分かった。それともう一つ、転生人になった後は前世に戻れるのか?」

「故郷が恋しいかい?」

「違う」

「ならなんで」


「僕をいじめたあのクズたちは将来きっと悪人になるだろう。だから」

「おっけい! 本来は禁止なんだけど、一回だけ許しちゃう!」


 テミスも狙いを察してくれて乗り気だ。僕とテミスは、僕のチート能力について話し合った。



「よし、なら輝君の能力はそれで決定でいいね」

「早くしてくれ。目撃者が増える前に速攻で終わらす」

「ふふ······! 行っておいでよ、輝君、いやヒカル!」


 この日、吉田輝は心臓発作により死亡し、転生人ヒカルとして正義執行のため現実世界に降臨した。

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