第38話 罵声を浴びせたかった

 ふざけんなっ!

 そう口火を切り暴走して電話口の相手に怒鳴りつけたかった。


 僕は助手席に座る怯えたような表情をする優香さんの血の気のひいてしまった顔をじっと見ていた。


「慶太っ! お前どういうつもりなんだよ。琴美はどうしてんだ?

 お前っ! 優香さんのことなんて俺は聞いたことねえぞっ!」

『智史ごめん』

「いい加減にしろ」

『智史が俺と優香の電話に出たろ?

 声が似てると思ったから確かめたかったんだ。

 まさか優香が智史といるなんて思わなかったからびっくりした。

 優香と付き合ってあまり時間は経ってなかったけど結婚する気はあったんだ。

 優香は俺の会社の上司だ』


 優香さんは泣いていた。

 車のなかに優香さんの泣き声が響いて切なくなった。

 許せなかった。


 何もかも。

 琴美も慶太も。

 俺を捨てた琴美のことも。

 優香さんを捨てた慶太のことも。


 殴りたい。

 慶太を殴って優香さんの前にひざまずかせて謝らせてその目の前で琴美を罵ってやりたかった。


『琴美のお腹の子は俺の子だ』

 その慶太の追撃のような告白に僕はブルブルと怒りと屈辱で全身を震わせていた。

『ちゃんと言っておかなくちゃと思って』


「ふざけんなっ!! 慶太っ! お前ふざけんなよっ! ちゃんとってなんだよ」


 僕はありったけの声で慶太に怒鳴りつけていた。

 

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