第35話 琴美からの電話

 鎌倉の町の海沿いを僕の車で走る。

 

 渋滞はまだ起きてはいなかったが、人気のスポットばかりのこの辺りは夕方には混むし景観も良いから観光客は絶えずいた。


 少し開けた車の窓からは心地よい海風が入って来ていて僕は前向きな気持ちになって優香さんに話しかけた。

「ねえ優香さん。もしこの旅が終わっても僕といて」

「えっ」

 優香さんは助手席に座って窓から景色を見ていたが僕の方に視線をしっかりと向けていた。


「ちゃんと答えて欲しいんだ。僕は恋人ごっこじゃなくてちゃんと優香さんと付き合いたいんだ」

 こんな大事なことは運転しながら言うことではない気はしていた。

 ただそんな感じでないと臆病な僕には到底優香さんに告げられる気がしなかった。

 告白なんて考えてみたら自分から相手にしたのは人生で初めてだった。


「うん嬉しいよ。智史くん。……出来たら私もそうしたいよ」

 否、なのか。

 僕はがっかりした。

「私もう裏切られたくないの。捨てられたくないな」

「えっ?! 僕は優香さんを捨てたりしないよ」

 僕と優香さんは沈黙のなかにいた。

 カーステレオの音楽がしばらくうるさく感じた。


「琴美さんが戻って来たらどうするの? もしも赤ちゃんがあなたの赤ちゃんだったら?

 あなたの子供を身ごもっていて智史くんとやり直したいって今日にでも連絡をして来たら……。

 ……あなたは私を選ばない気がする」

 優香さんの不安が一気に僕に押し寄せてくる気がした。


 そして僕の胸元のポケットに入れている携帯電話が鳴った。

 ドキリとした。

 その着信のメロディは琴美からの電話であることを告げていた。

 琴美自身が自分のお気に入りの曲を僕の携帯電話に設定したものだったからだ。


 まるで僕と優香さんの話をどこかで琴美が聞いているんじゃないのかと思ってしまうタイミングだった。

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