第31話 優香さんの婚約者
僕は優香さんの手首を掴んでグイッと自分の胸に引き寄せた。優香さんは僕に抱きついてきて「智史くんが好きだよ」とはっきり告げてくれた。
「僕も大好きだよ。優香さん」
優香さんを両腕で包み込むと暖かかった。
朝日が強く部屋に差し込んできていた。暗がりではなくなった。電気を点けなくともお互いの顔がしっかりと見えてしまうほどに。
婚約者に置き去りにされた僕たち。僕と優香さんは初めは同情心から心を寄せて近づけた歪んだ関係なのかも知れない。
だけど今。
焦がれているのは目の前の優香さんだ。
男の欲望だけで女の優香さんを抱きたいわけじゃない。
僕と優香さんが想いが通じたなら優香さんを抱きしめて分かり合っても良いのではないかと思ったんだ。
キスだけで埋まらないなにか。
僕には連絡のつかない琴美に聞くことは出来ないけれど、今まで琴美にさみしい思いをさせてきたのだと思い知った。
恋焦がれる相手が目の前にいるのに抱きしめてはくれない。素っ気ない態度で自分に関心がないことが冷たく残酷なことだと分かった。
そんなつもりはなかった。
僕はそんなつもりなんて微塵もなかったけれど琴美は慶太に求められたんだろうなと思った。
慶太が琴美を必要として琴美もまた慶太を求めたんだろうなと思った。
それが自分が大事だと必要とされてると実感して琴美は嬉しかったんじゃないか?
長く付き合ったサラリとした関係の僕と琴美。僕たちの距離感が居心地が良かったのは僕だけだったのだと後悔している。
「僕と前に進む気がある? 優香さん」
僕は布団の上で優香さんを抱きしめながら確かめた。
またすれ違いは嫌だ。
僕だけ好きな人と違う気持ちでいて勘違いするなんて嫌なんだ。
「うん。もちろん」
覚悟をきめた感じがした。
過去に決別して僕らなら一緒に歩んで進める気がした。
出会ったばかりなのに不思議だった。
僕は優香さんとぴったりとくる気がしていた。
互いに同じ気持ちな気がした。
僕はゆっくりと優香さんに顔を近づける。
唇と唇が重なり合う直前に。
ーー♪ーーー
優香さんの携帯電話が鳴った。
「ごめん彼からの電話だ。出ても良いかな?」
彼。
僕の胸がぎりっと
優香さんは元婚約者の彼だけは違う着メロで彼からの着信だと分かるようにしているんだと気づいた。
思い出の曲か何かなのか。
「彼」と親しげに言った優香さんが少し憎らしい。
本当はそんな奴からの電話になんか出て欲しくはない。
「良いよ。どうぞ」
そんな優香さんを捨てた奴からの電話なんか出るなと言いたかった。
ソワソワとした手つきで鳴り続ける携帯電話を優香さんは着てたカーディガンのポケットから出して彼の電話に応答しようとしている。
優香さんは僕の腕に抱かれながら。
他の男に抱かれながらソイツの電話に出るんだな。
僕の胸にどす黒くて暗くてザラッとしたものが広がった。
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