第13話 彼女に感じた共感の思いと疑似恋愛

「僕はこれから江ノ電に乗って江の島に行くんです。良かったらあなたもいかがですか?」

 僕はたいして親しくもない女性にこれまでこんな誘い方をしたことなどなかった。ナンパだってしたことがないし、もともとは女性にたいしてグイグイいけるほうじゃない。

 琴美は高校生からの友達グループのなかの一人だったから徐々に距離が近くなっていた。

 大学にも学部は違ったが同じ大学に進んだし、告白をしてくれたのは琴美のほうだった。


 よくもまあサラッと声を掛けられたもんだ。

 僕は心の中で苦笑いをした。

 この時点の僕はまったくこの目の前の美女に対して下心がなかった。

 琴美と慶太と自分の生まれてくる子供のことばかり考えていた。

 やっぱり心が壊れているんだ。

 彼女は僕が話しかけても微動だにしなかった。

 返事もなかったからしばらくたって僕はあきらめて通りに向かおうと歩き出した。

「?」

 僕のジャケットの裾が引っ張られる。

「ごめんなさい。あの今日だけでいいんです。恋人の真似ごっこを私としてくれませんか?」

 僕は振り返る。

 ついさっき会ったばかりの女性にこんなことを言われたのに不思議と戸惑わなかった。彼女の悲しみに僕も共感していたからだ。

 共鳴していた。彼女の悲しみに僕の悲しみが重なり合う気がした。


「良いですよ」

 即答した。

 二つ返事でオッケーしたんだ。

 僕は優香さんに微笑んでいた。自分でも驚くぐらい自然ににこやかに。

 これは運命だと僕は思った。

 これは抗えない運命だと僕は感じていた。

 

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