第12話 二人だけの泊まり客

 チワワの飼い主の彼女は僕と同じ恋結びの宿の泊まり客だった。

 泊まり宿には二人しか客がいなかった。

 なにか話しかけようかとは思ったがそんな気も起きなかった。


 僕は部屋にずっといたのだが少し暇を持て余しはじめていた。

 ちょっとだけ出掛ける気分になった。


 恋結びの宿のすぐ横から江ノ電に乗れる。僕は一念発起の気分で出掛けることにした。

 朝も昼も食事をしていない。

 何日も前から水分しか摂っていないことに僕はまずいかなあと思い始めた。

 江の島にでも行こうか。

 江ノ電に乗って定番だが江の島の観光地のたくさんの人混みに紛れればこの気持ちも紛れるような気もしている。

 二両編成の小さな電車は緑色とクリーム色の車体だったよな。

 レトロな雰囲気だった。

 海沿いを江ノ電に揺られていたら落ち着くかもしれない。


「ちょっと出掛けてきます」

 調理場にいた宿の主人らしきおばあちゃんに僕は声をかける。

「はい。行ってらっしゃい」

 おばあちゃんは優しくにっこりと僕に笑った。


 恋結びの宿の玄関に行くと先ほどのチワワの飼い主がいた。

 座っていた。

 玄関の脇の靴を座りながら履くために置かれた小さなベンチに美しい彼女はうなだれながら悲しげに身を縮めていた。


(この人はなにを悲しんでいるんだろうか)

 僕は自分の悲しみを棚に上げて純粋に気になっていた。

 僕は彼女に声を掛ける。どうしても声を掛けなければならないと思った。


 それぐらい彼女は儚げで危うげな感じがした。

 

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