序章 試練の遺跡 5
周囲を何度も確認し、自分の頬をつねったり叩いたりしても目の前の光景が消えて無くなるわけじゃない。
瞼を何度閉じて開いても、視界に写る光景はまごうこと無きスタート地点だった。
【あ、アー。テスト中、テスト中。俺の声が聞こえてるか? 聞こえてんなら返事しろ 】
故に、その声が聞こえてきたときはとっさに対応することが出来なかった。
【 おい、何してやがる。聞こえてねぇのか? んだよ、どうなってんだ。全然反応しねぇじゃねぇか。何が成功だよ、失敗してんじゃ── 】
「誰だよ、お前」
先程までの機械的な声ではなく、明らかに誰かが話している。
【 んだよ、聞こえてんじゃねぇか。さっさと返事しろよ、時間無いんだから 】
その証拠に、ロウの言葉に返してきた相手の言葉には明らかに安堵の感情が籠っていた。
「質問に答えろよ。誰だ、お前!」
【 うるせぇな。とっとと俺のところまで来い。そしたらお前と話しぐらいはしてやるからよ 】
「何だと…?」
上から目線の言葉にユラリと怒りの感情が芽生える。
【 これで話すのは疲れんだよ。めんどくせーし。待ってるからな 】
「おい! 待てよ!」
その後も何度か叫んでみるが、返事が返ってくる様子はない。どうやら一方的に打ち切られたらしい。
ただでさえ状況が分からなくて苛ついているというのに、あの声の主は火に油を注ぐが如くロウの苛立ちを加速させる。
「クソ、あの野郎。…一体何者だ?」
いつまでもこうしては居られないと、重い腰を上げて岩から降りると体の異変に気が付いた。
「怪我が消えてるし、…それにあの剣も見当たらない。落としたとかじゃ…なさそうだが?」
最初の試練で負った傷が全て消えていた。どこを触れても痛みはなく、体の重さも感じない。
ただでさえ分からない状況に混乱している中で、さらに畳みかけるようにして意味不明な状況が起こり続けている。
いっそ思考を停止してしまいそうになるが、未知の状況でそれだけはやってはいけないと経験則上知っている。
なので、混乱する思考を静めつつ、あの声の主の所まで進んでみようとしたその時だった。
【 おっと、忘れてたぜ 】
どれだけ呼んでも答えなかった声が、再び突然ロウの頭の中で響き渡る。
【 互いに時間が無いんだ。急がせる為にちょっとばかしやる気を出させてやる 】
「…やる気だぁ?」
顔は見えないが嫌みな顔で話していんだろうなと、確信を持って言える。そんな声音に、ロウの返事も感情を隠し切れない。
【 そうだ。俺のところまで来たら、お前の仲間についておしえてやるよ 】
「なッ!? 知ってんのか! お前、あいつらの事を!」
【 早く来いよ? 俺の気が変わらない内にな 】
「ちょっと待てテメェ! 答えろ、答えろォ!!」
その言葉を最期に、また一方的に話を打ち切られてしまった。
一人残されたロウは割れんばかりに強く奥歯を噛みしめる。
「…ンの野郎ォ」
ついに限界を超えた怒りは眼前に広がる遺跡を睨みつけ、踏みつけるように一歩を歩き出す。
ゆっくりとした足取りはいつの間にか駆け足へと変わり、終いには肺が空気を求めるほどの全力疾走へと切り替わっていた。
周囲の様子に一切の意識を向けることなく、一直線に駆け抜けるロウは背後で何か音が聞こえたような気がするがそんなものに構う余裕は無い。
巨大な道の終わりに現れる3つの扉の真ん中を蹴破ると、そのまま止まることなく走り続ける。
程なくして最初の試練となった骸骨のホールへと到着する。
このままの速度で走れば柵が降りきる前に通過できないかと思ったが、辿りつく直前で柵が降りきってしまい、降りた柵を恨めしそうに殴りつけた。
「クソっ!」
その後、何度も聞いた声が聞こえてくるが、一度攻略した試練で戸惑う事などある筈もない。
「邪魔だ!」
立ちあがってくる最中の骸骨を砕き始め、頭の中で聞こえていた声が聞こえなくなる頃には、すでに目的の剣を手中に収めていた。
骸骨の瞳に光が灯ると同時に出現している岩へと剣を突き刺す。結果、骸骨たちは一ミリも動くことなく割れた地面から伸びる手に絡めとられて消えていき、試練クリアの言葉を聞く前にロウは既に柵の向こうへと走り出していた。
行き止まりの道も影の部屋も圧倒的な速度で通過し、最期の崖も言葉も何一つ聞かずに走り抜ける。最後のホールへと辿りついた時間は、一度目の時と比べる事すらできないほどの速さで辿り付いていた。
「扉が…無い?」
床から天井まで届きそうな居だな扉が消えて無くなってしまっていた。
あるのは無骨に組み上げられた石の壁のみで、床に刺さっていたはずの剣も見当たらなかった。
「そんな馬鹿なことがあるかよ! 一本道だってのに、何が違う、何が!」
苛立ち紛れに扉があったであろう場所の壁を叩く。冷たい壁でしかなかったが、不意に目を向けた先に、人一人が通れそうな亀裂が視界に入る。
「まさか…これ? ここを通るのか?」
亀裂に手をかざすと微かだが風が流れているのが分かる。
亀裂の向こうは完全な闇となっており、どこかに繋がっている保証はどこにもなく、また何処に繋がっているかも分からない。
「…何とか、行けるか」
そんな不安を気にする事は一切なく、ただ無理矢理に突き進む。
凹凸の激しい壁はロウの体にキズを付けるが、気にも留めずに無理矢理に体を押し込み続ける。
一切の光を通さない闇の道は壁に触れる手と一歩を進む足だけが現実を伝え、視界が上下の感覚を忘れ始めた頃にようやく光が見えてくる。
ようやく光に辿りついたことにより、安堵の息を洩らして尚も進み続ける。─そして。
「何だよ、この部屋は」
その部屋は石造りの部屋だった。
ロウが通ってきた亀裂の正面には十数段の階段があり、その頂点に一体の骸骨が座る玉座が置かれていた。
部屋を照らすのは青白い炎だ。どのような原理で火が付いているのか分からない事もさることながら、何より不気味なのはそこら中に転がっている屍の山だ。
骸骨のホールと似たような感じではあるが、決定的に違うのは骸骨だけではなく中途半端に肉が付いている死体が幾つも転がっていたのだ。
茶色く変色したモノ、血だまりの中に浮かぶ肉片、挙句の果てにはバラバラに砕け散っている死体まで転がっている。
「気味が悪い」
率直な感想が口から零れる。
死体の山は幾度となく見てきたロウではあるが、こうまで一つに集められるとさすがに吐き気もする。
悍ましい雰囲気にのまれている中、不意にロウの背中へと声がかけられた。
「そんなこと言うなよ」
頭の中へと響いてきたモノと同じ声であり、振り向いた先に居る玉座に座る骸骨の瞳にはいつの間にか光が灯っていた。
「別に初めて見たわけじゃねぇだろ?ここに居る奴らだって元々は生きてたんだ。そうゆう言い方は失礼だと思うぜ?」
基本幽霊などは信じない主義のロウではあるが、この遺跡を経てしまっては信じる他にない。
「…お前が俺をここに呼んだのか?」
「そうだ。ここに呼んだのは俺だ。俺なんだが、しかし…」
身を乗り出して膝に手をついて話しかけてくる骸骨は、困ったように顎へと手を付ける。
「…早いな。早すぎる。おかげでこっちの準備がまだ整ってねぇんだよな。もうちょっとゆっくりでも良かったんだが?」
「早く来いって言ったのはお前だろうが。注文通りに来てやったのに今度はゆっくりだと? 馬鹿にしてんのか、あぁ?」
湧き上がる怒りは周囲に漂う不気味な空気を意識の外へと放り出した。
「そいつは悪かった。怒らせるつもりは無かったんだ、本当だぜ?」
「なら、俺が今求めてる事も分かるよな」
「まぁ、そうだな。俺が言い出したんだ。準備が整うまでもう少し時間が掛かるから、早く着いたご褒美に少しばかり話し相手になってやるよ」
求めていた言葉、待ち望んでいたこの状況。
聞きたいことは山ほどあるが、何よりもまず聞きたいことを口に出す。
「お……れ───ぁ………」
喉が震えて声が出ない。掠れた言葉ですら出てくることは無く、ただ吐息が詰まるように漏れるだけだった。
「どうした? 聞きたいことは山ほどあるんじゃないのか?」
「この部屋は…なんだ?」
「あぁん?」
ロウの質問が意外だったのか、何かを探るようにン眉根を寄せる。
「そんな事が知りたいのか? まぁ、聞かれたからには答えるが…ふむ」
目の前の骸骨は椅子に深く座り直し、両手を広げて子供のようにはしゃいだ様子で紹介してくる。
「ここは『王の間』だ。許され、認められた者にのみこの玉座に座ることを許される」
「まるでどこぞの王とでも言いたげだな」
「少なくとも、この場所では俺が王だからな。これくらいは許されるだろ」
玉座に座る骸骨の言葉に反論が出来ない。小さなホールで戦ったあの骸骨たちとは纏う雰囲気がまるで違うからだ。
揺らめく絶対強者の気配は、離れていても一切の油断を許さない。
「他には?」
「この遺跡は何だ? 何処にあって、なんのために作られた?」
「場所は知らん。誰がどうやって作ったかも聞いてないからな。だが、少なくともこの遺跡が持つ役割は知っている」
「役割?」
「選別だ」
道中に聞こえていた機械的な天の声から察するに、何かを選んでいるであろう事は想像できる。それっぽいことも言っていたから。
だが、それが一体どこの誰が何の目的で行っていたのかは、微塵も伺い知ることが出来ない。
「誰が使うのは知らんが、何かをさせるための誰かをこの場所で選別していたと聞いたことがある」
「聞いたことがあるって事は、お前は誰かにこの場所について教えられたって事だよな。誰に聞いたんだ?」
「…………」
「おい、黙ってないでなんか答えろよ」
「知らんな」
「…は?」
質問する度に謎が増えていく。急に黙り込んだかと思えば、問い掛けの答えに目が丸くなる。
「アイツが何者か、という問いかけについては俺は答えをもたない。アイツについては名前しか知らないからな」
「なんて名前だ?」
「ウォモ。下の名前は‥‥忘れた」
適当な回答に収まってきていた苛立ちが再燃する。
答えてやると言いながら解決した謎は何一つとしてなく、むしろさらに増えてしまっているではないか。
文句の一つでも言ってやろうと、口を開いた、その時だった。
「…そうか、よし分かった。準備は整ったようだ」
玉座から立ち上がった骸骨は、自身が座っていた玉座へと振り返る。
「久しぶりのお喋りはなかなか楽しかったが、どうやらそれもここまでらしい」
そう言いながら高く振り上げた拳で玉座を殴り壊すと、中から一振りの黒い太刀が姿を現した。
柄も、鍔も、鞘ですら全てが真黒に塗りつぶされた太刀。
飲み込まれそうな黒い鞘から抜かれた刃は、真白に輝いていた。
「さて、最期の試練といこうか」
全身に殺気を纏わせて階段を下りてくるその姿はまさしく『王』としての巨大な圧を振りまいていた。
優雅であり、また同時に畏れも抱かせる佇まいに思わずロウも後ずさる。
「試練だと? まだ続いてたってのか?」
「無論だ。誰も終わりだと言っていないだろう?」
骸骨を視線に収めながら、床に転がっている剣を拾い上げる。
「そう警戒しなくても武器を拾う時間はくれてやるってのに」
「…どうだかな」
あくまでも表情には余裕を見せるが内心では心臓がバクバクと動きまわっている。
骸骨から放たれる威圧感に、今にでも吐いてしまいそうだ。
「そう気張るなよ。もっと楽しめって、生きてる奴の特権だろ?」
「…こんなに説得力がある言葉を聞くのは初めてだ」
「それにお前はこんなところで死ねんだろが。仲間について何も聞いてこねぇし、…約束もあるんだろ?」
「・・・何でテメェがそれを知ってるんだ?」
「さぁてな?」
惚ける骸骨に今すぐにでも苛立ちをぶちまけたいと思うが、ここでそのような愚行に走る程場数を踏んでいない訳じゃない。
閉じた瞼の裏に記憶に新しい仲間の姿が思い起こされる。
時間にして僅か数秒の事だったが、たったそれだけで体の強張りは消えていた。
「いい目をしているな。久しく見ぬ強者の目…これは気合が入る」
黒の鞘から抜き放たれた真白の刀身は幻想的であり、どこか神々しさも感じられる。
白い線を引くように振って剣先を下げ、空いた片手で挑発するようにロウへと向けられる。
「さぁ、始めようか」
その一言を合図に、互いに一歩を踏み出した。
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