序章 試練の遺跡 6
◆◆◆
その男の思考は怨讐の炎に焼かれていた。
一切の光は無く、一切の熱もない。
そこにあるのはただただ冷たいだけの、魔が住んでいた。
「俺はァ──」
空高く跳ぶ飛空艇の中で、銀髪の男は怨嗟の炎に焼かれた紅の瞳を向けて叫ぶ。
「お前なんぞの為にやってきたんじゃない!!」
心の底からの言葉だった。親、親友、仲間──すべては家族の為に。
あらゆる身内を切り捨てたロウの選択が、他人の手に選ばされた物だと知らされる。ましてやそれが私利私欲のためだとあれば、感情・思考が怨讐に飲み込まれるのは必定だった。
目標の男を殺す為、武器を引き抜こうとした瞬間、右から強烈な衝撃が襲ってくる。
何事かと目を向ければ、金髪金眼の少年がロウを突き飛ばしていた。
「な───」
──何をする。短い言葉は、次の瞬間の出来事により止められる。
「生きろよ、ロウ」
そう言葉を残し、頭上から落ちてきた鉄の塊に潰されて少年は肉片と化す。
「………?」
現実が受け入れられなかった。
自分がやろうとしていた事がどれだけ無謀で愚かな事なのかと。
ボロボロとなっていたロウの精神はここに来て完全に砕け散る。
怨讐に憑りつかれた思考は崩れ落ち、まともに現実すらも直視できない様になっていた。
「‥‥‥‥ト、キ…?」
ノイズ交じりの記憶が途切れる。──ガラガラと、何かが崩れる音がした。
◆◆◆
空いた左手は握らず、しかし開かず。ちょうど中間の握力をもって手を開く。
腕は脱力し、踵を浮かせて軽く膝を曲げる。
対して骸骨は薙いだ太刀の剣先を下げて、右足を後ろに下がらせ左手を上げる。
挑発するように突き出した左手は正真正銘の死神の手に他ならない。
「さぁ、始めようか」
その声を合図にロウは走り出した。
骸骨の太刀の間合いに入る直前、床に転がる死体の頭蓋を骸骨に向けて蹴り飛ばす。
「フン」
前に出した左手が飛んできた頭蓋骨を掴み、まるで豆腐のように潰された頭蓋骨は白い粉となって骸骨の手の周りを漂った。
視線が一瞬外れたタイミングで太刀の間合いへと飛び込み、握る剣を下からへと突き上げる。
軽く後ろに下がられて空を切るも、そのまま続けて2・3撃目を繰り返すがどれもこれも容易に躱されてしまう。
「ハッ、この程度か?」
骸骨の花で笑う声を聞いて次を繰り出そうと左足に力を入れた瞬間、言い知れぬ悪寒が首元から背中にかけてゾクリと走り去る。
「ッ!?」
下から上へと雑に切り上げられただけだ。たったそれだけなのに、振られた太刀を追う様に巻き起こる風はまるで嵐のように強烈だった。
咄嗟に堪えてしまった体は急には動けず、骸骨の丸見えの蹴りを避けることが出来なかった。
「───が─ァ─」
内臓の空気が全て吐き出される。
とても信じられないが、ただの蹴りで人一人が20m程度も蹴り飛ばされたのだ。
「ほぉ? あの状態から間に剣を滑り込ませて直撃を防ぐたぁやるじゃねぇか」
あの威力の蹴りを一撃でもまともに受けてしまえばそこで終了となる。
今ロウがこうして生きているのは、間一髪のタイミングで持っていた剣を骸骨の蹴りとの間に滑り込ますことに成功したからだ。
「おい、頼むぜ? まさかこれが全力じゃねぇよな」
「…当然、だろが」
ただの蹴りでヒビのが入った剣を杖代わりにして立ち上がり、負けじと返す言葉には力が入っていなかった。
骸骨の異常な怪力と純白の太刀にどう立ち向かうかのイメージが全く湧いてこないからだ。
「ハッ──、だよなぁ!!」
距離を詰めてくる骸骨は、間合いを計られまいとジグザグに詰めてくる。
不規則な動きは対応がとりにくく、ましてや相手の攻撃はどれもこれもが一撃でロウを静められる威力を持っているのだから、相対する恐怖は尋常ではない。
「ボケっとしてんじゃねぇ! 次行くぞ!!」
楽しそうな骸骨は近づくなり真白の太刀を振り下ろす。
ロウが持っている剣で受け流したり、すんでのところで回避をするような距離じゃない。明らかな遠間であるのにも関わらず、振り下ろされた一太刀はロウを容易に吹きとばした。
「ま、だまだぁ…気張れヤァ!!!」
骸の山に叩き付けられることでどうにか転がる勢いを止めることが出来た。
しかし、突然止まったロウの位置は骸骨にとっては未だに射程圏内。
ましてや、吹き飛ばされる度に打ち付ける体は、全身から容赦のない痛みが常に訴えかけてきている。
「オラァ!」
上から落ちてくるように切りかかってくる骸骨の真白の太刀をすぐ傍に落ちていたボロボロの剣で受け止め、流れる勢いをすぐさま横に流して距離をとる。
受け止めても僅か数秒も耐えられない剣では、受け止めた剣ごとなで斬りにされてしまう未来が容易に見える。
ただの一合も受け止められない武器を使って、目の前の相手を倒すのは不可能だ。
「…避けてばかりじゃ俺は倒せんぞ?」
バカにした口調は相手を挑発させる意味を持つ。
けれど、相手は一撃で鎮める力と武器を持っている。その挑発に乗せられてしまっては相手の思うつぼであり、勝負を諦めた時ぐらいしかその挑発に乗ることは無いだろうと静かに頭を回す。
「ふ───」
防御一方ではなで斬りの未来が見える。故に、ロウは一か八かの攻めへと転ずる。
短く吐いた息を止め、骸骨を中心に円を描くように走り始めた。
体勢を低くして走るロウは床に転がる剣や骸の骨などを、片っ端から骸骨へと投げつける。
「んなもん効くかよ!」
ロウの動きを無視して距離を詰める骸骨が迫ってもなお、ロウはその戦い方を止めようとはしない。
当たりに散らばった骸を弾き飛ばしてロウへと直進する骸骨は、真白の太刀を振りかぶり、一息でロウへと肉薄する。
そこはロウへと太刀が届く距離。近くに築かれた骸の山に挟まれたその場所は、何処にも逃げ場所が無い。
「もらッ──」
太刀が振り下ろされる直前、床に転がる骸を一体──骸骨へと投げつけた。
「今更ふざけてんじゃねぇ!」
飛んできた骸骨を切り払い、逃げ場所の無いロウへと次の一太刀を浴びせようと、腕を上げたところで骸骨の動きが止まる。
「(…居ない?)」
骸骨の視界からロウの姿が消えて動きが止まった瞬間、骸骨の左側面に強烈な衝撃が襲い掛かる。
「──ッぐ!」
右足を突き出すことによりどうにか転倒を免れると、僅かにみえた後姿のロウへと検圧を叩き込もうとするが、振り返りざまに放った槍の方が僅かに速い。
「チィ──」
舌打ちをしながらバク転の動きで槍を避けると、着地した瞬間顎先から感じる冷たい殺気に上半身をのけぞらせる。
同時に、切り上げられた剣先が骸骨の顎をかすめるのとタイミングを同じくして、横なぎの古びた槍が骸骨のわき腹を捉える。
上半身が崩れたままの体勢では躱すことも受け止める事もできない。
続けざまに放たれたロウの蹴りは、骸骨の肋骨にヒビを入れる。
「ぐ──ぁ…──」
咄嗟に力任せに横に跳んで逃げようとした骸骨の足を払い、倒れ込む骸骨の頭へと手にした剣を叩き込もうと振り下ろす。
だが、流石の骸骨も黙ってやられることは無い。
後ろ手に倒れて地面につけた左手を軸にし、逆立ちをするようにロウを蹴り上げる。
「───うッ!」
頬をかすめる骸骨の骨。骸骨の蹴りをギリギリで避ける事には成功したが、立て続けの連撃を止められてしまう。
後ろ手に倒れた骸骨は倒れた勢いを利用して着地すると、すぐ近くにいるロウへと太刀を横薙ぎに切り払う。
下がる、しゃがむ、跳び上がる。あらゆる選択が瞬時に思い浮かぶが、そのどれもがこの一太刀に切り払われて終わりとなる。
故に、ロウは前に出た。
大きく前へと踏み出したロウはそのまま横薙ぎに切り払われる骸骨の腕へと体を預け、骸骨の腕の動きに合わせて動くことになる。
骸骨が薙ぎ払った先に転がっていた骸たちは吹き飛ばされたが、ロウはどうにかその場に残ることができ、結果として骸骨の背後へと回り込むことに成功した。
そしてそのまま回り込んだ勢いを止めることなく、剣を持つ骸骨の手首を掴むと、捻りながら左肩で担ぎ上げるように投げ飛ばす。
コキリと骨が外れる音と共に宙を舞う骸骨へと、手にした剣を突き刺そうと前へ──
「調子に乗るなァァ!」
無茶苦茶に振り回した骸骨の太刀は四方八方に衝撃波をまき散らし、ロウも衝撃波に巻き込まれて大きく吹き飛ばされて再び骸の山へと突っ込んでいった。
骸の山から抜け出したロウは、膝をついている骸骨を見下ろしながら頬に流れる血を拭う。
「さっきまでの余裕はどうした? 随分としんどそうじゃねぇか」
「急に元気になった奴が偉そうにしやがって。俺を見下すんじゃねぇ」
そう言いながら振るった剣圧はロウが立つ骸の山を崩した。
見え透いた一太刀に吹き飛ぶことは無く、タイミングを見て躱したロウは再び骸骨の正面に立つ。
「なるほど、正面からの斬り合いは不利と見て自分の得意な戦い方に変えたって訳か。…悪くねェ」
真白の剣を地面に刺したまま立ち上がり、外れた右ひじの骨をゴキリという音と共に無理やりに元に戻す。
「分かってたのによぉ。お前が強いってのは分かってたんだ、なのに手加減するのが悪かったんだ」
「…なんだと?」
骸骨の呟いた一言がロウを揺さぶる。
先程の攻防で斬り合いは無理だが、接近戦ならばどうにかなると確信を持つことが出来た。
格上の相手に自分が勝っている部分を見つける事が出来る安心感から余裕が生まれ、どうにか出来るかもしれないと思った矢先の一言が現実として捉えることが出来なかった。
「ここからは本気で行こう。『起きろ、黒衣、白帝。戦いの時間だ』」
魔法の呪文のような言葉を叫ぶと同時に、腰に収まっていた黒い鞘は霧に変わって骸骨の体を包み込む。
真白の刀身は一際大きく輝いたかと思えば、急速にしぼんで消えていく。
先程まで日本刀の形をした刀身は、細いレイピアのような剣へと姿を変えていた。
いや、アレを剣とは呼ぶことは出来ない。何故ならばその剣には鍔も柄も付いていないのだから。
裁縫に使用する針が刀剣サイズまで大きくなったと言えば分かりやすいだろう。
剣に取られていた気は不意に弾けとんだ黒い靄へと引き戻され、そこから出てきた骸骨の姿にロウは目を見開いた。
「何だよ……それ‥?」
恐る恐る質問を口にする。
侍のように頭の後ろで髪をくくった短い髪に、鋭い刃のような青い眼光がロウを睨みつける。
ボロボロの服装は綺麗になり、上は丈の伸びたチャイナ服と下はジーンズとガラリと変わっている。
「…ふむ。久しぶりだが悪くない。どうだ、かっこいいだろ?」
「…変わりすぎてて何も言えねぇよ」
骸骨の時よりも纏う雰囲気はより濃密になり、首を絞められている様な息苦しさがある。
「ディオス・ゴルゴーン」
「…あぁ?」
「名前だよ、俺の名前」
波立つ精神を落ち着けようとしているロウへと、骸骨は語り掛けるように話し出す。
「やっぱこうして本気出すんだから、それにありに経緯ぐらいは示しとこうと思ってな。してなかったろ、自己紹介。俺の名前はディオス・ゴルゴーンってんだ」
「ディオス……ゴルゴーン」
「お前の名前は?」
確認するようなゆっくりと静かなディオスの問い掛けは、平静とは程遠い心情のロウへと乾いた大地へと雨が降るように染み込んでいく。
「俺…は………ロウ、ガーウェンだ」
ただ名前を言っただけなのに、なぜか重い何かを吐き出したような感覚がある。
軽く感じる体の調子を確かめる間もなく、ディオスが一歩を踏み出した。
「よし、ロウ。覚悟は良いな?」
「まんま返すぜ、クソッタレ」
相手の姿も変わり、戦わなくても強くなったことは分かる。
先程とは比べ物にならない威圧感に、委縮するどころか何故だか笑いが込み上がってきた。
「フッ──」
先程よりも遥かに速い速度で距離を詰めてきた骸骨の、正面からの一振りをロウは躱すことしかできない。
真っすぐに突き出された白帝と呼ばれた剣を、体の右半身を軸に回転することで躱すが、次の一撃を躱せそうにない。
なので、次の一撃が来る前に突き出された剣を打ち払おうと、手にした剣を叩き付ける。…が、叩き付けた剣はディオスの剣に触れる前に砕け散った。
「…は───」
この遺跡では信じられない事の連続だった。
巨大な遺跡の天井は降りそそぎ、骸骨は動き出して、石は燃える。
どれもこれも信じられない事の連続であり、もしかしたら目の前の状況も考えようと摺れば思い当ったかもしれない。
何も触れていないのに勝手に砕けた剣を見つめるロウの動きが止まる。
刹那の斬り合いの中で生まれたこの隙を、見逃すようなディオスではない。
「フンッ!」
裂拍の声と共に繰り出される回し蹴りがロウの左腕を直撃する。
伝播する衝撃はロウの内臓にため込まれた空気を全て外へと追いやり、また流しきれない力はロウの体を砲弾の如く吹き飛ばした。
一つ、二つ、三つと骸の山を弾き飛ばし、四つ目の山へとぶつかったところで勢いがようやく無くなる。
「ぎ…ッがぁ………」
全身の激痛にうめき声を上げようにも肺は空気を求めているせいで声が出ない。
無意識のうちに立ち上がろうとしたロウは自身の左腕に力が入らず、痛みに呻き、もがきながら目を向ける。
そこには本来曲がるはずの無い方向に曲がる左腕が付いていた。
「勝負は決した」
だらしなくぶら下がった左腕は言う事を聞かず、微かに指先が動く程度の腕では立つことすらままならない。
「ふ、ざける…なぁ。お、俺は…まだ、──」
「強がるな。その怪我で何ができるというんだ」
どうやら全身が感じる痛みが限界を超えたらしい。
怪我をした部分の感覚が無くなり、ギリギリ動けるようになったらしいが、肋骨の何本かは折れたみたいで息ぐるしい。
折れた肋骨が肺に刺さったのか、吐き出す吐息に血が混じって咽込んだ。
「ゲホッ…。…こんな、ところで……」
「最後まで折れないその精神…見事だ」
白帝と呼ばれる白い剣を振り上げる。
見下ろすロウの瞳からは光が消えうせ、ただ虚ろに見上げるだけだった。
「もう楽になれ。俺に本気を出させたんだから、胸を張って仲間の元へと行くといい」
その一言を最期に、剣は振り下ろされた。
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