厄災を砕く者
差し出した1号の手を、自称兵器はそっと握った。
1号が思っていたよりもずっとその手は暖かかった。
「……冷たいね、とても冷たい手だ」
ポツリと自称兵器が暗い声で呟いていた。
ああ、そうか、と1号は思う。
自称兵器の手が暖かいんのではなく、自分の手が冷たすぎるのだと。
自称兵器は右手で1号の手の甲を上に向ける。
そして左手の指先で、そっと1号の手の甲を撫でた。
撫でられたその箇所が熱を帯び始める、1号は咄嗟に自分の手を引っ込めた。
「あつっ……何を……!!」
「ああ、申し訳ない。少し熱かったかな。でもこれで確信が持てた。……鍵の認証を確認。あなたが僕のマスターだね。よろしく」
「はあ? 何言って……」
わけにわからないことを言われて混乱する1号だったが、自称兵器はやんわりとした笑みを向けるだけだ。
しかし、即座にその笑みは曇りついた。
「……随分と、ひどいことをされてきたようだね。魔力回路を無理矢理歪められてる上にその心臓……他にも色々……位置情報もバイタルもほぼ筒抜けだし……うん、これがいわゆる外道の所業、というやつだろうね」
「……なんでわかった?」
「見ればわかるよ、隠蔽はされてるけど、僕にそんなものは通じないからね」
見ればわかると自称兵器は言うが、実際そんなに簡単に見抜けるものではない、と1号は警戒心を少しだけ強めた。
魔力回路の歪みに勘付かれたのはまだいい、問題は心臓潰しの呪いを含む1号に掛けられている呪いや術に関してもある程度見抜いていそうな点だ。
心臓潰しの呪いを含め、1号達人造兵器には禁術と呼ばれる術がいくつか掛けられている。
しかし、世界的に禁術とされている術を大っぴらに使用するわけにはいかないとのことで、全て隠蔽されてわからないようになっているのだ。
……といってもあの国が人造爆弾という最悪のものを作り上げ、戦争で使用するようになった今ではあまり意味のないものではあるが。
「ごめん、ちょっと痛いかも」
何故勘付かれたのだと1号が考え込んでいると、自称兵器が1号の頭に右手を置いた。
直後にバチン、と1号の全身に衝撃が走る。
「だっ!!? 何を……!」
「うん、うまくいったね。これでひとまず一安心」
「は、はあ? 何を言って……」
1号はそこであることに気付いた。
心臓と、身体がやけに軽い。
心臓潰しの呪いは術者がその心臓に触れていなくともごく僅かだがその心臓に負担をかける。
本当に微弱なもので、例えばあの少年のように呪いをかけられたことに気付いていない場合なら違和感を持たない程度の、ほんの僅かな重みだ。
しかし兵器として作り変えられ、呪いをかけられた自覚をもつ人造兵器達は常にその違和感を持ち、意識せざるを得ない重みでもあった。
その1号にとっては煩わしくて仕方がなかった重みがたった今跡形もなく消えた。
「……私に、何をした?」
「掛かっていた呪いを解いたよ、あと君が死んだ直後にその呪いをかけた術者に知らせる術式もあったからそれで君が死んだように見せかけておいた。魔力回路の歪みはそのままだけど……君はそれをうまく使っているみたいだから治さなくても大丈夫だろうね」
笑顔であっさりとそんな事を言われた1号はしばし絶句した。
冗談だろうと笑い飛ばすことは簡単だった。
しかし、重みの消えた心臓や全体的に負担が消えたような気がする自らの身体を踏まえると、恐らくは事実だ。
1号は一度深く深呼吸をした。
心臓が軽い、1号はその軽さに頼りなさを感じると同時に、涙が溢れそうなほど深い安堵を感じた。
「……何故、私の呪いを解いた? 感謝はするけど、そんなことをしてあなたに何の利があるの?」
呪いを解いてもらったことは感謝すべきだが、その目的が見えないと1号は警戒を露わにする。
やけにあっさりと呪いを解いたが、本来ならそんな簡単に解けるわけがないのだ。
そんなことが容易にできるのであれば、1号はとっくに自分と自分の仲間達の呪いを解いてあの男に叛逆していただろう。
「君に死なれると困るから、かな。君は僕のマスターだ。君が倒れれば僕の機能も停止してしまう――それはとても困るんだ」
「はあ? あの……さっきから言ってるマスター、ってなんのことよ? 私、そんなものになった覚えはないのだけど」
先程から訳のわからないことが多すぎると1号は頭を抱えたくなった。
「ああ、ごめん。そうか、君はまだ何も知らないんだったね。――僕はこの世界に再び現れると予測された2つの厄災を完全に砕くために千年前に神々に作られた兵器だ。だけど千年前の厄災達の暴挙により憔悴しきっていた神々が作った僕と言う兵器は色々と不完全だった。だから神々は厄災の再来の時に僕の機能を補う存在を用意した」
「機能を……補う……?」
「うん。だけど、どちらかというと補うというよりも僕の能力値の底上げのために神々はそれを用意したらしい。そういう記録が残っている。神々はその機能――マスター権限と呼称されていたそれと僕を起動させる鍵をこの時代に生まれるとある人間の魂に組み込んだ。そして僕は今、先程君の魂に組み込まれた鍵によって起動した――だから君は僕のマスターだ」
「……それが、どうして、私に?」
話は非現実じみてはいたが、1号はある程度理解することはできた。
しかし、やはりよくわからないと1号は思う。
「記録によると、この世界で最も正常な魔力を持つ魂であったから、らしい。それ以外はわからない」
「正常? 私が? あの化物の姉である私が? かつて悪魔と呼ばれた男と同じ色を持つこの私が?」
正常であるわけがない、むしろ異端だ、と1号は考える。
だが、それと同時に1号は遠い昔に恩師から似たようなことを言われたことを思い出していた。
彼女は1号にこう言ったのだ。
見た目の割に、
どんな化物じみた力を持つ子供なのかと身構えていたが、あまりにも普通すぎて拍子抜けした、と。
「どうしてその色であるのかは僕にもよくわからない。確かにその色はかつて世界を破滅に導きかけた厄災のうちの一つと同じものだという記録がある。……記録によると、君の魂は元々その厄災が存在していた……神々が眠りにつく前に生きていた人間のものであったようだけど…………何故かどういう人間だったのか、その辺りに関する記録がほとんどない」
ない、というよりも消去されている、という方が正しいのかもしれないと自称兵器は小さく呟いた。
「僕がどうやって作られたのか、その記録も抜けているし……いくつか記録に穴があるようだ。おそらく、その辺りの記録は不要だと判断されたのだろう。僕もそのことに関してはどうでもいい。使命が実行できればそれで十分だ」
「……そんな状態で、よく使命とやらを実行する気になれるわね」
「それが僕の存在価値だからね。そうしなければこの世界は終わってしまうし――君だって、困るだろう?」
「ええ、まあ……住んでる世界が終わると……確かに困るわ……」
「そう思ってくれるのなら幸いだ。こんな世界糞食らえ、滅んでしまえと言われたらどうしようかと……」
「私、そんなこと言いそうな顔してる?」
確かに可愛げのない顔ではあるけれど、と1号は鏡に映った自分の顔や、かつて仲間に言われた言葉を思い出す。
1号に向かって雰囲気が怖いと言ったのは誰だったか、おそらく9号か17号だったはずだ。
5号はそう言ったことは言わなかったし、25号は意外とそういう類のことは言ってこなかったのだ。
割とプライドの高い少女だったから言い出せなかったのか? と1号は考え込む。
プライドが高い方ではあるものの、身内で年上な兵器達には割と弱みを見せていたように1号には見えていたのだ。
「マスター? マスター、聞いてる?」
「え、なに?」
1号は思いの外、自分が考え込んでいたことにその声で気付いて、少し焦った。
「どの辺りから聞いてなかったのかはよくわからないけど、僕は世界を救うために二つの厄災を砕く必要がある――申し訳ないのだけど、マスターである君にも協力してもらわなければならない」
「……その、厄災とやらがどんなものなのかはよくわからないけど、あなた一人でどうにかできないの? 正直言ってあなたの魔力と実力は私を遥かに凌いでいる。私がいたらかえって足手まといだと思うのだけど」
「君に戦ってもらう必要はないんだ。ただそばにいてくれればそれでいい。――僕が最大限の力を発揮できるのはマスターである君のそばにいる時だけなんだ」
「はあ? ……ああ、さっき言ってた能力値の底上げがどうこう、っていう?」
「うん。神々は僕の力を底上げするために制約を掛けたんだ。一定の条件をクリアしている場合に最大限の力を発揮できる代わりに、それ以外の時の能力値が大幅に下がるっていう」
「……そんな術、聞いたことがないけど……そんなこと可能なの?」
「うん。可能だよ。人間には伝わっていない神々の術だから、君が知らないのは当然だ。……僕にかけられている制約は『鍵の権限を持つものと契約しないと能力値が全て封印された状態になる』『マスターから離れると能力値が25%以下になる』『マスターが死亡した場合、全ての機能が停止する』の三つだね」
「……さっき言ってた共倒れがどうこう、って」
「うん。そういう」
「機能が停止、って?」
「人間で言うところの死だね。もう二度と目覚めることもなく、朽ちていくだけの状態になる」
「え? 私が死んだらあなたも死ぬの?」
「うん」
あっさりと首肯され、1号は軽く唸った。
「……なんでそんな一蓮托生な感じになってんのよ、制約とやらをかけるにしたってもっといい方法があったんじゃ」
「うーん……どうしてそういう制約になったのかは記録が残っていないからわからないや……」
「さっきからわからないことだらけじゃない」
「うん……ごめんね?」
謝られても仕方がない気がする、と1号は思った。
「……それで……どうだろうか? 協力してくれるかい?」
不安そうな自称兵器の声に1号は考え込む。
はっきり言って怪しすぎるし、関わらない方が無難ではあるのだろう。
だけど、と1号は小さく唸る。
この自称兵器は1号に掛けられていた呪いをあっさりと解いた。
それならば……それができる存在をみすみす見逃すわけにはいかない。
「……私と同じような呪いをかけられた子達がいる。あの子達の呪いも私同様に解呪してくれるのなら……その厄災とやらの破壊に協力するわ」
「それが条件だというのならそうしよう。その程度なら造作もないからね」
1号の答えに、自称兵器はホッとしたような顔で微笑んだ。
「造作もない、か……随分と簡単に言ってくれるじゃないの……まあいいわ、それで? その二つの厄災とやらの手掛かりってあるわけ? 特徴とか居場所とか」
まさかそれすらわからないんじゃないでしょうねと詰め寄った1号に、それは心配しなくていいと自称兵器は答えた。
「二つの厄災を感知する機能が積まれているから居場所ならわかる。特徴もわかっているよ」
「ふーん。どんな奴よ? 片方が私と同じ髪色と目の色ってことはあれでしょ? 千年前に世界を滅ぼそうとした悪魔と呼ばれた男」
「うん、そうなるね。君がいう悪魔っていうのは『破壊の厄災』のことだろう。ありとあらゆるものを破壊し消滅させる能力を持つ。この世界では世界に存在するものの総数が決まっているから、その総数を減らしてしまうその力は存在するだけで世界の崩壊に繋がる……千年前に死んだ時に完全に消滅したと思われていたんだけど……この『破壊の厄災』は神々の目をかいくぐるために魂を二つに分割し、輪廻転成の輪に入り込んでしまったらしい」
「……魂を、二つに?」
「うん。だからこの『破壊の厄災』はこの世界に二つあるということになるね。二つに分かれているぶん弱体化してるはずだけど……油断は禁物、かな」
「面倒ね、それ……で?もう一つは?」
「もう一つは『創造の厄災』。愚かな女神と人間の合いの子の生まれ変わり……女神の血が入ったせいで、本来ならこの世界には発生することのない無から有を生み出す力を持って生まれてしまった人の子。『破壊の厄災』が誕生してしまったのもこの『創造の厄災』が生まれた反動らしいね」
無から有を作り出す、その力に1号は嫌という程心当たりがあった。
「こっちの『創造の厄災』は『破壊の厄災』と違って人間達からは英雄視されていたらしいけど……さっきも言ったけど、この世界に存在するものの総数は決まっている。だからそれを増やしてしまう『創造の厄災』も存在するだけで世界を崩壊に導くんだ」
「……知ってる、知ってるわ……だって私錬金術師だもの……錬金術師にとってその教えは基礎だもの……」
1号はくつくつと笑い声を立て始める。
――私は間違っていなかった、あれはやっぱり『化物』だった。
――それなのにあいつら!! そんな化物を神聖視して、私が危険だって言っても聞く耳持たなくて!! 最後にはあんな化物をかばって死んだ!!
――そして、あんな化物の取り合いのせいで先生は死んで、私はこんな身体にされたのか。
「マスター? どうしたんだい?」
「……滑稽ね、あはは、あはははは……喜びなさい神々の兵器……私ね……その『創造の厄災』の事よく知ってるし、居場所も知ってるわ……!! しかも、私なら多分簡単に殺せるわ……!!」
1号の言葉に神々の兵器は目を見開く。
「……それは、本当かい? 何故……」
「だって、その『創造の厄災』って私の妹の事だもの!! しかもこんなに自分を嫌ってる
目を見開く神々の兵器に1号は凄まじい笑みを見せる。
「いいわ協力してあげる。どっちにしろあれはいつか殺さなきゃって思ってたところだし」
「……人間には血の繋がった相手を大事にする習性があるようだけど、いいのかい?」
「いいのよ全然いいわ。だって私、あの化物のこと大嫌いだし……それに、先生が殺されたのはあの化物のせいだもの……」
無残に殺された恩師の顔を思い浮かべた1号はぎりりと歯噛みし、神々の兵器の顔を見上げた。
「私の名前はアンリ。アンリ・エアレイズ・ファナティカー。亡国リェイトの王族として生まれ落ちながら『破壊の厄災』と同じ色を持つが故に神話の悪魔の欠けた名前を与えられ、存在を無き者にされた者」
本来の名を名乗った1号は神々の兵器に右手を差し出す。
「今は人造兵器1号……単に1号と呼ばれる方が呼ばれ慣れているけど、好きな名前で呼んで。……それで、貴方の名前は?」
神々によって作り出された兵器は人によって兵器に造り替えられた女の手を取って、口を開く。
世界の厄災と救世主 朝霧 @asagiri
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