神々の兵器

「……っ!!?」

 1号は思わずその場から一歩後ずさる。

「な……なによ……これ……」

 1号は警戒しつつその鉱石に少しずつ歩み寄る。

 少しずつ歩み寄りながら1号は気付いた、今までの自分を引き寄せていた何かが鉱石の中の'誰か'であるということに。

 鉱石からは巨大な魔力を感じるだけで、なんの動きもなく、またなんらかの罠が発動するということもなかった。

 手を伸ばせば鉱石に触れられる距離まで近付いて、1号はそれをまじまじと見上げた。

 鉱石の中に閉じ込められているそれはとても美しい姿をしていた。

 1号が知っている最も美しい人間は自分の妹分である25号の大切な人であり、あの男の腹違いの弟であるあの少年だが、鉱石の中の'誰か'はそれと同等か、それよりも美しいかもしれない。

 男なのか女なのかは判別がつかなかった。

 髪が腰よりも長いから女性だろうかと思ったが、それにしては身体つきに起伏がなく、顔も中性的であるため判別はつけられなかった。

 それだけだったのなら、1号はその'誰か'を人間であると断定しただろう。

 だがその'誰か'には人間とは決定的に異なる点があった。

 その背には二対の四枚の、穢れのない真っ白な羽があった。

「……羽……羽のある……ヒト……?」

 その真っ白な翼に惹きつけられるように、1号は右手をそれに伸ばす。

 人形か、それとも何かの生物なのか。

 人間に羽が生えていることはありえないから、1号はまず自分の妹が使う異常な力と同じもので造られた何者なのではないかと思ったが……

 あれによって作り出されたものに対する嫌悪感を1号は全く感じなかった。

 そういえば、遠い昔には天使と呼ばれる神の御使いが存在していたという話を1号は思い出す。

 真っ白な翼を持つ人に似た姿の美しい者であったらしい。

「千年前の戦いのせいでほとんど殺されてしまったらしいけど……まさか、ね」

 1号が思わず伸ばしていた指先が、その鉱石に触れた。

 その鉱石は氷のように冷たい。

「……私を呼んだのは、あなた?」

 答えは当然のようにない。

 ――なんてね、馬鹿馬鹿しい。

 1号は溜息をつきながらそう思う。

 そして自分が何故これに引きつけられたのか、その原因を考察する。

 ――これが発している魔力は少し特殊なものね、おそらく遠い昔に存在した何か。

 その魔力の感覚は1号にとって何故か心地よく感じるものだった、理由はわからないが1号は鉱石の中の'誰か'の発する魔力にどこか懐かしく暖かい気配を感じていた。

 どうしてそう感じるのかはわからないが、他人の見た目や性格に惹かれるように他者の魔力の質に惹かれることもあるため、おそらくそれが原因なのではないだろうか、と1号は考えた。

 ――単純にこれの魔力の質に私が惹かれていただけのようね、運がいいことにこれに引きつけられたおかげで不正解の道に進まずに済んだらしい。

 ――まあ、ここが正解であるのかはわからないけど。

 そんな風に分析して、1号は鉱石から手を離そうとした。

 その時、ビキリ、と微かな音と共に鉱石にヒビが入った。

「――え?」

 何かをした覚えはなかった、少し触れただけ。

 ――それだけで壊れるほど、これは脆いものだったの?

 1号がそう思っている間にも、びしり、びしりとヒビは広がっていく一方だ。

「え、ちょっと待って……」

 1号が焦って狼狽えている間にバリン、と一際高い音を立てて、鉱石が粉々に砕け散った。

 砕け散った鉱石は空中でさらに細かく砕け、消えていく。

 鉱石の中に入っていた人型の何かが、音もなく床に降り立ち、その目を開いた。

 開かれたその目の色は、奇妙な色をしていた。

 黒に近い青色に、星のような小さな輝きが無数に存在していた。

 満天の星空を切り取ったような、そんな瞳だった。

 その美しさに1号は数秒眼を奪われた。

 ――なんて綺麗な目。

 パチリとその色が瞬いて、正気に戻った。

「い、いやそんな場合じゃ……あなたは……何?」

 袖に隠していた触媒を手のひらに落としつつ、1号はそんなありきたりの質問をする。

 神話で言い伝えられる天使に似た形をしたそれは、1号の目を見つめた後、口を開いた。

「僕は……兵器だよ、厄災を破壊するために神々に作られし神造兵器」

「……兵器? 神々? いっている意味がよくわからないけど……兵器にはみえないわ」

 兵器というには綺麗すぎる、と1号は思った。

 確かに蓄えている魔力は膨大だが、兵器という無骨な言葉は似合わない、と1号は考える。

 そこまで考えて、1号はどうして自分はこの自称神々に作られし兵器のことが恐ろしくないのだろうかと疑問に思った。

 だって明らかに異常で、明らかに人外で、膨大な力を持っている。

 魔力量だけなら1号の妹とあの男のそれを足したものよりもさらに多い。

 それなのに1号はかけらも恐怖心を持たなかった。

 それどころか、何故かこの自称兵器の顔を見ているだけで、深い安心感と安堵を感じていた。

 ――変な魅了効果にでもかかっててる?

 1号は警戒心を捨ててしまわないように強張った顔で自称兵器の様子を伺い続けた。

 一方で、兵器にみえないと言われた自称兵器は少しだけ困ったような笑みを浮かべた。

「そうかな? ……ところで、僕を目覚めさせたのは君かい?」

「よくわからない……目覚めさせた、というかあなたの身体が入っていた石に触ったら、急に石が壊れて……」

「……そうか。やはり君がそうなんだね」

  1人で何かに納得したような表情で、自称兵器が1号に一歩、歩み寄る。

 とっさに1号は一歩後ろに引きかける。

「――手を、こちらに」

 自称兵器が1号に向かって右手を差し出してきた。

 とても白い手だった、細くて、それでもしなやかな腕。

 差し出された白い手は右手、1号が触媒を握っているのは左手。

 1号が伸ばすべき手は空っぽ。

 もしも伸ばされた手が左手だったのなら、もしくは1号が触媒を握っているのが右手であったのなら1号は躊躇っただろう。

 だけど伸ばすべき手の中には何もない。

 だからなのだろう、1号はゆっくりと自らの右手を彼に差し出していた。

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