残り二人

 9号は戦場となった敵国の市街地で逃げ遅れた幼い兄弟を庇って死んだ。

 それは咄嗟の行動だった。

 1号が止める暇なく9号は人造爆弾が引き起こした爆砕魔法からその幼い兄弟を庇ったのだ。

 彼が庇った子供達は無傷ではないが生きていた。

 庇った9号は全身ズタボロの虫の息で、もうどうしたって助からないことは目に見えていた。

「何やってんのよ、9号!! 馬鹿かお前!!」

 血まみれの9号に1号は怒声を上げて、殴りかかるような勢いで彼の元に走った。

「……ごめん、1ご……つい……おいてった……あいつらのこと……おもい、だしちゃって……」

「……っ!!? 馬鹿かお前は!! 大馬鹿だお前は!! そこのガキどもはお前の兄弟なんかじゃない!! 何やってんのよ……お前!!」

 怒鳴り続ける1号の両目からボロボロと涙が零れていく。

 涙を流す1号に9号は申し訳なさそうな顔で曖昧に笑って、小さくすまない、と掠れた声で呟いた。

「馬鹿よ、お前は……!! 本当に……本当に……!! …………もうすぐ25号が帰ってくんのよ……!! 生きてあの子にお帰りなさいを言うんだって、約束したじゃない……!!」

 涙ながらに叫ぶ1号に9号は少しだけ目を見開いて、小さくごめん、と。

「ごめん……ほんとうに、すまない……25ごうに……つたえてくれ…………まっててあげられなくて、ごめんなさい、って……それから……」

「…………それから、何よ」

 何も言わない9号に1号は静かに怒りをたたえた表情で問いかける。

 その問いが無意味なものであると気付きながら。

 何故なら9号の心臓はとっくに止まっていて、開きっぱなしの目にはもう何も映っていないのだから。


 9号の遺体を持ち帰った1号にあの男は特に表情を動かさなかった。

「そうか、死んだか。で? 何故死んだ?」

 1号は感情を押し殺して9号が死んだ時の状況を淡々と伝えた。

 報告はそれだけで終わった、1号はあの男が皮肉の一つや二つは言ってくるだろうと思ったが、特に何も言ってこなかった。

 9号の遺体は5号や17号と同じ、身寄りのない兵士達のための墓地に埋葬された。

 あの二人よりも前に死んだ人造兵器達はただの壊れた武器として廃棄されたが、あの二人によく懐いていた25号がそれは嫌だと大泣きして、9号があの男に掛け合ってなんとか墓を作らせたのだ。

 墓に刻まれている名を読んで、1号は一度しか聞いたことがなかった彼の本当の名を思い出す。

 そしてその名を脳に強く刻み込んだ。

 

 9号が死んだ後も1号の日常は淡々と過ぎていった。

 変わったことは食事が暖かい手作りのものからレーションやインスタントに変わったことだろう。

 ――全く、料理の一つや二つくらい覚えたらどうだい? 僕がいなくなったあとどうするつもりなのさ。

 かつて9号にそう言われたことを思い出した1号は、小さく歯噛みした。

 25号が帰ってきたらどうしようかと1号は思った。

 おそらく泣くだろう、もうすでに伝わっているという話だからとっくに泣いているのだろうけど、きっと彼の墓前でもう一度泣くのだろう。

 死んだのが逆だったのならまだマシだったのだろうかと1号は思う。

 泣く25号を宥めるのはいつも5号か9号で、元気付けるのは基本的に17号だった。

 1号にできるのは戦い方や錬金術を教えることだけで、それ以外のことは結局ほとんど何もできなかったのだ。

 だから、きっと泣く25号の前でも何もできずにそばにいることしかできないのだろうと1号は自暴自棄に思った。

 25号が帰ってくるまであと20日ほど、それまでに人の慰め方でも覚えておいたほうがいいだろうかと思っていたその時に、彼女はとある命令を受けた。

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