不安
「大丈夫かな、25号」
「……色々心配は多いわね」
25号が学園への入学を命じられてすでに数日経っていた。
文字の読み書きや勉強は主に1号が面倒を見ていたので、成績はおそらく大丈夫だろう。
が、それ以外が不安でしかない。
「勉強はよしとして……あの子コミュニケーション取るの苦手だし……意地っ張りだからなー……僕らには弱みを見せてるけど……学園には泣ける場所はあるだろうけど、慰められる人はいないだろうし」
「案外脆いからねあの子……強いけど脆い」
はあ、と1号と9号は同時に溜息をつく。
「心配だ……」
「頭と胃が痛い……25号が外国の学校に通うって言うだけで胃薬欲しいのに、よりによってあの化物と接触させるとか……しかも連れてこいって」
1号が頭を抑えながら唸る。
妹分の心配をすればいいだけの9号よりも実の妹への懸念までしなければならない1号の方が若干表情が重い。
「君の妹のこともだけど、彼とのことも心配だな……あの話をされた前日に彼と大喧嘩したらしいし、と言うか彼が心臓潰しの呪いをかけられたあたりくらいから、あの子は彼を自分から引き離そうとしてるみたいだし」
「理性では引き離すべきだって思ってるみたいだけど、どうしてもできないみたいね」
大喧嘩しても、それでも絶交してやるの一言が最後まで出せなかったのだと泣きそうな顔で言っていたことを1号は思い出す。
その一言を本当はずっとずっと前に言っておくべきだったという嘆きを、いったい何度聞いたかわからない。
あの少年が呪いにかけられたのは25号にとってあの少年が心の支えであったから。
そうでなければあの少年が呪いにかけられることはなかっただろう。
25号だって本当は最初からわかっていたのだ、自分があの少年と関わることで、あの少年に何らかの被害が及ぶかもしれないことは。
それでも自分に差し出された暖かなその手を振りほどけるほど、25号は強くなかった。
25号はその弱さをきっと一生呪い続けるだろう。
「……僕らは無力だ」
「心の底から同意するわ」
再び2人同時に溜息をついた。
「それにしても……彼の呪いだけ解く、っていうのがもうあれだよね……あの人はこっちの信用の無さをよく理解してる」
「……ええ、あそこで25号の呪いも解く、なんて都合のいいことを言ったら25号は信じなかったでしょうね」
そこまで甘い男ではないことを兵器達はよく知っていた。
甘くない上に人を騙す男であるということも。
「結局あの人は25号を自由にするつもりなんてないんだろう。3年経てばまた元通りだ」
「3年……ね。あの子が戻ってくる前に、私たちは生きているのかしら?」
「……それも問題だよね。僕は生きていたいと思うよ。きっといっぱいいっぱい傷付いて戻ってくるだろうから、せめておかえりなさいと言って迎えたい」
「そうね……」
もうすでに、25号の心はボロボロだ。
自分のせいで大切な人の命を危険に晒したことへの罪悪感。
罪の意識は元々脆かった25号の心をズタボロに引き裂いた。
25号の罪はあの優しい少年の手を振り払えなかったこと。
それがそれだけなら、そこで終わった。
罪が罪のままであるのなら、きっとそれでも25号はあの少年の手を振り払う必要はそれほどなかった。
だが、25号にはやり直す機会が与えられてしまった。
25号が仕事をこなして、本当にあの男が約束を果たしたのなら。
その時にあの少年の隣に25号の居場所がなければ。
あの少年が25号のせいで再び死の呪いにかけられる可能性は低くなるだろう。
だからきっと、25号はこれから先、あの少年の手を振り払うだろう、何度手を差し出されても、同じだけその手を振り払い、否定するだろう。
それはきっと、25号にとって一番辛いことだ。
「……多分、25号は……彼の呪いが解けたその後に死ぬつもりなんだろうけど……できればそれも阻止したいな」
「獣が死んだのなら、その獣のための鎖も檻も必要ない、少し前にあの子が言っていたわ……卒業後どころか在学中に変な気を起こして死なないといいのだけど」
「本当に、ね」
部屋の中の陰鬱な空気がより一層濃くなったその時に部屋のドアが開く。
「ただいま」
部屋に入ってきた25号に2人はおかえりと返す。
「1号」
「何?」
1号の顔を覗き込むようにしゃがんだ25号に物憂げにソファに寝転がっていた1号は顔を上げる。
「錬金術教えて」
「……どういう風の吹き回しよ?」
「半年後にはもう誰も頼れなくなるから、その前にもう少し強くなっておきたい」
そう言って、25号は頼むと1号に頭を下げる。
「なるほどね。でも基礎は教えたから後は自分の好きなようにやれって言ったじゃない……私は植物と結晶系の鉱石専門だけど、25号、あんたは金属系の専門……今更私が教えられることはもうほぼない。独学でやったほうが早いと思うわ」
自分でなんとかしなさいと1号は面倒そうに腕をしっしと振る。
だが25号はその場を動かなかった。
「嘘吐き。専門じゃなくても私よりもよほど金属の扱いうまいくせに」
「年季が違うんだからしかたないでしょう?」
「なら、まだ教えられることもあるでしょう? それに金属系以外のもいくつか習得しときたいから」
「……わかったわよ」
私が人に物を教えるの苦手なの知ってるくせに、と言いながら1号はソファから起き上がる。
面倒がっているが、悪い気は無いらしい。
それになんであれ、25号の生存率をあげられるのなら好都合だと思ったのだろう。
「あ。あと魔鉱石の作り方も教えて。専門書高くて買えなかったからついでに貸して」
「図々しい……別にいいけどね、妹分に頼られるのも悪くはないわ」
それじゃあできるところから始めましょうかと微かに笑みを浮かべながら1号は立ち上がった。
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