命令
「25号があの王子と同じ学園に入学?」
何を言っているんだお前は、と言いたげな表情で1号は顔を歪めた。
そんな表情を向けられた9号も1号と同様に何が何だかよくわからなそうな表情を浮かべていた。
「あの人とあの王子の会話を偶然小耳に挟んだだけだからどうなるかはわからないけどね……あの坊ちゃんは25号を自分の護衛として欲しいと言っていた」
「護衛……建前でしょうね、それ」
「だろうね」
入学から卒業までの三年間、離れたくないのだろう。
離れたくないというよりも、自分が知らないところで25号が死んでしまうかもしれないことを恐れているのかもしれない。
それは今だって変わらないが、それでも近くにいればまだ何かできる、とでも考えているのかもしれない。
「どうなると思う?」
「さあ?」
わかりきった答え合わせでもするかのように1号と9号は肩をすくめた。
「馬鹿な子供。あのクソ野郎が簡単に私達を手放すわけないのに」
「だよね。せめて彼が卒業してこの国に戻ってきた時に、25号が彼をお帰りなさいと迎えられるように僕は頑張るよ」
最近25号は目に見えて不調だった、少し前に、自分が偶然戦死すればあいつは殺されずに済むかもしれない、ともぼやいていた。
最近の戦闘でも、どうも死に急いでいるような無茶をするようになっている。
この調子だとあの少年が卒業するまでどころか、最悪入学前に死ぬだろう。
「……そのくらいなら私も協力するわ」
「恩にきるよ」
他に何もできないならせめてそのくらいはやろうと1号と9号は頷き合った。
が、そんな2人の予想を裏切って、25号は正式にあの王子の護衛として実験室を出て行くことになった。
全員でくつろいでいるところにあの男がやってきて、一体何事だと身構えた彼らにあの男は25号を正式に我が愚弟にくれてやることになったとのたまったのだ。
「我が愚弟がどうしてもと泣きついてきたからな。可愛い弟の頼みだ、聞いてやろうと思ってな?」
「…………はい?」
おそらくその言葉に一番動揺した25号が間抜けな声をあげる。
「……どーせ裏があるんでしょう? 変な期待持たせる前にさっさとタネを明かしなさい、ゲス男」
一周回って冷静になった1号が低い声で唸り、男の顔を睨む。
「何故お前はこういちいち一言多いんだろうなあ?」
男が右手で何かを握りしめるような動作をすると、1号の顔が苦痛に歪んだ。
「1号、そこまで。殿下、何故25号を彼に? 一体25号に何をさせるつもりです?」
心臓を握りしめられた状態でなおも言い募ろうとする1号を片腕で制した9号が、うだつの上がらない表情で口を開く。
「お前らは揃いも揃ってひどいなあ? 私がそんなに悪人に見えるか?」
「悪人以外の……何に見え……っ!?」
いまだ心臓を握られたままの状態の1号がなお言い募ろうとするが、途中で目を大きく見開いて、何も言わなくなった。
正確に言うと、あまりの激痛によって何も言えなくなった、と言う方が正しい。
「お前は少し黙っていろ、1号」
1号の心臓を掴む力を強めた男は苦痛に歪む1号の顔を見て笑った。
「1号、とりあえずもう黙って、話が進まないし」
9号が半ば呆れ混じりにそう言いながら1号の体を軽く後ろに追いやった。
ちなみに25号は最初に間の抜けた声を上げた後、キャパシティがオーバーしたのか何の反応もない。
「まあ、そうだな。話を進めよう、25号、お前をタダで手放すわけではない。お前にはやってもらいたいことがある」
「…………何を?」
そこでやっと理解が追いついてきたのか25号が小さく聞き返す。
何か危険なことをやらせるつもりなんじゃないかと1号と9号は身構えていたが、25号はまだ少しぼーっとしていた。
「……我が愚弟と同学年でリェイト王国の王女が入学する」
その言葉に真っ先に反応したのは1号だった。
ただ少し顔を上げただけで、心臓を握り潰される寸前の状態の彼女は何の言葉も口にできなかった。
「それが、何?」
暗殺でもしてくればいいのか、と言った25号に男はやれやれと首を振る。
「殺してどうする。あれは殺すな。お前ごときの兵器にあの女を殺せるとは考えられないが、万が一殺してみろ、その瞬間お前と我が愚弟の心臓は潰れている」
「じゃあ、何をしろと……」
兵器達が普段命じられているのは基本的に何かを破壊するか殺害することだけだ。
そんな兵器相手にそれ以外で何を命じようというのか。
「リェイト王国の王女を私の前に連れてこい」
「……は? 拉致してこいってこと? あんたがやったほうが確実だと思うけど……」
何で自分でやらないのと25号は首をかしげた。
戦闘能力だけなら自分たち兵器は秀でているが、それ以外は特に何もない。
「お前ごときにこんな仕事を任せるのはあの学園の警備が厳重だからだ。あの学園は外部からの侵入どころか、外部から内部を伺う事すら困難を極める。ここまでいえばわかるだろう?」
「……なるほど、25号を生徒として入学させたら学園内での接触は容易か……侵入者ならぬ新入者ってわけですね」
急に寒いことを言った9号に普段なら突っ込みの声をあげる1号は話を聞くだけで精一杯らしく顔を歪めるだけだった。
「そういうことだ。連れてくる方法は何でもいいが、無理に拉致しようとして学園で騒ぎを起こすのはやめておけ。あの女の姉である1号の情報を餌に使って自分からこちらに向かわせるのが一番手っ取り早いだろう」
「……ふざ、け」
自らが化物と呼ぶ妹の餌に使われる事に我慢ならなかったのか1号が小さく呻く。
「……情報を餌に、って。お前の姉がこの国で人体実験の末兵器に作り変えられた、とか? 話していいのかこんな事」
「話していいぞ? お前が知っている事なら何でも、な。お前が喋れる情報は大した事はないからな。いざとなれば錯乱状態のお前が口から出まかせを言っただけだと処分すればいいだけだ」
お前みたいな兵器に複雑な命令をしても、かえって面倒な事になるだけだからなと男は笑う。
馬鹿にされたと感じた25号は不機嫌そうに顔を歪めた。
「……なら、本当に全部話してやる。あんたが1号に何をしたのか、全部。あんたがいう通り、本当にその王女が1号の事を大切に思ってるなら、それだけでその王女はこの国に乗り込んでくるだろうから」
「ああ、そうするといい。そういえばいい忘れていたが期限は3年だ、王女が学園を卒業するまででいい、王女本人がこちらに赴く気になっても止める奴はいるだろうからな。卒業までに王女を連れてこられなかったら……その時は、わかっているな?」
男が25号ににたりと笑みを向ける。
できなかったその時に何が起こるのか瞬時に理解した25号は顔を真っ青にした。
「……ただし、25号、お前がもし見事あの王女をこの場に連れてくることができたのなら、我が愚弟にかけた呪いを解いてやろう」
「っ!!? 本当に?」
真っ青な顔に色が戻った。
同時に死んだ魚のような目にも光が、生気が戻る。
「ああ、本当だ。お前がしっかり仕事をこなすことができたらな」
「……本当だな。ならその役目、引き受ける」
今までにない力強い声で25号はそう言った。
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