兵器達の日常

 あの男があの少年に呪いをかけてから半年経った。

 25号はすっかりおとなしくなった。

 基本的に男に対して反目もせず、文句も口にせずに命令に忠実になった。

 時折、というか割と反抗的な言動はとるが、男の言葉に逆らった事は一度もない。

 そうなると、命令違反を起こす事が多く、25号以上に口が悪い1号が人造兵器の中で最も男に逆らっている存在となった。

「君、もうちょっと上手く生きられないの?」

 というのは人造兵器の中で最も器用に生きている9号が1号に言った言葉だ。

 その時、1号は男に言っても意味のない嫌味を言って、心臓を握りしめられたり、暴力を振るわれていた

「あんたみたいに器用には生きられないのよ、私は」

 あのクソ野郎、いつかぶっ殺してやる、と殴られた拍子に垂れてきた鼻血を拭って1号は呟いた。

 そんな調子の1号に9号は溜息をついた。

「まあ、別にいいけどね。君みたいのがいるから僕らはあの人からの被害を被らずに済むし。でも、あまり無茶はしちゃダメだよ。殺したいと思っているのなら、もっと上手くやらないと」

「……お前みたいに?」

 冗談じゃないわ、と1号は吐き捨て、9号は困ったような曖昧な笑みを浮かべていた。

「これでもだいぶ抑えてるわ。私達への扱いもだけど、それより許せないのは人間を平気で使い捨てて笑ってるあの男の態度よ。何が国のためよ。あんな風に人間を殺さなきゃ成り立たない国なんて滅んじまえ。と言うか十中八九滅ぶわ 、だってあの男がじきにこの国の王になるのよ? ああ、おぞましい」

「……そろそろやめときな。あの人への文句だけならまだいいけど、国にまでいちゃもんつけてるのが聞かれたら面倒なことになる」

「わかってるわよ」

 だからほっとけと手を振った1号に9号は笑みを引っ込めて暗い表情を見せた。

「1号。僕ら人造兵器の生き残りは、先週5号と17号が死んだことで残り3人になってしまった。僕はこれ以上仲間を失いたくない」

「……号付きは、ね」

 5号は戦場で無茶な特攻を強要されて死に、その事で全ての元凶であるあの男を殺そうとした17号は心臓を握り潰されて死んだ。

 生き残っているのはこの場にいる2人と、あの少年に呼ばれてつい先ほどそわそわとした様子で実験室を出ていった25号だけ。

 厳密に言うと彼ら以外にも人造兵器は存在していた。

 しかし彼ら以外の人造兵器は人造爆弾と称されている彼らは、最低限人間として扱われている1号達、通称号付きとは違い、最早生物としても扱われていない。

 暴走寸前になるまで身体機能も魔力回路も上昇させられた、一度限りの使い捨ての武器だ。

「……自分勝手だとは思ってるよ。本当なら彼等の死も僕は憂うべきだとはおもってる……そう思っているのに……人造爆弾達が100人死んだあの日より……5号と17号が死んだあの日の方が僕にとって辛かった」

「……」

 1号は何も言わなかった。

 自分もまたその通りだったから。

 人の命は等価だと誰かが言っていたけど、そんなのは嘘っぱちだ。

 5号達も人造爆弾達も同じ兵器として作り変えられた同胞であったのに、1号達が感じている重みは、喪失は、これほどまでに違うのだから。

「君は僕の生き方を器用だと言ったね? 確かに媚びへつらって罰を回避し続けるこの生き方は器用といえば器用なんだろう。でもね、これはただ臆病なだけだ。やりたくてこうしてるわけじゃない、器用に生きたくて生きているわけじゃない。僕は君や25号とは違って弱いけどそれでも生き残ってしまった。そして、きっと最後まで」

 9号がそこまで言ったところで1号は彼が何を言いたいのか、何を恐れているのかに気付いた。

「ああ、そういう事。お前、1人で生き残るのが怖いのね?」

「……ご名答。だからできるだけ長生きできる生き方をしてくれるとこちらの心情的に大変助かる。けど、それを言って聞くような奴じゃないってのもわかってる」

「よく理解しておいでで」

 1号がそういうと9号は再び仕方がないな、と言いたげな曖昧な笑みを浮かべる。

「流石に付き合いだけは長いからね。だけど、善処してくれると助かる」

「はいはい。約束はしないけど、そんな簡単に殺されるつもりはないから」

 いつ気まぐれで殺されてもおかしくないような状況でそう言った1号に9号は頼もしいけど不安しかないな、とこぼした。

 そのタイミングで部屋のドアが開く。

「あ、おかえり」

「……ただいま」

「おかえり、なにそれ」

 部屋に入ってきたのは25号だった。

 右手で何かを大事そうに抱えていることに目ざとく気付いた1号の問いかけに、25号はほんの少しだけ笑みを浮かべる。

「……もらった」

 よく見ると25号が持っているのは可愛らしくラッピングされた焼き菓子であるらしい。

 25号は自分の定位置である部屋の隅っこにある完全に潰れたクッションの上に座って、ラッピングをとても丁寧な手つきで外し始める。

 その横顔は幸せそうで、どこにでもいる普通の少女となんら変わりはなかった。

 おそらくあの少年が今の25号の顔を見たらとても驚くだろうが、1号達にとっては見慣れた表情なので驚きもしない

 ただ2人とも良かったねと言うだけだ。

 綺麗にラッピングをとった25号は中から焼き菓子を取り出して、ちまちまと大事そうに食べ始める。

 邪魔をするのも悪いだろうと目を合わせた1号と9号はそれきり黙り込んだ。

 1号は本棚から本を引っ張り出してそれを読み始め、9号は椅子に座ったまま居眠りを始める。

 兵器として作り変えられた彼らの日常は常に死と隣り合わせだったが、それでもこのように穏やかな時間があったからこそ、彼らは正気を保ったまま生きることができていたのだろう。

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