人造兵器と神造兵器

心臓潰しの呪い

 深夜、人を兵器に作り変えるその施設に響く少女の声は悲痛なものだった。

 それだけはやめてくれと叫んでいた少女が小さく呻いたあと、体をくの字に折って苦しみ始める。

 叫び声は途絶えたが、それでも少女は口をパクパクと酸欠の魚のように開いて、彼女の目の前に立つその人物に必死に自らの意思を訴えようとした。

 ――そんなことをしても無駄なのに。

 この場にいる兵器は少女を含めて3人。

 少女以外の2人も本当はやめてくれと心の中で叫んでいた。

 だけど声を張り上げなかったのは、そんなことをしても無駄だからだ。

 少女の前に立つ男、その人物に逆らえば、少女と同じ目に合わせられるだけだ。

 人造兵器は兵器にされる時、心臓潰しの呪いをかけられる。

 呪いをかけられたあとは呪いをかけた男の意思によっていつでも、たとえ男からどれだけ離れていたとしても、簡単に心臓を握りつぶされる。

 今も男は少女の心臓を握りしめているのだろう。

 兵器達は皆、その痛みと苦しみを知っている。

 誰も望んで兵器になったわけではない。

 あるものは親に売られ、あるものは敵国の捕虜としてここに集められ、非道な実験と魔力回路の改造による地獄の業火に焼かれるような苦しみの中に突き落とされ、なんとか生き残ったもの達が人造兵器の正体だ。

 逆らったものは殺された、逃げようとしたものも殺された。

 だからこそ、この場にいる兵器達はただ黙って事態を見守っていた。

「25号、お前がもっと聞き分けのいい兵器だったら、こんなことをする必要はなかったのになあ?」

 その男は少女に聞いているだけで不快になるような声でそう嘲笑った。

 そして男は部屋の中央にある寝台――否、手術台に向き合った。

 その手術台の上には、1人の少年が。

 未だもがき苦しみながら、それでもなお声を上げようとしている少女――25号と同じ歳くらいの少年だ。

 強力な眠りの呪いをかけられているその少年は、その場にそぐわない規則正しい寝息を立てながら、穏やかな表情で眠っている。

 手術台と向き合った男は、にたりと凶悪な笑顔を浮かべる。

 これは25号への罰であり、25号を完全に服従させるための儀式。

 現在生き残っている人造兵器の最新版にして最年少、そして男に対して最も明確に反抗している25号を完全に鎖で縛るための。

 凶悪な笑顔を浮かべた男に25号はよろよろと向かい、手元に鉄色の輝きを纏わりつかせる。

 その気配に気付いた男は25号に顔を向けて、何かをぼそりと呟いた。

 その直後、小柄な25号の体が巨大な何かに体当たりされたかのように吹っ飛んだ。

 吹っ飛んだ25号の体は薄汚れた白い壁に叩きつけられる。

 叩きつけられた25号は激しく咳き込みながらそれでも男の横顔を睨みつけていたが、もうまともに動くことはできないらしい。

「やめ……やめ、て……」

 満身創痍な上、未だ心臓を握りしめられている状態でも、25号は立ち上がろうとした。

 だがその時、静観していた二つの影のうち、一つが動く。

 25号よりも年上のフードを目深に被った若い女だ。

 その女は、立ち上がろうとする25号やんわりと押しとどめて無言で首を振った。

 ふと、25号の胸が軽くなる。

 男が25号の心臓からその手を離したからだった。

 何故手を離したのか。

 それは25号の心臓を握りしめている状態ではできないことをしようとしていたからだった。

「あ……いや……やめて」

 男の指先にどす黒い泥のような光がまとわりつく。

 男はその泥で、素早く、だが正確に魔法陣を描く。

 人造兵器達に刻まれたものと全く同じ、心臓潰しの呪いの魔法陣を。

「やめて……やめてやめてやめてやめてやめて!! それだけはやめて!!」

 そんな声すら出す気力も体力もないはずなのに、少女は叫びながら女の腕から逃れようとする。

「離せ1号!! 離して! 離してよ!!」

 1号と呼ばれた女は自分の腕の中で暴れる少女の体を必死に押さえつける。

 必死に押さえつけた理由は、そうしないと25号が殺されてしまうと思っていたからだ。

 あの少年は25号にとってとても大切な存在だ。

 普段の25号の少年への態度からはとてもそうだとは考えられないが、それらは全て少年を危険から遠ざけるためのものだ。

 大切だから、誰よりもそばにいてほしいのに遠ざけようとしている。

 それでも完全には突き放せずに、うっかりその隣を許してしまうほど、25号にとってその少年の存在はなくてはならない存在だった。

 そんな存在に害をなすものに対して、少女が黙っていられるわけがない。

 必死に抵抗して、守ろうとするだろう――文字通り、命に代えてでも。

 女はその事を痛いほど理解していた、だからこそ必死に25号を押さえつけた。

 もし、25号を止めなければきっと彼女はあの男を殺そうして、殺されるだろう。

 そうならない可能性の方が高いのかもしれない、殺す以外にも25号の動きを止める実力くらい、あの男は持ち合わせている。

 だけど、そうでない可能性も確かにあるのだ。

「あ……」

 女の腕の中で、25号が呆然と声をあげる。

 25号が女の腕から逃れようともがいている間に、すでに魔法陣は完成していた。

 その瞬間、25号は何も言わずに、身動きもせずに、ただ呆然とそれを見た。

 男が泥で描いた魔法陣が暗い波動を放ちながら、手術台の上の少年の左胸にどろりと溶けていく、その瞬間を。

 これで少年の心臓も人造兵器達同様、男の手の内へ。

 これでもう、25号は男に逆らえない。

 泥が完全に少年の胸に溶け込んだ数秒後、何も言えずに身動きすら取れずにいた25号の両の眦から、大粒の涙が溢れ出す。

「あ、ああ……ああああああああああぁぁあああ!!」

 女の腕の中で25号はボロボロと涙を流しながら悲鳴をあげた。

 25号の心が完全に折れたと感じたのだろう、男が抑えきれないと言った様子で笑い出す。

 その笑い声は次第に大きくなり、高らかな哄笑へと。

 その笑い声と、女の腕の中で小さな子供のように大声で泣きじゃくる25号の泣き声が部屋中に響き渡っていた。

 何分その状態が続いていただろう。

 25号の泣き声も男の笑い声も小さくなっていった。

 25号の涙は声とともに枯れ、死んだ魚のような目で、自分と同じ呪いを受けた少年をぼんやりと見つめるだけとなった。

 時折、25号は少年の名前を呟くだけで、少年を見つめているはずの目もぼんやりと虚ろだ。

「ああ、笑った、笑った。さて、そろそろ戻すか」

 男がニタリと笑いながら指をパチンと鳴らす。

 すると手術台の上から少年の姿が消失した。

 転移の魔術、あらかじめ仕込んでおいた魔術を発動させただけのものだ、と女は気付いた。

 少年の自室のベットにでも転移させたらしいことを、自分に積まれた感知機能から女は気付いた。

 あの少年はこの先きっと、自分の身におぞましい呪いがかけられたことを知らずに今まで通り生きていくのだろう。

 少年が消失した後も25号は手術台を呆然と見つめたまま、動かない。

「よくやった1号。お前のおかげで楽に終わったよ。そいつをよこせ、抗おうとした罰を受けてもらわなければならないからなあ?」

 女に歩み寄ってきた男が25号に向けて手を伸ばす。

 その伸ばされた男の手を女はパシリと叩いた。

「悪趣味な人。さっさとくたばればいいのに」

 憎悪と敵意のこもった、しかしどこか淡々とした口調で女が男に悪態をついた。

「ちょ、1号……」

 結局何もしなかったもう1人の人造兵器、女よりも少し年上のうだつの上がらなそうな青年がが慌てたような声をあげる。

「……何、と?」

 顔から完全に笑みを消した男が女の顔を睨みながら囁く。

「あら、聞こえなかったかしら? 悪趣味なクソ野郎って言ったのよ、さっさとくたばって地獄に落ちればいいのに、ってね」

 女はその白い顔にほんのわずかな笑みを浮かべて、はっきりとした口調でそう言った。

 その顔が次の瞬間大きく歪む。

「……っ!!」

 文字通り心臓を鷲掴みにされた激痛に女は呻き声を上げそうになったが唇を強く噛んで押さえ込んだ。

 本来ならのたうちまわるような苦しみだ、大の大人でも泣いて許しを請うような激痛だ。

 それでもここ数年でそんな痛みにはすっかり慣れたというように、女は男の顔をギロリと睨む。

 それでもそれは虚勢だった、気丈に振舞っているだけで、本当は涙が溢れそうなほどの痛みを女は感じていた。

「興が冷めた。もういい、好きにしろ」

 苦しみながらも悲鳴も呻き声もあげずに気丈に男の顔を睨んむだけの女の様子に飽きたのか、または呆れたのか、男は女の心臓から手を離した。

 そして何も言わずに部屋から立ち去った。

 その足音が遠ざかり、完全に消えた後もう1人の兵器が口を開く。

「かばうにしてももうちょっとやりようがあったんじゃないかな、1号」

「……そうかもね」

「君って案外不器用だよね……まったく、あの方もどうかしてるよ、25号を自分の言いなりにさせたいからって、いくら腹違いでも自分の弟に心臓潰しの呪いをかけるなんて」

 僕だったらそんなおぞましいことできないね、と顔を伏せたもう1人の兵器に1号はぼそりと。

「ねえ、9号。それってそんなにおぞましい?」

「おぞましいに決まってる、だって自分の家族だぞ?」

 表情に若干怒りを乗せたもう1人の兵器――9号が答える。

 1号は、そういえば9号がかつて家族を、自分の幼い弟妹をかばってここに連行されてきたのだ、と言っていたことを思い出す。

「そう、私にはわからないわ。家族なんていてもいないようなものだったし……妹がいたけど、化物だったから」

「君が昔のことを話すなんて珍しいじゃないか。それにしても化物?」

 珍しいものを見るような目で9号は1号の顔を見下ろした。

 1号は滅多に自分のことを話さない。

 こんな機会は滅多にないだろうと思った9号は、少しだけ彼女の過去に踏み込もうと思ったらしい。

「ええ。あれは正真正銘の化物だった。上っ面は人間だったけど。諸事情あってその妹と初めてあったのは私が12歳になった頃なのだけど――あまりにも恐ろしくて悍ましかったから殺しにかかったわ。結局止められて失敗したけど」

「妹の話だよね? 君の」

「ええそうよ、残念ながら、ね」

 本当に嫌になるわ、と1号は呟いた。

「なんで化物なんだい? えっと、その……君の妹も……」

「違うわ。あの化物の色はこの色ではなかった」

 そう言って、彼女は目深に被っていたフードをぱさりと外した。

 露わになったのは女の銀混じりの黒髪と、金と黒の階調の目。

 かつて世界を滅ぼさんとした悪魔と同じ色のそれを持つ女は、9号の顔を見上げる。

「皮肉なものよね。悪魔と同じ色を持つだけの私の妹が、あの悪魔と真逆の性質を持つ化物だなんて」

 ぼそりと囁くような声をかろうじて聞き取った9号は、少しの間眉間にしわを寄せて考え込んだ。

「うん? 悪魔と真逆の性質? あの悪魔の性質は破滅だから……その逆って……まさか」

「多分御察しの通りよ。ねえ9号、あなたは錬金術師じゃないからよくわからないかもしれないけど……悪魔の破滅の力と同じくらい、創造の力は恐ろしくて悍ましくて、世界の理から外れたものなのよ」

 1を0にする力も、0を1にする力も、どちらもあってはならないもの。

 そんな力は本当はありえないもの、そんな力を持つ存在が本気で力を振るえば、今の世界の秩序はあっさり崩れ去って、新しい世界が作られることになる。

 1を0にするのではなく、0を1にするのでもなく、1の位置を動かし入れ替えることによって力を使う錬金術師である彼女は、その事を嫌というほど理解していた。

「……待ってくれ、本当に待ってくれ……君の妹はあの創造の力を持っている、っていうのか? 今、この世界に創造の力を持っていると言われている人間を僕は1人だけ知っているんだけど……まさかその人じゃないよね……?」

 恐る恐る口を開いた9号に1号は深々と溜息をつく。

「多分同一人物よ、あなたが知っているそれと私の妹は」

「同一人物、だとすると……君は……」

 その先を9号は口にせず、眉間を指で押さえた。

 彼の推測がそのまま当たっているとするのなら、1号は。

「そ、御察しの通り。こんな見た目だから死産したことになったけど、何故か生かされたの」

 あっけらかんと言った1号に9号は眉間を指で押さえたまま呻く。

「それ、僕らに話してよかったの……?」

「今更だし平気よ。あなた達が話したところで誰も信じないでしょうし。それにもう私の実家、滅んでるし」

「君がいいって言うならいいけどさ……」

 確かに僕らが喚いたところで誰も信じないだろうしね、と9号は眉間から手を離した。

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