悪魔の力
「ぼくは……えっと、攻撃を食らって……気絶、してた」
「ああ」
つい先ほどまでとは別人に、元のゲフェングニスくんに戻ったらしい彼にニアは固い声で答えました。
ゲフェングニスくんはまだ意識がハッキリとしていないのか、浮かない顔で中空を見ていました。
「リディアナは……リディアナ!?」
ですが、ぼんやりとしていたのはほんの数秒、ゲフェングニスくんは勢いよく飛び起きて、地面に倒れているアイゼンフィールさんに駆け寄り、抱き上げました。
「リディアナ! しっかりして、リディアナ!!」
必死に呼びかける彼からは、先ほどの
どうやら本当に元の彼に戻ったようです。
そして本当に何も覚えていないようでした。
「おいその辺にしておけ。気絶してるだけだ」
ニアの声はまだ強張っていますが、ゲフェングニスくんが元のゲフェングニスくんに戻ったことを確信したからなのでしょう、少しずつ普段と同じ声色に近付いていました。
「だけど……リディアナ!?」
ゲフェングニスくんの叫び声にアイゼンフィールさんの顔を思わず見ると、彼女はゆっくりと目を開きました。
「っ! ……るきうす? ……お前無事か!!?」
目を覚ましたアイゼンフィールさんは一瞬だけ寝起きのような顔をしていましたが、すぐに覚醒してゲフェングニスくんの無事を確かめました。
「うん、ぼくは平気、何ともない」
「ならいい。それよりもあいつらは。……っ!!?」
ゲフェングニスくんから視線をそらしたアイゼンフィールさんは周囲の様子を伺い――
そして、首のない彼らの遺体に気付きました。
「おい……これ、お前がやったのか……ラディレンドル」
「なっ……!? さ、さすがにやりすぎじゃないかい……?」
アイゼンフィールさんがバッとニアのほうを向き、首のない遺体に気付いたゲフェングニス君が顔を真っ青にしました。
「……手加減しきれず、やむおえずこうなった。そうしなければこちらが殺されていたところだった」
仕方ないだろう、とニアが不機嫌そうな顔でそう言いました。
ラディレンドルくんの顔色は悪いままですが、アイゼンフィールさんはすぐに冷静になったようです。
「……まあ、なら仕方ないか。どっちにしろ殺す以外にどうしようもなかっただろうし……だけど、こいつらどうするの?」
「このまま放置しておくと面倒なことになるから
「それは…………はい」
本当は彼にそんなことをさせたくはありませんでした。
しかし、どうしようもないのです。
このまま彼らの遺体をそのままにしておけば、きっと大変なことになるでしょう。
だから。
――だから、そうするしかないのです。
結局わたくしは今も昔も自分勝手なままで。
良い人になろうとしてもなれないままで、お姉様にも嫌われるばかりで。
それでも、前に進むことだけはやめるわけにはいかないのです。
「消す? お前何言って……」
「見ればわかる」
アイゼンフィールさんにニアは短くそれだけ答えてから詠唱を開始しました。
その間、わたくしはせめてもの、と思って彼らの遺体に手を合わせました。
「――
その最後の詠唱とともに黒い靄が彼らの遺体を覆い隠し、その直後に黒い靄や遺体ごと消失しました。
何の痕跡もなく、何事もなかったかのように。
一欠片の肉のかけらどころか、血の一滴すら残さずに。
「え……? なに、今の……転移、じゃない……燃やしたわけでも分解したわけでもない…………うそ……本当に、文字通り消した……?」
アイゼンフィールさんが顔を真っ青にしてニアをありえないものを見るような目で凝視します。
その表情は、初めてわたくしと出会った時のお姉様が浮かべた表情に似ていました。
「あ、ありえない……創造の力と同じくらいそれは錬金術師的にありえない……お前、まさか……」
「その通り」
顔を青くするアイゼンフィールさんにニアが邪悪な笑みを浮かべました。
ニアが今使ったのは普通の魔法ではありません。
この世に本来なら存在しないはずの、してはならないはずの力。
――お姉様はかつてこう言っていました。
この世に存在するものの総数はすでに決まっている、だからその総数を増やすことも減らすことも本当はできないのだと、そんなことはしてはならないのだと。
わたくしの力がこの世に存在するものの総数を増やす力だとするのなら。
ニアの力はその真逆、この世に存在するものの総数を減らす力。
かつて悪魔と恐れられた男が行使した力と同じ、破壊の力です。
邪悪な笑みを浮かべ続けるニアの髪がばさりと翻り、銀混じりの黒髪に。
両の瞳が金から黒への階調へ。
それはわたくしのお姉様と同じ色。
そして、悪魔と恐れられた男と同じ色をしているのです。
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