課外授業
7月に入ってすぐ、夏休みまであと1ヶ月、と言ったタイミングで課外授業が行われました。
もう少し涼しい時期にやればいいのにとは思いますが、何かしらの理由があるのでしょう。
課外学習では3〜6名の班に分かれて首都のはずれにある大きな森の中を定められたスタートからゴールまで散策する、と言うものでした。
広い森ですし、それぞれの班でスタート地点は別々なので、他の班の人には遭遇しにくいのだそうです。
なので それぞれの力でのみゴールを目指す必要があるのです。
「……少し、緊張しますね」
教員によって転移させられたスタート地点でそんなことを漏らすと、ニアに鼻で笑われました。
「この程度の森で怖気付くなよ。大した魔物もいないし、危険なものはほぼないといっていい」
「そうですよね」
確かに、だからこそここが課外学習の場所に選ばれているのでしょう。
それにこの班にはニアもアイゼンフィールさんもいます、戦闘面ではなんの問題もないでしょう。
ただ……一つ問題、と言うか心配な点が……
「アイゼンフィールさん、頑張りましょうね」
声をかけると、アイゼンフィールさんは少しした後、小さく頷きました。
今日のアイゼンフィールさんの様子はなんだかおかしいのです。
全体的に暗いと言うか……その。
殺気立ってると言うか。
少なくとも、昨日はこんな様子ではありませんでした。
今朝会った時に何かあったのかと聞いたのですが返ってきたのは「なんでもない」という言葉だけ。
その時に合わせた彼女の目は、とても鋭い目つきをしていて、赤くなっていました。
わたくし同様、ゲフェングニスくんも何があったのか聞いていましたけど、やっぱり彼女はなんでもないと一点張りするだけでした。
何かがあったことは間違いないのでしょう、それがなんであるのか、何故話してくれないのかはわかりませんが。
「そろそろ行こうか」
ゲフェングニスくんがアイゼンフィールさんの手を取って歩き始めました。
アイゼンフィールさんは目を見開いてその手を振りほどこうとしましたが、何か思うところがあったのか振りほどかずにおとなしく繋いだ手をそのままにしていました。
「……つかれた」
何日か前に雨が降ったからでしょうか、ところどころ道がぬかるんでいてただでさえ歩きにくい道がさらに歩きにくくなっていました。
「この程度でへばるな。お前だけだぞ」
汗ひとつない涼しい顔でニアに言われました。
確かにアイゼンフィールさんも平然としてますし、ゲフェングニスくんも多少疲労の色は見えますがまだ大丈夫そうでした。
「少し休むかい?」
「いえ……大丈夫です……」
少しだけ心配そうに聞いてきたゲフェングニス君に、疲れてはいますがまだ歩けそうなのでそう答えました。
「リディアナは平気?」
「……平気」
ぽそりと答えたアイゼンフィールさんの手を握ったままのゲフェングニスくんは彼女の答えに、よかったと笑みを見せました。
「もうしばらく歩けばひらけた場所に出るらしいから、休憩はそこで……」
ニアが不意に言葉を途切れさせました。
何かあったのでしょうかと気配を探っても特には何も感じられません。
「リディアナ?」
アイゼンフィールさんがゲフェングニスくんの手を振りほどいて、その手にキューブを握ります。
魔物の気配でも感じ取ったのでしょうか?
それにしては二人とも殺気立ち過ぎでは?
「誰だ?」
ニアが見上げたその先に目を向けると木の枝の上に人影が。
でっぷり太った男と、わたくし達よりも小さな子供でした。
ただそれだけならただの観光客だとも考えられたのでしょうけど、絶対にそうではありません。
何故ならその二人は、ラズルト国の軍服を身に纏っていたからです。
「ラズルトの……!? なんでこんなところに!?」
叫び声をあげたゲフェングニスくんの顔を木の上の男は少し眺めた後、不可解そうな顔をしました。
「そこにいるのはルキウス殿下では? 何故ここに……ああ、そうか……留学しているんだったな」
一人で納得した表情ででっぷりと太った男は頷いて、木から飛び降りました。
反射的に衝撃に備えましたが、浮遊魔術を使っているのか、男はゆっくりと音なく地面に降り立ちました。
続いて少女も降りてきましたが、彼女は魔術を使わずに普通に飛び降り、難なく着地していました。
太った男はわたくしの方を見てにたりと笑みを浮かべました。
「リェイト王国の王女とお見受する。吾輩はラズルト国軍の者だ。おとなしくついてくれば危害は加えない」
「……アイゼンフィール」
「……いや、知らない。昨日なんも聞いてないからあのクソ野郎は多分関係ない……あの野郎、知ってて黙ってやがったな……」
平坦ですが殺意がこもったニアの声にアイゼンフィールさんが顔をゆがめながら答えました。
アイゼンフィールさんの声に幼い少女が反応します。
「……その声、まさか25号さま?」
「……ああ、なんか見たことあると思ったら、戦場で何度か見かけたことがあるな、お前」
私よりも年下の軍人は珍しいから覚えていたよ、とアイゼンフィールさんは呟きました。
「25号? あの25号か? 何故こんなところにいる?」
男の方もアイゼンフィールさんのことは知っていたのか、彼女の顔を見て少々意外そうな顔をしました。
「……」
答える必要はないと思ったのか、アイゼンフィールさんは黙ったまま男と少女の様子を伺い続けています。
答えないアイゼンフィールさんに太った男は不機嫌になりましたが、すぐに人の悪い笑みを浮かべました。
「大方ルキウス殿下に泣きついて自分だけ助かろうって魂胆か? ただの兵器のくせに生き汚いな?」
そういって、男はケラケラと不快な笑い声を立てました。
アイゼンフィールさんは何も言わずに男を静かに睨みます。
「それにしても最近全く見かけないから、9号同様てっきりくたばってたのかと思ってたが、生きていたのか」
「……」
アイゼンフィールさんは何も答えませんでした。
ただ、彼女が放つ殺意の濃度が少しだけ上がった気がしました。
「えっ!? くたばった……って、まさか」
ゲフェングニスくんが驚愕してアイゼンフィールさんの顔を見ます。
アイゼンフィールさんは小さく、だけど確かに首を縦に振りました。
9号……って、確かお姉様やアイゼンフィールさんと同じ……
ああ、だから朝からあんな調子だったのでしょうか?
アイゼンフィールさんは昨日、あの男と連絡を取り合ったようです。
それはその人の、アイゼンフィールさんの仲間の訃報だったのではないでしょうか?
「それにしても、貴様らには失望した。貴様ら5機は施術に適合し、度重なる戦闘にも耐えうる器を持っていた。だというのに9号は戦場で庇っても仕方ないガキを庇って死に、17号は自分の女が死んだ後に逆上して処分され……兵器としてまっとうに死んだのは5号くらいか……本当にお前らは兵器としては失敗作だ。くだらない理由で簡単に壊れる」
と、男がくつくつと嫌な笑い声を立てました。
その直後、銀色に光る何かが男の顔面目掛けて勢いよく飛んでいきました。
少女が太った男の前に出て、その銀色を掴みます。
「……っ!!?」
鮮血が少女の手のひらから飛び散りました。
少女の手のひらが掴んでいるのは、銀色に光る刃。
絶え間なく形を変えるそれを少女は逃さぬように必死に押さえつけていました。
手のひらをズタズタにされてもなお、少女は額から脂汗をかけながら、それを手放そうとはしませんでした。
「なんのつもりだ、25号」
太った男が眦を吊り上げてキューブを変形させた刃を放ったアイゼンフィールさんに問いかけます。
「黙れ。私の兄と姉を愚弄するな」
その言葉とともに、少女の手のひらが千切れてバラバラに飛び散りました。
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