閑話 兵器の逆鱗

 男が嫌な笑い声を立てた直後、人造兵器25号は手のひらに握っていたキューブを刃状に変形させ、太った男の顔面に投げつけていた。

 投げつけられた銀色の刃は真っ直ぐ男の顔面を射抜く、はずだったのだがその直前に太った男の隣に立っていた少女の右手が銀色の刃を掴み、阻止した。

 25号は銀色の刃を操作し、刃の形をグニャリグニャリと絶え間なく変形させ続け、少女が刃を手放すよう彼女の幼く柔い手のひらをズタズタに切り裂いた。

 少女は顔をしかめるが、それでも蠢く刃を離そうとはしなかった。

「なんのつもりだ、25号」

 太った男が眦を吊り上げて25号に問いかける。

「黙れ。私の兄と姉を愚弄するな」

 25号は怒気を孕んだ声をあげると同時に刃を薄く鋭い棘をはやした球状の形に変形させ、それを勢いよく回転させた。

「……!!?」

 無数の薄い刃によって切り刻まれた少女の手がバラバラに飛び散る。

 骨まで切り刻まれた少女の手のひらは無くなっていた。

 ズタズタに刻まれ、いびつな断面を見せる少女の手首を見て、25号の後ろで王女が甲高い悲鳴を上げる。

 自由になった刃は再び鋭いナイフの刃状に変形しが太った男の顔面に飛ぶが、少女が左手でそれを叩き落とし、踏みつけた。

 踏みつけられた刃は再び形を変えて蠢くが、少女はそれを抑え続ける。

 その隙に太った男が25号に魔術による光弾を放った。

「……っ」

 25号はその光弾を避ける、それによって25号の意識から外れた刃はその動きを止めた。

「たいそうお怒りだが、吾輩に手を出して無事で済むと思うなよ、25号。貴様の蛮行は王女を連れ帰った後すぐに殿下にお知らせしよう」

 ニタニタと脂ぎった笑みを浮かべる太った男に、25号はハッ、と蔑むような笑い声を立てた。

「それについては問題ない。あの男は私にこう言っていたから。私の仕事を邪魔する奴がいれば、王族だろうが貴族だろうが軍の上層部だろうが誰であろうと排除して構わない、ってね。それにあの男が刺客を差しむけるのなら私に連絡くらい入れるわ。刺客を送るから、奴らの邪魔はするな、ってね」

「……!」

「私の仕事はリェイトの王女をあの男のもとまで連れて行くこと。あんたにそいつを取られたら、仕事は達成できない。と言うか今更だけど思い出したよあんたのこと。あんた、あの男とはどっちかって言うと敵対関係でしょ? なら殺しても全く問題はないと判断しようか。あの男の敵を屠るのは癪だけど、身内を愚弄されてじっとしてられるほど心が広くなくてね。というわけで、殺す」

 男を殺すと宣言した25号に彼女の横にいた少年が口を開こうとした。

「……お前らはどっか行ってろ。流れ弾に当たりたくなかったらな」

 振り返しもせずに背後の彼らにそう言って、25号は右腕を横に伸ばす。

 伸ばした右手に魔法陣が瞬いて、その直後に25号の右手には銀色の長槌が握られていた。

「――起動アウェイク

 25号はその詠唱によって、ここ数ヶ月使用していなかった兵器としての魔力回路を起動する。

 彼ら人造兵器は兵器として作りかえられた際、特殊な魔力回路を刻み込まれた。

 魔力回路は魂の形そのもので、通常のそれには様々な情報や魔力が記録されている。

 兵器たちに刻まれた魔力回路が持つ情報や魔力の記録は至極単純だ。

 だが、単純ではあるが、そのぶんとても強力だった。

 兵器としての魔力回路を開いた25号は長槌を両手で構える。

 その直後に25号の姿がその場から消える。

 消えた25号が現れたのは太った男の頭上。

 振りかぶった長槌を思い切り叩きつけるが、次の瞬間、太った男と少女の姿が淡い光に包まれ消えた。

「っ!」

 25号が振りかぶった長槌はそのまま地面に叩きつけられた。

 続いて、どごんという重苦しい音と共に地面が大きく抉れ、振動する。

 地震が起こったようなその衝撃と凄まじい音によって、森の中にいた鳥たちが一気に上空に飛び立った。

 標的の姿を見失った25号は周囲を見渡す。

 そして先ほどと同じ木の上に太った男と少女の姿を捉えた。

 25号は舌打ちとともに長槌を持ち替え、右手で柄の部分に触れる。

 柄の先からボコボコと複数のキューブが分裂し、25号はそのキューブを上空に投げ飛ばした。

 その全てが鋭い棘に変形し太った男に襲いかかる。

 棘が太った男に突き刺さる直前、男の前方に魔法陣が出現し、何かが現れた。

 数は15、人の形をしたそれらのうちの5つに棘が深々と突き刺さる。

「……っ!!? 人造爆弾!? なんでお前がそいつらを……!!」

 現れた人影は全員顔を、身体を特殊な魔布で覆った人間だ。

 棘が深々と刺さった5人はそのまま地面に落ちるが、残った10人は強力な防壁魔法を太った男と少女の周囲に展開する。

 防御魔法を展開した後、その残りの10人も地面に落ちた。

 ――人造爆弾、それは人造兵器の次にラズルト国の第一王子であるアーノルド・アヴァルドが作り上げた人間を使った兵器。

 人造兵器の製造は困難を極める、魔術回路を書き換えられた後、その魔術回路に適合できる者は滅多におらず、適合できたところで正常に起動できるものはその中でもほんの一握り。

 だからあの男は別の兵器、人造爆弾を作り上げた。

 作り方は人造兵器とほとんど同じ、だが人造爆弾に書き込まれた魔術回路は人造兵器に刻まれたものとは違い、強力でかつ融通が利かない。

 そして、一度魔法を使うだけで壊れる。

 使い切りと割り切ってしまえば、人造爆弾の製造は人造兵器よりも容易だった。

 ゆえに兵器でなく爆弾、人造爆弾はその命を引き換えに一度だけとても強力な魔法を行使することができる。

 更に彼らは兵器たちとは違い、暴発しないように特殊な魔布で全身を覆われ、抵抗しないように精神を砕かれている。

 人を使い捨ての爆弾として作り変えるその外法に反論の声を上げたものは少なくなかった。

 それでも現在平然と彼らがあの国で製造され、戦争で使われているのはそれらの反対意見をあの男が全て封殺したからだ。

「最近になってこいつらの量産方法が確立したのだよ。吾輩より下の階級であってもこいつらは何体も支給されている」

 太った男は知らなかったのかねと小さく笑い、防壁魔法の内側から25号を光弾で狙い撃つ。 

 25号はその光弾を避けながら人造爆弾に突き刺さっている棘を回収し、再び太った男と少女に飛ばした。

 銃弾並みの速度で銀色の棘は二人に襲い掛かったが、その寸前で人造爆弾10個がかりで作られた防壁魔法に阻まれ、突き刺さるどころか傷一つつけることなく地に落ちた。

「無駄だよ。無駄無駄。人造爆弾を10個も使った防壁だぞ? 貴様の火力ではどうにもできんだろうよ」

 油ぎった顔面を笑みの形で歪ませる太った男は頑丈な防壁の中から光弾を連射する。

 25号は舌打ちし、光弾を避けながら地面に落ちた棘を回収し、長槌に融合させて長槌の柄を元の長さまで戻した。 

加速アクセル

 小さく身体強化の呪文を呟き、25号は雨霰のように自らに降り注ぐ光弾を最低限の動きのみでかわし、太った男達に向かって走り出す。

 同時にとある術を使用するための詠唱を開始した。

「リディアナ!!」

「……、…………。……、………………」

 背後から聞こえてきた聞きなれた少年の叫び声に気を取られることもなく、25号は走りながら詠唱を続ける。

 ただ闇雲に走り寄る25号に太った男はほくそ笑む。

 太った男たちを守るのは人造爆弾10個を使用して展開された防壁魔法。

 その守りは強力で、これを敗れるだけの火力を25号が持っているはずがないからだ。

 25号がとうとう太った男たちの足元までたどり着く。

 光弾を紙一重で避け続けたその体には傷一つついていない。

「……っ! ちょこまかと……!!」

 かすり傷一つない25号の様子に太った男は苛立ちをあらわにするが、それでも余裕のある表情を崩すことはない。

 しかし、25号が唱える詠唱を耳にして顔色を変えた。 

「――空は燃え、人は消え、星は落ちる。この地に残るは空隙のみ。其は破砕の化身なり」

 長槌に赤と銀が混ざりあった斑色に輝く魔力が覆う。

 25号の術は最終段階に入っている、あとはもう、放つだけ。

「……!!」

「その詠唱……!!? まさか5号さまの天体衝突セレスチャル・コリジョン……!!? 主様……!!」

 少女に叫ばれる前に男は光弾を打つのを止めて転送魔法を起動させる。

 そして転送されてきたのは10個の人造爆弾。

 先ほどと同様、人造爆弾が使用したのは防壁魔法。

 元々10個がかりで作られていた防壁魔法が補強される。

 それによって防壁の強度は2倍以上に跳ね上がったが、それでも防壁の中の二人の顔は引きつっている。

 ――天体衝突セレスチャル・コリジョン、人造兵器の中で最も火力が高かった5号が使用していた大魔法だ。

 発動までに時間はかかるが、その威力は小規模な戦場を一瞬で更地にするほど。

 攻撃の手が止まったその隙を25号は逃さなかった。

 太った男は判断を見誤ったのだ、彼は防御に徹するべきではなった。

 攻撃の手を緩めるべきではなった。

 太った男が防御に時間を割いたほんのはほんの数瞬。

 しかし、それは25号にとっては十分すぎる時間だった。

 攻撃がやんだその瞬間、25号はダン、と地面を強く蹴り高く跳躍した。

 跳躍した25号は一瞬で太った男たちの真上まで跳び上がった。

 そして、跳躍とともに振り上げていた長槌を25号は防壁魔法に向かって振り下ろす。

 防壁に振り下ろされる長槌をひきつった顔で見上げる二人の顔に25号は歪んだ笑みを浮かべながら、最後に術名を唱えた。

「――小惑星衝突アスタロイド・コリジョン……っ!!」

 その直後、鼓膜が破れるような轟音とガラスが砕けるような甲高い音が響いく。

 防壁魔法は完全に砕き散った。

 防壁魔法の内部にいた二人は衝撃により地面に叩きつけられたが、地面に叩きつけられた以上のダメージはほとんど負っていなそうだ。

 その様子を確認して25号は舌打ちしながら落ちた二人のすぐ近くに着地する。

「……ちょうど相殺、ってところか。まあ、及第点だろ」

 輝きが消えた長槌をクルクルとステッキの様に振り回してその調子を確認した後、25号は再び舌打ちをした。

「……やっぱり負担が大きすぎた。だいぶ脆くなってるわ」

 あとで直そ、と言った25号の言葉とともに長槌を魔方陣が覆う。

 その魔法陣の中に長槌をしまいこみながら25号は左袖を軽く振って袖の中に仕込んであった銀色のナイフを左手に握った。

「さてと、あとはとどめだけ。……おい、くそデブ、とそれからチビ。最後に言っておきたいことはあるか?」

「……き、さま……今何を……今のは、5号の……」

 顔を歪める太った男に目には恐怖に近いものが見えた。

 その顔を見て25号は小さく笑った。

「5号の真似事一つでそんなみっともない顔をするなよ。私が5号だったらお前らはとっくに挽肉だ」

「ま、真似事、だと……!」

「そ。ただの真似事。オリジナルには数十段階も劣る劣化版。まあ、オリジナルの天体衝突セレスチャル・コリジョンを私が使えたところで、今この状況で使うわけないけど」

 そんなことしたら、この森がクレーターになって大騒ぎだわ。と25号は嘯いた。

「遺言はそれでいいの? まあ、聞いたところで何するわけでもないからどうでもいいか」

「待ってください!!」

 逆手に握ったナイフを25号が太った男に突き立てようとした時に、背後から高い声が。

 その声に25号は振り返る。

「何? レクトール」

「こ、殺す必要まではないと思うのですが……」

「必要ならあるよ。だってこいつらが生きてたら面倒だし。それに何よりこのデブは」

 何を甘っちょろいことを言っているんだと呆れ顔でそう言っている途中で、25号の身体が吹っ飛んだ。

「がっ!?」

「アイゼンフィールさん!?」

 軽々と吹っ飛んだ25号はその勢いのままリェイトの王女達の横を通り過ぎて、彼女達の斜め後ろにあった太い木に激突した。

 何事だとリェイトの王女が太った男達の方を見ると、幼い少女のまだ無事な方の手のひらに複雑な魔法陣が張り付いていることに気付いた。

 衝撃魔法の術式だとリェイトの王女は思い当たる。

「……最後に、油断、しましたね……」

 少女がよろめきながらも立ち上がり、魔法陣が張り付いた手のひらを25号に向ける。

「ハハハハハ……!! 知っているぞ。貴様は強くて速いがそのぶん脆い……一撃入れればこちらの勝ちだ!!」

 太った男も身体を起こす、そして無様に吹き飛んだ25号を見て笑い声を立てた。

 木に叩きつけられた25号の身体はピクリとも動かない、完全に気を失っているのだ。

「さあ、とどめをさせ! 我輩は王女を確保する」

 太った男が少女に笑いながらそう叫ぶ、そして転送魔法を再び発動させ、新たに15個の人造爆弾を引っ張り出した。

「了解」

 少女が太った男に答えたその瞬間、少女は何かに気づいたように身構えた。

 が、すでに遅かった。

 身構えた少女が飛び退ろうとした直前に、少女の首が落下した。

 ついで、新たに転送されてきた15個の人造爆弾の首も同様に。

 最後に太った男の首も。

 ぼとりぼとりと音を立てて熟れた果実のように落下する首と、断面から鮮血を噴水のようにぶちまけながら崩れ落ちる体と。

 何が起こったのか全くわからず唖然としていた王女が、数秒後に状況を理解して甲高い悲鳴をあげた。

 王女の隣に立っていた少年もまた数秒呆然としていたが、すぐに正気に戻ってそれから王女を守りつつ、術式を編んだ腕をそれに向けた。

 敵意を向けられたそれは、太った男達の首を切り落としたそれは悠然と微笑んで、ゆっくりとした足取りで気を失った25号の元へ。

 25号をそっと抱き起こして抱え込んだ後、自分に敵意を見せる少年に顔を向ける。

「ふん。弱いくせにいきがってやられるとか、ほんとダサいよねぇ、この小娘は」

 君らもそう思うでしょ、とそれは彼らに同意を求めた。

「え……?」

 王女が呆然と声をあげる。

 そこにいるは王女が知っている人物であるはずだった。

 聞こえてきた声は聞き覚えのはるはずのものだった。

 だが、雰囲気がまるで違った。

「貴様、誰だ?」

 少年がに腕を突きつけたままそれに問いかける。

「やだなあ、ラディレンドルくん。僕だよ、ルキウス・ゲフェングニス。と言っても、君達が知ってるのとは中身が違うから、初対面といえば初対面かな?」

 にこやかに笑いながら――ルキウス・ゲフェングニスはそう答えた。

 にこやかな笑みを顔面に張り付けたに王女は目を見開いて、少年は突きつけた腕をそらさない。

 恐怖と敵意を向けられてもなお、は笑みを崩さない。

「多重人格、って知ってるよね?」

 は腕に抱える少女を愛おしそうに見つめた後、王女と少年に視線を戻す。

 二人は何も答えない、答える余裕が恐らくないのだろう。

「君達が知っているぼくはルキウスの中の綺麗な部分を寄せ集めた人格。もう一人……このはその残りの汚い部分を集めた人格。わかりにくいから僕のことはスピネル二世……もしくは」

 はどこかから取り出した眼鏡を掛けて、ひどく妖艶な笑みを浮かべた。

 このような笑顔を自分たちが知っている彼がするわけがない。

 二人はのその笑みを見て、同時にそう思った。

 妖艶な笑みを浮かべる彼のその目の色が、いつの間にか翡翠の緑から血のような暗い赤い色に変化している。

「もしくは――アレキサンドライト、とでも呼んでくれ」

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