闘技場の仔兎
「アイゼンフィールさんが闘技場に?」
放課後に相談があるとニアと一緒に呼び出されたわたくしはあの準備室にいました。
「……やめさせたいんだけど……聞いてくれなくて……」
ゲフェングニスくんは項垂れながらそう言いました。
なんでも休日になるといそいそと出かけるのでこっそりついていったら、辿り着いたのは闘技場。
まさかと思って観覧席に入った彼が目にしたのは、闘技場で戦うアイゼンフィールさんの姿だったそうです。
闘技が終わった後、すぐにゲフェングニスくんはアイゼンフィールさんに危ないからやめるようにいったのですが、アイゼンフィールさんが彼の説得を受け入れることはなかったそうです。
「でも……コロシアムへの参加って大丈夫なんですか? 校則とか……」
「それが大丈夫みたいなんだよ……昔は禁止されていたんだけど、禁止していたせいで裏社会とか非合法のコロシアムに参加した生徒がいっぱいいたらしくてね……それで一回とても悲惨な事件が起こって……それなら禁止するよりも、っていうことになったらしい」
どうしてそんなにコロシアムへ出場したがる生徒が絶えなかったのかというと、賞金目当てなのだそうです。
生活がかかっている方もいるらしく……完全に禁止することができないと判断した学園は、正規のコロシアムにのみ出場することを許可しているようです。
「だから校則違反だからっていう理由では止められなくて……お金に困ってるわけはないのに……なんで……」
「何か作りたいものがあるのではないでしょうか? 錬金術って、地味にお金かかるみたいなので……」
お姉様も作りたいものの材料を手に入れるのに苦労していました。
わたくしの力で何度か作って渡したこともありましたが……全ていらないと突っぱねられました。
何が起こるかわからないから、だそうです。
「作りたいもの……?」
「武器とか、魔法道具とか、そういう?」
アイゼンフィールさんが何を作りたいのかはわかりませんけど、コロシアムでお金を稼がなければ作ることができないのなら、きっと大掛かりなものなのでしょう。
「うーん……武器、はないだろうから……魔法道具かなあ……」
だとしたら何を欲しがっているのだろうかとゲフェングニスくんは考え込みます。
「それで? なんでお前はこんな話を俺達に?」
「君達にも説得を手伝って欲しくて……」
ニアの言葉にゲフェングニスくんは頼むよと頭を下げました。
「アイゼンフィールさん、アイゼンフィールさん。コロシアムに参加するなんて危ないからダメですよ」
学食でサンドイッチを食べていたアイゼンフィールさんの前の席に腰を降ろした後、小声でそう言うとアイゼンフィールさんは顔をしかめた。
「あのバカから聞いたのか……あんたには関係ない」
「でも、危ないですよ」
「危なくない。戦場に比べたら生温いもの」
「でも」
「うるさい」
不機嫌そうなままアイゼンフィールさんは大口でサンドイッチに齧り付きました。
具はチキンと卵のようです、美味しそう。
「……お金、ですか?」
「まあね」
「魔法道具を作るため?」
「……そうだよ」
「聞いた話だと、もうすでに結構な金額を稼いでいるのに……それでもまだ足りないんですか?」
ゲフェングニスくんの話によると、入学式のあった週の休日から、今までの2ヶ月間半は毎週闘技場に通っているらしいのです。
それならもうかなりの金額がたまっているはず……それなのにどうして。
「……金はいくらあっても困らない。って言うのも理由だけど……少し面倒なものを作ろうとしてるんだ……まだ足りない、もう少しで溜まり切る」
「……一体何を作る気なんです?」
きっと話してはくれないのだろうけど、念の為聞いてみたら、アイゼンフィールさんはわたくしに顔を寄せてボソリと。
「──人を消す為の、魔法道具を」
そう答えた彼女の顔には、歪んだ笑みが張り付いていました。
「……人を消す魔法道具? 兄上にでも使うつもりなのかな……?」
放課後、あの準備室に3人で集まって、わたくしは昼にアイゼンフィールさんから聞いた事をそのまま伝えました。
「そうかもな。……それにしても、止める必要なんかあるのか? あれほどの実力者なら心配は必要ないだろう?」
そう言ったニアにわたくしはそういえばと質問を口にしました。
「そういえば、ニアも今朝アイゼンフィールさんと話してましたよね? 何か他に聞いてません?」
「いや、コロシアムに出るのはやめておけ、ゲフェングニスに泣きつかれたこっちまで迷惑だ、と言っただけだから、特には何も」
「ごめんラディレンドルくん……リディアナが負けるわけないけど……それでもぼくはリディアナに戦って欲しくないんだ……怪我とかしてほしくないし……もう戦ってほしくないからここに連れてきたのに……」
ゲフェングニスくんは暗い顔でうつむきました。
その気持ちはわかります、大事な人に傷付いて欲しい人なんていませんから。
「……あれはおそらく戦闘狂の類だ。元からなのか、そうならなければ生き残れなかったのか……おそらくは後者だな……だからというわけではないが説得は諦めろ、あれは言葉では止まらない。力尽くでねじ伏せてようやく停止させることができるような輩だよ」
「……それは、そうなんだけど」
それでも、とゲフェングニスは小さく呟きました。
「それでどうするんだ? 力尽くで止めるのか?」
「ぼくじゃ無理だ。リディアナはぼくの何十倍も強いから……そうできたらとっくにそうしてる……」
「……確かに、な。あの時お前があの女を押しとどめていられたのはあいつがお前を傷付けぬよう気を使っていたからだろう……ならお前が止めるのは不可能だ。俺ならなんとかできるだろうが……そこまで協力するつもりはない」
「うん……無駄だろうけど、なんとか説得してみるよ……」
ゲフェングニスくんは諦めたような笑顔でそう言った後再びうなだれました。
わたくしが止められるのなら止めたいのですが……無理でしょうね。
封印している創造の力を解放したとしてもおそらくは無理でしょう。
「ところで止められずにあの女がコロシアムに出たら、お前はどうするんだ?」
「どうする、って?」
「あの女が戦うのを見るのか?」
「……うん。何かあった時のために……ぼくには何もできないだろうけど……」
咄嗟に飛び出して盾になるくらいならできるかもしれないしとゲフェングニスくんは不甲斐なさそうに言いました。
「なら俺も付き合おう。ちょうどいい機会だ、あの女の力量を一度見てみたいからな。お前はどうする? マナ」
「えっ? わたくしは……行きます」
急に話を振られてまごつきましたが、答えました。
心配だというのもありますが……お姉様から教えを受けたアイゼンフィールさんがどのように戦うのか気になったのです。
休日、闘技場の観覧席は人で賑わっていました。
「……すごい」
人の多さに思わずそんなことを呟いていた私の横で、ゲフェングニスくんが雨雲を背負ったような暗い表情でボソリと。
「うぅ……やっぱり止められなかった……リディアナ……怪我しないでね……」
一人だけあからさまに雰囲気の違う彼に視線を送る人々もいましたが、彼らはそんなことはどうでもいいと言わんばかりにすぐに目をそらしていました。
「人が多いな……やかましい」
ニアは人の多さにげんなりとしていました、そういえば彼は人ごみが大嫌いでしたね。
中学の修学旅行の時あまりの人の多さにブチ切れて通行人皆殺しにしようとしたこともありましたし……
あの時、止めるの大変だったんですよね……
そんなことを思い出していたら、コロシアムが始まったようです。
まずは一回戦。
今日の闘技はバトルロイヤル方式だそうです、15〜20人で戦って最後に残った一人が勝者、制限時間を超えた場合は制限時間に残っていた全員が勝者となるようです。
話を聞いた限りだとトーナメント方式だったりチーム戦だったり色々あるらしいのですが、日によって違うようです。
一回戦ではアイゼンフィールさんらしき姿は見えませんでした。
5回戦まであるらしいので、そのうちのどれかになるのでしょう。
「……いた」
と思っていたらゲフェングニスくんが小さく呟きます。
「え? いますか?」
「いるぞ。あそこの仮面のチビ」
ニアが指差した方を見ると、確かに仮面で顔を隠した小柄な人影が見えました。
「あ、あの人ですか……?」
言われて見ると耳の後ろで二つに括られた髪の色がアイゼンフィールさんと同じ鉄色です。
だけど、なんで仮面?
「強い人は闇討ちされることもあるから、素性を隠す出場者も多いんだよ……」
ゲフェングニスくんの暗い声に小さく悲鳴をあげてしまいました。
言われてみると確かに、闘技場に上がった人たちの3割くらいの人が顔を隠しています。
「名を売りたい人はもちろんそんなことしないんだけど……彼女は面倒ごとを避けるためにこうしてるんだ。あ、そうだ、これから先、彼女の名前は呼ばないように……」
「は、はい……わかりました……」
そういうことなら間違って名前を呼ばないように気をつけなければ、と思います。
うっかり呼ばないようにしないと……
「そちらのお嬢さん方、賭けるかい? 今ならまだ間に合うよ。今の所一番不人気なのはラビット、他は大体同じくらい、どう? 賭けてく?」
背後から突然声をかけられて、振り返るとなんだかひょろ長い男の人が愛想の良い笑顔で立っていました。
「ラビットって?」
「……彼女の事だよ」
聞いて見ると、暗い表情でゲフェングニスくんは教えてくれました。
一番不人気って……なんででしょう?
「賭けまでやってるのか……成る程、これは学校も規制したがるだろう。規制された生徒が隠れて出場したところはもっとひどかっただろうから……そうなるとまし、なのかもな。ラビットを1枚」
「ちょっと、ニア!」
賭け事に手を出すなんて何考えてるんですかと思わず声をあげるとニアはにたりと人の悪い笑みを浮かべました。
「ああ、お前らも賭けるか? 結構稼げると思うぞ?」
なら素直に稼がせてもらおうとニアは飄々と言いました。
「でも……賭けはちょっと……」
控えめにやめておいた方がいいよと言ったゲフェングニスくんにニアはニタリと笑みを向けます。
「験担ぎみたいなものだよ。お前はあいつが勝つと信じているんだろう? 負けるわけがないって言ってたが、あれは嘘か?」
そう言われたゲフェングニスくんは少しの間何かを考えて、おもむろに財布を取り出します。
そして、中に入っていたお札を全部引き抜いて、小銭入れの中身も財布をひっくり返して全部取り出して、ひょろ長い男に差し出してしまいました。
「……これで買えるだけラビットを」
「毎度ありい!! 豪勢だねお坊ちゃん!! そういうの嫌いじゃないぜ!」
ひょろ長い男は嬉々としてお金を数えた後、金額分のチケットをゲフェングニスくんに渡しました。
「うわ……有り金全部ぶっ込みやがった……」
焚きつけたニアが静かに引いていました、あなたのせいでしょうが!!
「そちらのお嬢ちゃんはどうします?」
「え、えっとあの、ア……じゃなくてラビットさんを1枚……」
「毎度ありー!」
その場の流れでつい買ってしまいました……
ううう、わたくしは悪い子です……
買ったチケットは後で受付に出せばお金と交換されるらしいです。
チケットを買った直後、バトルロイヤルが始まりました。
闘技場に上がっていた半数以上が、アイゼンフィールさんに襲いかかりました。
「え? なんでですか!?」
思わず悲鳴をあげていました、なんでよってたかってアイゼンフィールさんに?
「……前回はトーナメント優勝、それより前も勝ち続けてきたらしくてね……今の所は無敗らしいんだ……だからあんなに狙われて……」
緊張した面立ちでアイゼンフィールさんの行方を追うゲフェングニスくんがこちらを見ずに教えてくれました。
アイゼンフィールさんは右手に柄が短く刃が長いナイフを握りました。
そして向かってくる他の参加者を睥睨し、その直後真上に跳ねました。
武器を構えて突進してきた敵がアイゼンフィールさんを見失い、後方で呪文を唱えていた魔術師は上に飛び上がった彼女の姿をただ仰ぎ。
「子ウサギ1匹相手に負けんなよお前ら!!」
背後からの叫び声に思わず振り返ってしまいました。
叫んだのは横にも縦にも大きい恰幅の良い女性でした。
直後に観覧席から上がった歓声に慌てて前を向いた時、参加者の3分の1が倒れていました。
倒れていたのは後方で呪文を唱えていた魔術師達です。
「あ、あれ?」
「跳んだあと自分に襲いかかってきた奴らを飛び越して、後ろの連中を倒したんだよ。大分早かったな……」
何が起こったのか全く理解出来ていなかったわたくしにニアが説明してくれました。
「ええぇ……」
わたくしが背後に気を取られていた時間はほんの短い間だったのに、その隙に倒し終わってしまうものなのでしょうか?
観覧席の人達が倒れた魔術師達へのブーイングを始めました。
その時に聞こえてきた話をまとめると、勝ち続けているアイゼンフィールさんをなんとか倒そうと今回の参加者は全員共謀して彼女を倒すために協力しているらしいのです。
だからラビットが不人気だった、というわけですか。
さすがに1対多なら負ける、そう考えられていたそうですが……
魔術師達を倒し終えたアイゼンフィールさんは、最初に自分に襲いかろうとした戦士達を一瞥し。
そこから先はあっという間でした。
「よし。儲かったな」
先程闘技場で買ったチケットを換金してもらって、ニアがニタリと笑みを浮かべました。
「ええ……」
もともとラビットが一番不人気だったのもあって、1枚だけ買ったわたくし達もそれなりの金額を得ることができました。
有り金全部使ったゲフェングニスくんは結構な金額を得ることになったので、受け取った瞬間少しだけ表情を強張らせていました。
大金に驚いたというよりも、思いのほか増えてしまった事に驚いたのでしょう。
「それにしても、それなりに強かったな、ラビットは」
「そうですね……なんというか……わたくしには速くてよくわからなかったんですけど……」
魔術師達を倒した後、アイゼンフィールさんはまるで流れ作業でもこなすかのように残りの参加者を斬り伏せてしまいました。
もちろん他の参加者も反撃しようとしたりはしていましたが、それらを全部最低限の動きで捌き、そして最低限の動きだけで相手を倒し続けていました。
身体強化系の術を使って強化していたんでしょうけど、それを鑑みてもすごかったです。
「……あれでもまだ本気は出しきってないよ……彼女が本気で戦うのを一度だけ見たことがあるけど……今回の戦いは……誰も殺さないように手加減してたから……戦い方もあの時とちょっと違ったし、錬金術使ってなかったし」
「あれで……全力ではないのですか?」
それってじゃあ、手加減なしのアイゼンフィールさんってどれだけ強いんです?
下手したらニアよりも強いのでは?
「……確かに、全力を出してはいなかっただろうな。魔力がいつもと同じだった。兵器としての力は使ってなかったんだろうよ」
「うん」
そう頷いた後、ゲフェングニスくんは何故かがっくりと項垂れました。
「大丈夫ですか?」
「うん……平気……ちょっと自分の弱さが情けなくなっただけだから……」
本当は彼女を守れるくらい強くなりたいのだとゲフェングニスくんは呟きました。
それでも、いくら努力しても、自分の実力は彼女には遠く及ばないのだと。
「いつか……守れるようになりたい……そう思ってるんだ」
「そうなれるといいですね」
わたくしはそう答えました。
ニアは何も言いませんでした。
その後、闘技場の外に出ました。
アイゼンフィールさんの出番は今後ないそうなので、もうここには用はありません。
「ゲフェングニス、それだけ儲けたんだ、昼食くらい奢っていけ」
「う、うん……」
大金を受け取った後から若干挙動不審になっていたゲフェングニスくんが強張った表情のまま頷きました。
「お昼ごはんを食べるのなら、アイゼンフィールさんも誘いませんか?」
わたくしがそういうと、ゲフェングニスくんは頷いて、ポケットから通信機を取り出しました。
数秒後、彼は泣きそうな顔になりました。
「着拒されてる……!」
「な、何かの間違いでは?」
そう言ったらゲフェングニスくんは無言で首を横に振り、ゆっくりとその場にしゃがみ込んでしまいました。
「あああ……」
「おい、立て。人が見てる」
「りでぃあな……なんで……?」
ニアが本気で嫌そうにゲフェングニスくんの肩を引っ張りましたが、ゲフェングニスくんは動こうとしません。
よほどショックだったのでしょう。
わたくしだってお姉様に同じ事をされたら多分こうなります。
そっとしておいてあげましょう、と言いたいところですが、ここは道のど真ん中。
他の方の邪魔になるので、ニアを手伝ってなんとかゲフェングニスくんを立たせて、その場を離れました。
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