図書館

 今日は入学してから初めての休日です。

 さて、何をしましょうか?

 どこかに出かけるか、寮室で自習するか……

「……」

 授業は始まったばかりで課題もほとんど出てませんし……ちょっとくらいなら遊びに行ってもいいかもしれませんね。

「あら、アイゼンフィールさん、お出かけです?」

 どこに行こうかと考えながら寮室を出た直後にアイゼンフィールさんと出くわしました。

 大きなフード付きのローブを羽織っていますが、下に着ているのは制服でした。

「図書館とか、色々」

 それだけ言って、じゃあと片手を振ってスタスタと寮の出口に向かうアイゼンフィールさんの横に慌てて並びました。

「ご一緒してもよろしいですか?」

「やだ」

 図書館なら勉強もできると思ってそう言ったら、そっけなく拒否されました。

 ……割とショックです、でもこの程度ではへこたれません。

 この程度でへこたれているほど精神がもろければ、お姉様の塩対応ですでに死んでますから。

「なんでですか?」

「ラディレンドルに誤解されたらたまったもんじゃない」

 歩みを早めたアイゼンフィールの言葉に少しだけホッとしました。

「よかった、ものすごく嫌われてるのかと思いました」

「……別に嫌ってはいないよ。好きでもないし好きになる理由もないけど」

「そ、そうですか」

 悲しむべきなのか喜ぶべきなのか反応に困りました。

 でもお姉様の塩対応よりは若干優しいので全然大丈夫です。

 アイゼンフィールさんがわたくしに何かを言おうとした時、ピリリリリと無機質な音が。

 音の出所はアイゼンフィールさんの懐、その中にあった通信機。

 小さく「げ……」と言いながらアイゼンフィールさんは通信機を手にとって耳に当てます。

「何の用だよクソ上司。…………なんでお前がこれの番号を知っている?」

 通信機を耳に当てて、向こうの声を聞いた直後にアイゼンフィールさんの声が低く不機嫌になります。

「……あのクソ野郎、余計な事を。……お前に付き合う暇も義理もない、一人で予習でもしてれば?」

 アイゼンフィールさんは吐き捨てるようにそう言って、通信機をしまいました。

 あからさまに不機嫌になった彼女に声をかけるのは躊躇われましたが、一応聞いておくことにします。

「今の……ゲフェングニスくんですか?」

「……ああ。あのクソ野郎、本当に何考えてるんだ? なんであいつにこの通信機の番号教えたんだろ……」

 面倒臭いとアイゼンフィールさんは小さく呟きました。

 よく話を聞いてみると、その通信機はあの男との連絡手段のために渡されたものだったそうです。

 お姉様やもう一人の兵器の方……9号さんというらしいのですが、そちらの方たちは通信機を持っていないため基本的に連絡は取り合えないそうです。

 ですから、アイゼンフィールさんは基本的にあの男との連絡手段としてしか使うつもりはなかったらしいのですが、何故かあの男がアイゼンフィールさんの通信機の番号をゲフェングニスくんに教えていたようです。

「今度定時報告するときについでに文句言っとこ……」

 不機嫌な顔のまま、アイゼンフィールさんはそう呟いて、次にわたくしに視線を向けました。

「で? いつまでついてくるつもり?」

「……わたくしも図書館に行きたいなーと思いまして……図書館まではご一緒に……」

 駄目ですか、と聞いてみるとアイゼンフィールさんはため息を吐きつつ、それなら別にいいと言ってくれました。

「……ただし、図書館に着いたら離れろよ。後ろについて回られたら気が散るから」

「はい」

 昔、お姉様に似たような事を言われたことがあった事を思い出しながら肯定します。

 あの時は駄々をこねて否定しましたが、その後全力で逃げられてしまいましたから。

 寮室から図書館までは少し歩きます、その間に親交を深めようと口を開きかけた時にアイゼンフィールさんが勢いよく振り返りました。

「お前ら、どこに行く気だ?」

 いつの間にかわたくし達の後ろにニアがいました。

「あ、おはようございます、ニア。今から図書館に行くのですが、あなたもどうです?」

 あらぬ誤解を解きつつ、ついでに誘ってみると彼は納得したような、それでも何かを疑っているような表情で小さく頷いて、わたくしとアイゼンフィールさんの間に割って入ってきました。

「なんで割り込んで来るんですか?」

「ちょうどいいスペースがあったからな」

 飄々と答えられましたが、どうせわたくしとアイゼンフィールさんが接触しないようにとか思っていたのでしょう。

 心配してくれるのは嬉しいですけど、これじゃアイゼンフィールさんとお話ししにくいじゃないですか。

「それにしてもお前が図書館? 勉強でもするのか?」

「勉強、というか……行ってみたかったというか……」

 アイゼンフィールさんについてきただけで特に理由はないので適当にぼかしました。

「そういえば、アイゼンフィールさんはなんで図書館に?」

「……どんな本があるのか把握しときたかっただけ。読みたいものがあればその場で読むし、なければ寮室に帰る」

 返ってきた返答に、ほほうと頷きます。

 わたくしもそう答えればよかったです。

 と、そんな会話を続けているうちに図書館に着いてしまいました。

「じゃあ、また週明けに」

 入口でひらひらと手を振り、何やら難しそうな本が並んでいそうな方向に向かったアイゼンフィールさんを見送りつつ、さてどの辺りから回ってみましょうかと考えます。

 案内板があったのでそれに歩み寄りました。

 スペース的に魔術に関する本を扱ったコーナーが多いようです、まあこの図書館は魔術の学園である 学園付属の図書館ですし、それは当然でしょう。

 それでもそれ以外の本のスペースもしっかり確保されているように見えました。

 さてどうしましょうか。

 案内板を見る限り、アイゼンフィールさんが向かったのは魔術、というか錬金術に関する本が並べられているコーナーのようです。

 なんでアイゼンフィールさんは迷わずそちらに向かったのでしょうかと疑問に思いましたが、ふと天井近くを見上げたら普通に案内が書いてありました。

 そういえば図書館に入った後、アイゼンフィールさんは辺りをキョロキョロと見渡していました、きっとその案内を見ていたのでしょう。

 ちょっとした疑問が解決したところでどこに行くかを考えます。

 同じ方向に向かうとアイゼンフィールさんに誤解されかねないので真反対の方向に行くことにしました。

 案内板によるとどうも児童書コーナーのようです。

「ニア、わたくしはこちらに行きますが、あなたはどうします?」

「……一周して適当に見て回る」

「そうですか、ではまた」

 手をひらひらと振ってニアと別れて目的のコーナーへ。

 実は結構児童書は好きなのです。

 暖かくてハッピーエンドで終わるお話が多いから。

 前にそう言ったらニアに笑われましたっけ……

 コーナーについて本棚を眺めると、他のものと比べると少ないですが思っていたよりも蔵書量が多かったです。

 近くにある普通の小説のコーナーも意外と広い、勉強する学生向けのものばかり置いてあるのかと思っていましたが……

 こういった本を置いておけば、それ目当てに訪れる学生もいるのかもしれません。

 児童書コーナーを眺めていると、少し気になるものを見つけたので本棚から抜き取って、近くにあった小さな閲覧コーナーの椅子に腰掛けました。

 持ってきたのは童話集でした、目次を見ると様々な童話や昔話がずらりと並んでいます。

 その一番前にあった童話のタイトルは優しいお姫様。

 千年前に実在したとされる、わたくしと同じ創造の力を持っていたリェイト王国の王女をモデルにして書かれたものでした。


 その国のお姫様は、なんでも作り出すことのできる創造の力を持っていました。

 優しかったお姫様は国や困っている人たちのために自分の力を使い、様々なものを作りました。

 お姫様のおかげで、リェイトは平和で満ち足りた豊かな国になりました。

 しかし、そんな国にある日、悪魔のような男が現れたのです。

 どんなものでも壊し消してしまう、お姫様の持つ力とは正反対の力を持つその男の力は破滅の力と呼ばれました。

 悪魔のような男は何もかもを壊そうとしました、物も、建物も、人間も、国も。

 お姫様は男と戦いました。

 戦いは10年以上続く苛烈なものでしたが、お姫様はなんとか悪魔のような男を倒すことができました。

 しかし、同時にお姫様もまた悪魔のような男の手にかかり死んでしまったのです。


「なんだお前、そんなものを読んでいるのか?」

 ちょうど『優しいお姫様』を読み終えたところで聴き慣れた声が背後から聞こえてきました。

「あら、ニア」

 ニアはいかにも難しそうな魔術書を何冊か小脇に抱えていました。

「童話集なんか読んで、随分と余裕じゃないか。勉強しなくて大丈夫なのか?」

「大丈夫です……多分」

 隣の椅子に腰かけたニアにそう返します。

 大丈夫です、多分きっとおそらく。

 いいえ、いいえ、ダメだとしても大丈夫にしてみせます。

「そういえばニアってこの話はやっぱり嫌いですか?」

 お話の最初のページまで戻って見せてみると、彼は鼻で笑いました。

「嫌いに決まっている。それに出てくる奴のせいでこっちは多大な風評被害を受けてるんだ」

「……ええ」

 かつて世界を滅亡に導こうとした破滅の悪魔と同じ色を──お姉様と同じ色を持って生まれた彼は、それでも両親や村の人たちにに愛されて育ったそうです。

 元々人の少ない農村で、あの昔話を知っている人がいないような僻地だったから、そうだったのだろうと彼は言いました。

 しかし、彼が6歳になった頃、その村に旅人が訪れたそうです。

 あの昔話を、破滅の悪魔のことを知っていたその旅人は悪魔と同じ色を持つ彼と、そんな彼を普通の子供として育てていた村人達を恐れ逃げました。

 ──その3日後、その旅人の通報により、彼の村はとある国の軍隊によって滅ぼされました。

 彼は村人達の手によって必死に逃がされ、なんとか両親とともに生き延びて──

 逃げ延びた彼は様々な不幸を乗り越え、知識と戦力を身につけて、両親を喪い、自分の村を滅ぼしたその国への復讐を誓いました。

 その国の名はリェイト王国。

 後々調べたところ、悪魔の再来を防ごうとした軍の一部勢力の暴走だったそうですが……そんなことはもうわかりません。

 そしてあの日、彼は復讐の為にリェイト王国の王女であるわたくしを殺そうと襲い掛かってきたのです。

 それでも今、わたくしが生きているのは、彼がわたくしの説得に応じてくれたというのもありますが、わたくしが苦し紛れに提案した案の方が彼の復讐にそうものだったのでしょう。

 わたくしはラズルト国への復讐を終えた後、リェイト王国の再建と世界平和の実現に尽力する。

 そして、その全てが成った後、リェイトを滅ぼしわたくしを殺せばいい、と。

 彼はその案に乗りました。

『――お前を殺すのはこの俺だ、だから他の誰にも殺されないよう、その時までは守ってやる』

 そう言って顔を歪めた彼の顔を今でもよく思い出すのです。

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