約束と決意

「駄目ですニア。約束したでしょう。それにあなたがアイゼンフィールさんを殺しても殺さなくても同じ事。お姉様が生きてラズルト国にいるのであれば、わたくしは遅かれ早かれお姉様を助けにいかねばなりません……今すぐに、とは言いませんが……」

 本当は今すぐにでも向かいたかったのですが、その本心を口にすれば、きっと彼は更に彼女達への殺意を強めるでしょう。

 だからそれは諦めることにして、彼が罪を犯すのを止める事を優先することにします。

 アイゼンフィールさんを殺したとしてもなんの意味もないと主張するとニアは顔を歪めたまま苦々しく口を開きました。

「確かにそうだろうな。お前にとって一番大事なのは自分自身ではなく自分の姉だ」

「ええ。ですからアイゼンフィールさんたちが生きようが死のうが同じこと。だから二人には危害を加えないでください」

 あなたの殺意は無意味だと、そう訴えます。

 だけどニアは殺意を消しませんでした。

「お前は殺す理由はないと言うが、俺からすると殺さない理由がない」

「アイゼンフィールさん達をあなたが殺さない理由が必要であるのなら、こうしましょうか。ニア、あなたが彼らを殺したらわたくしはすぐにでもラズルトに向かいます。なんの準備もせずに無鉄砲にあの国へ。反対にあなたが彼らを殺さないと約束するのなら、しばらくの間はラズルトに向かうことは諦めます。……当初の計画のまま、準備が出来次第あの国に向かいましょう」

 これでもダメならもう力付くで止めるしかないと覚悟を決めて身構えましたが、ニアはわたくしの顔を見て小さくため息をついた後、殺意を消しました。

「もういいわかった……折れてやる。こうなったお前は基本的に何を言っても無駄だからな」

 諦めたようなうんざり顔でそう言われて、思わず笑みがこぼれました。

 よかった、ちゃんとわかってくれました。

 彼は話せばちゃんとわかってくれるのです。

「アイゼンフィールさん。ごめんなさい。近いうちにあの国に向かうのは無理です……ですが、三年以内には必ず」

「……構わない」

 アイゼンフィールさんは少し考えた後、小さく頷きました。

 ゲフェングニスくんはほっとしたような表情で右腕にかけていた強化魔法を解除しました。

「ただしアイゼンフィール、お前が俺の許可なくこいつを連れ去ったのなら、ゲフェングニスを殺す」

 いったん殺意を消したアイゼンフィールさんを鋭く睨みます、彼女は顔をこわばらせました。

「お前本人を殺すよりもそちらのほうが効果がありそうだからな」

 ニアが愉しそうに笑いながらそう言うと、アイゼンフィールさんの顔に憎悪に似た何かが浮かびました。

「その顔、本当に本当にあの男とそっくりね。他人とは思えない」

「他人だよ。俺はとうの昔に滅ぼされた辺境の村の生まれだからな」

「本当かどうだか」

 吐き捨てるように言うアイゼンフィールさんにゲフェングニスくんはおろおろしていました。

「ところでアイゼンフィール。この女はラズルト……というかお前の上司を倒そうとしているわけだが、それは止めなくていいのか?」

「私の仕事はリェイトの王女をあの男のもとにを連れて帰ること。その後のことは知ったこっちゃない。むしろあんたらがあの男をぶっ殺してくれるならそれはそれで好都合」

 ニアの質問にアイゼンフィールさんはちょっと怖い感じの笑顔を浮かべながらそう言いました。

「色々あって私らじゃあの男は殺せないんだ。殺せるものならとうの昔に殺してる……あのクソ野郎は確かに強いけど……私一人ならギリギリ相打ち、17号なら確実に仕留められただろうし、5号だったら私たちのうち誰かのバックアップがあればなんとかなる、1号も殺せるな。……今生き残ってるメンツだけでも多少苦戦はしても全員生きたまま殺せる……それでも私らはあの男を殺せない……弱みを握られてるから」

 だから、もしも私にあの男を裏切る事をあんたらが望むならそれは不可能だとアイゼンフィールさんは付け加えました。

「そうか……それはそいつの仕業か……なるほどなあ?」

「ああ、気付いたんだ、お前。でも黙っていろ……余計面倒なことになる」

 ニヤリと笑ったニアにアイゼンフィールさんは心底面倒臭そうな顔で答えました。

「え?」

 ニアが彼女に関する何かに気付いて、それを指摘した事はわかるのですが、何に気付いたのかはわたくしにはわかりません。

 ゲフェングニスくんは何か知っているのでしょうかと様子を伺いましたが、彼もなんの話をしているのかわかっていないようで、わたくし同様、目を白黒させていました。

「全員そうなっているのなら、確かに黙っていた方が面倒は少ないか……」

「そうしてくれると助かる」

 そう言ったアイゼンフィールさんにゲフェングニスくんが問い詰めます。

「なんの話? リディアナ、まだぼくに隠してることがあるの?」

「……お前には関係ない話だし、今回のことに関してもほぼ関係はないよ……ただの余談だ、気にするな……私らがあのクソ野郎に弱みを握られてるってだけの話」

 お前が知っていてもどうしようもない情報だ、とアイゼンフィールさんはだんまりを決め込みます。

 ゲフェングニスくんが今度はニアに視線をやりますが、ニアは口元に笑みを残したまま首を横に振りました。

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