同盟

「お前、何言って……!?」

 馬鹿かお前とアイゼンフィールさんに罵倒されつつ、ゲフェングニスくんは飄々と笑いました。

「ラディレンドル君はレクトールさん、ぼくはリディアナをラズルトに行かせる訳にはいかない。なら、彼と手を組んで君を止めるのがぼくにとっての最善だと思わないかい? ……大切なものを守るためだったら誰だって殺せるんでしょう? なら、ぼくらを、ぼくを殺していけばいい」

 その言葉にアイゼンフィールさんは――

「…………」

 顔を青ざめさせて、酸欠の金魚のように口を開いては何かを言おうとしているのに何も言えずに閉じて、それを繰り返し。

 酸欠になった金魚のような様子から彼女の動揺が手に取るようにわかりました。

「……どうするリディアナ? 君が大切なもののためになんでもするっていうのなら、ぼくは君を手元に置くためには……戦場に行かせないためにはなんだってしようと思う。この三年だけじゃなくて、この先もずっと、ね」

 ニッコリと天使のような笑顔を浮かべる彼とは対照にアイゼンフィールさんの表情はどんどん悪くなっていきます。

「あ、あのっ!」

 リディアナさんが何かを小声でブツブツ呟き始めた時に、わたくしはやっと声を上げることができました。

「どうしたの、レクトールさん」

「今の状況を整理してもよろしいでしょうか……?」

 聞きたいこともいくつかあると告げると彼は構わないよと笑顔を見せました。

「えっと、まず……ゲフェングニスくんがアイゼンフィールさんの名目上の護衛対象、であってますよね?」

「うん。ぼくは名目上だなんて思ってなかったけど」

「……先ほど、あなたは自分のお兄様からアイゼンフィールさんを譲ってもらった、って言いましたよね? ゲフェングニスくんのお兄様って……ラズルト国の……?」

「そうだよ」

 あっさりと肯定したゲフェングニスくんにわたくしはおそるおそるもう一つの質問を口にしました。

「ということは、ゲフェングニスくんはラズルト国の……」

「うん。一応王族だよ。ゲフェングニスは母の旧姓。本名はルキウス・アヴァルド、ぼくは君の国を滅ぼしたアーノルド・アヴァルドの腹違いの弟だ」

 やはりあっさりと答えたゲフェングニスくんは、ぼくの兄がご迷惑をかけてごめんなさい、と小さく頭を下げました。

「……なに素直に自分の情報喋ってんだよお前は」

 少しだけぼーっとしたような声をあげたのはアイゼンフィールさんでした。

「誤魔化しても無駄だったと思うよ?」

 ニコニコ笑うゲフェングニスさんにアイゼンフィールさんは深い深い溜息をつきました。

「色々考えすぎて頭痛くなってきた……ちくしょう……もっと慎重に事を進めるべきだった……」

 アイゼンフィールさんは疲れた顔でもう一度溜息をつきました。

「それで、君はどうするの?」

「どうするもこうするも……最善はレクトールを連れて帰宅……だけどお前がラディレンドルについてこっちの邪魔をするっていうんだったら正直言って……面倒、だ」

「うんうん。なら諦めてくれたって事?」

 ゲフェングニスくんは期待の眼差しでアイゼンフィールさんを見つめました。

 しかし、アイゼンフィールさんは首を振ります。

「だからと言って現状維持、だと私がラディレンドルに何されるかわかったもんじゃないし……ああ、もう!! お前のせいで余計面倒なことになったんだけど!!」

「うん」

「うん、じゃない!! どうすんだよこの状況! もうやだ……かえりたい……9号のごはん食べて寝たい……」

 なんで私一人でこんな面倒な仕事やる羽目になったんだよ、とアイゼンフィールさんは覇気のない声で続けました。

「帰るのはダメ……というか……リディアナ、もしかしてホームシックになってない?」

「ホームシック……? うん、多分そうだと思う……だってレクトール連れてかなかったら……四ヶ月も帰れない……1週間そこらの遠征はたまにあったけど……今回のは長すぎる……」

 もう一度アイゼンフィールさんはまた溜息をつきました、その表情は疲れ切っています。

 ゲフェングニスくんはそんなアイゼンフィールさんの頭を彼女の腕を掴んでいない左手でポンポンと撫でました。

「大丈夫だよ、リディアナ。さみしいかもしれないし不安だろうけど、ぼくがいるから。あの二人に比べたら頼りないだろうけど……」

「やめろ、あいつらならともかく同い年にそんなことされたくない」

 アイゼンフィールさんはゲフェングニスくんの手を鬱陶しそうに振り払いました。

 その顔が若干赤らんでいるのは気のせいではないと思います。

「でも……確かにそうだよなあ……ラディレンドル君、もしもリディアナがレクトールさんを連れて行くのを諦めたら、君はリディアナを見逃してくれる?」

「……見逃せると思うか?」

 ニアの目には未だ殺意が残っていました。

 それもそのはずなのでしょう。

 わたくしがお姉様のために、アイゼンフィールさんが大切なもののために、ゲフェングニスくんがアイゼンフィールさんのためになんでもできるというように、彼にも同じくらい重要なものがあるのです。

 わたくしはその一部、彼にとっての悲願を叶える方法を持つわたくしを手元に置くためだったら、きっと本当になんでもやってしまうのでしょうし、それをやりきるだけの力を彼は持っているのです。

「その女は殺す。そうでもしないとこの馬鹿は勝手にラズルト国に行って自滅するだろうからな」

「だよねえ……ぼくが見張るって言っても信用は……できない、か。困ったな、どうしよう……そうだよね、ぼくが君に協力する、なんて言っても信用してもらえるわけないか」

 心底困り切った様子でゲフェングニスくんは溜息をつきました。

「ルキウス」

「駄目だよリディアナ。ぼくは君を戦わせたくない……だから」

「……先にお前が相手になるか? 別に構わんが?」

 殺意はアイゼンフィールさんだけでなくゲフェングニスくんにも向けられました。

 このまま何もしないでいたら、彼はきっと。

 いいえ、いいえ、それは駄目です。

 わたくしはあの日、もう二度と彼に殺人を起こさせないと誓ったのですから。

「駄目ですニア。約束したでしょう」

 ニアとアイゼンフィールさんたちの間に割って入ってそう言うとニアはあの時と同じように顔を歪めました。

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