少年

「は!? お前何考えてんの!? ここ4階なんだけど!!?」

 落ちたらどうするつもりだと怒鳴るアイゼンフィールさんに彼は飄々と、このくらいの高さなら落ちても大丈夫だと笑います。

「……ゲフェングニスくん、ですよね?」

 わたくしの問いかけに彼はそうだよと肯定しました。

 アイゼンフィールさんはゲフェングニスくんにつかつかと歩み寄って、彼の右肩をむんずと掴んで無理矢理彼の体を自分に向けさせました。

「い、痛いよリディアナ!」

「……で? どうしてお前はそんなところにいやがったんだ?」

「だってリディアナ、朝から様子おかしかったし……授業が終わった途端こそこそこっちに向かっていったから……先回りして……」

 その返答にアイゼンフィールさんは眦をあげて怖い顔でゲフェングニスくんに詰め寄ります。

「そういう意味で聞いたんじゃない……!! どうしてあんなところに潜もうと思ったのか、その理由を聞いたつもりだったんだけど?」

「……あそこならバレないかなーっと思って」

 えへへと笑うゲフェングニスくんにアイゼンフィールさんは深々と溜息をつきました。

「……はあ。……お前の無駄な行動力には呆れるわ……あと、お前なんかに気付かれた自分の未熟さに呆れた……もういい、お前出てけ……話が余計ややこしくなる」

「それは嫌だ。ぼくは君に聞かなきゃならないことがあるからね。ぼくは兄上から正式に君を譲ってもらったつもりだったんだけど、さっきの話はどういうこと?」

 兄上から譲ってもらった?

 それって、一体どういう?

 そういえば、先程アイゼンフィールさんはこの学園に入学した名目上の理由はとある要人の護衛だといっていました。

 それを鑑みると、つまり、彼は……

 それに気づいた直後、口を挟もうとしましたが、それより先にアイゼンフィールさんが口を開いてしまいました。

「どうせ初めから聞いていたんだろ? ならそのままだよ。これ以上説明を増やす必要はない……というかお前、あのクソ野郎がそう簡単に自分の兵器を手放すと思うか?」

 普通ならとっくにわかってそうだけどやっぱりお前にはわからなかったか、とアイゼンフィールさんはもう一度溜息を吐きました。

「……君が彼女を連れて国に戻ったら、君はその後どうなるんだ?」

「前と同じ生活に戻るに決まってる。……正直言って、早く戻れるならさっさと戻りたい。私が抜けた分、あいつらが酷使されてるはずだから……5号と17号が生きてたらここまで心配じゃなかったんだけど…………いや、どっちにしろ同じか……」

 私が抜けた分、火力が絶対的に足りてないんだよね、とアイゼンフィールさんは頭を抱えました。

「9号は火力ないし……1号は割と無茶苦茶するし……組んでたら大体大丈夫だろうけど、単騎で動ける私が抜けたぶんあいつらも別行動になりやすいだろうし……あ、やばいこんなこととっくに理解してたのに不安になってきた……」

 やっぱり速攻で帰ろうとアイゼンフィールさんは呟きました。

「ぼくよりもあの人たちの方が心配?」

「……そんなの決まってるでしょうが……あいつらは今も戦場でドンパチやってるんだ……危険度がまるきり違う」

 アイゼンフィールさんがそう言うと彼は少しだけ悲しそうな顔をしました。

 しかしアイゼンフィールさんはその事を特に気にはしていないようです。

「……君はまた、戦うの」

「ええ、それが私の仕事だもの。でも、絶対に誤解して欲しくないから言っとくけど、私はあのクソ野郎のために戦ってるわけじゃない。私は自分の為に戦っているだけ……私と私の大切なものを守るために死力を尽くしているだけ。そのためだったら誰だって殺せるし、いくら怪我を負っても立ち上がるし、世界を壊す片棒だって担いでやる。誰に恨まれようが憎まれようが、そんなこと知ったこっちゃないわ」

 そう言って、アイゼンフィールさんは強がっているような歪んだ笑みを浮かべました。

 その言葉に彼は酷く傷付いたような、痛みを堪えるような顔で俯きました。

 彼を傷付けたのは、大切なものを守る為ならいくらでも傷付いても構わないと言い切った彼女の、自らの身を顧みない言葉だったのでしょうか?

 それとも、彼女のいう大切なものの中に自分が入っていないと感じた事だったのでしょうか?

 きっと両方なのでしょう。

 アイゼンフィールさんは彼から目をそらしてわたくし達の方を見ます。

「この馬鹿は放っておいて。そろそろ始めようか」

「いいのか? それはお前の護衛対象だろう?」

「……別にいいよ。どうせ名目上だし……本業を最優先にするわ。さっさとこんな仕事終わらせて帰ってやる……だからルキウス、さっさと出てけ」

「嫌だ」

 氷のように冷たく言い放ったアイゼンフィールさんにゲフェングニスくんは首を振ります。

 アイゼンフィールさんは大きな舌打ちをしたあと小さく、もういいわかった、と呟きました。

「お前がその気なら、無理やり追い出すまでだ」

 低く囁くような声は平坦で、感情を押し殺したような声でした。

 アイゼンフィールさんの左手の中で何かがキラリと輝きました。

 窓から差し込み光を反射して光ったそれは彼女があの時触媒にしていたキューブとは違い、透明な鉱石です。

 アイゼンフィールさんはその鉱石を地面に強く投げつけようとして。

「――は?」

 投げつけようとした左腕をゲフェングニスくんに掴まれました。

 アイゼンフィールさんはすぐにゲフェングニスくんの手を振りほどこうとしましたが、ゲフェングニスくんはアイゼンフィールさんの腕を離しませんでした。

「なんで……おまえ……!?」

「……確かに君は強いよ。とても強い。――だから本気で押さえ込んでいるんだ」

 その言葉でわたくしは気付きました。

 アイゼンフィールさんを掴んでいるゲフェングニスくんの左腕に魔術紋章が浮かんでいることに。

 おそらく身体強化――それもとんでもなく強力なものです。

「離せ……!! というか兵器を押さえつけてられるだけの身体強化なら、お前の体にとんでもない負荷が……!」

「ラディレンドルくん」

 悲鳴にも似た声をあげながら未だもがき続けるアイゼンフィールさんの腕を掴んだまま、ゲフェングニスくんはニアに視線を送ります。

「――なんだ?」

「君はリディアナがレクトールさんを連れてラズルトに行くのを阻止しようとしてるんだよね?」

「ああ」

「ならぼくと手を組まないかい?」

 そう言って穏やかに微笑んだゲフェングニスくんに、わたくしとアイゼンフィールさんは間抜けな声をあげてしまいました。

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