化物と呼ばれても
「マナ・レクトール……いいや、マナ・エアレイズ・ファナティカー妃殿下。数百年前に実在した英雄と同じ創造の力を持ち、英雄の生まれ変わりであるのではないかと言われていた亡国リェイト王国の王女。数年前、ラズルト国がリェイト王国を滅亡させた時に行方不明になって現在も消息不明。念のために確認しておくけどあんたのことで間違いないよね?」
わかりきっているであろう彼女の確認に小さく首肯を返しました。
「なら良かった。それで、どうする?」
「どうすると言われても、落ち着いて考えると証拠が何一つない状態ですし……」
「証拠ねえ……それじゃあ私が昨日使った錬金術、あれ私が1号から教わった錬金術なんだけど。あんたが確実に覚えているであろう特徴的な術を教えてくれって頼んで教わったから、見覚えはあるでしょう?」
「……ええ」
「それが一応証拠にならない? 私があんたの姉の関係者である、ね」
確かにあれはお姉様のオリジナル。
お姉様が創った錬金術の一つ。
似たような術はあるかもしれませんが……
「……確かに、媒介以外は全部同じでした」
「同じに見えてたならよかった。あれは私があんたの姉の仲間、少なくともあいつのことを知っている証拠になる?」
「ええ……ですが一つだけ質問を。お姉様はわたくしについて何か言っていましたか?」
そう問いかけるとアイゼンフィールさんはなんともいえない表情を顔に浮かべました。
「えーっと……これ嘘つくとかえって疑われるから正直にいうけど……1号は自分の妹のことをこう言っていた」
そこで一旦彼女は言葉を切りました。
彼女の顔にほんの少しの恐れと決意の色が見えました。
そして意を決した様に彼女は口を開きます。
「化物、ってね」
「――錬金術的に考えるとありえないんだよ、あんたの持ってる力。だから1号は自分の妹の事を化物だって言ってた。……錬金術師の端くれとしての意見だけど、もしもあんたが1号が言ってた通りの力を持っていたとするなら……異常な力ではあると思う」
ここに来る前、1号には耳にタコができるほどお前に気をつけろって言われたよ、とアイゼンフィールさんは付け加えました。
その答えを聞いて、眦から涙が溢れてきました。
ああ。
彼女は本当に知っているのです。
わたくしのお姉様のことを、わたくしのことを誰よりも恐れ、誰よりも疎んでいたわたくしの最愛のお姉様のことを!!
わたくしの事を化物と呼ぶのはお姉様だけです、それに、お姉様がわたくしの事をそう呼んでいた事を知っていたもの達はもうすでにこの世にはいません。
だって、みんなみんな、あの男に殺されてしまったのですすから。
「え、ちょっ……泣くなよ、泣きたくなる気はわかるけど」
「いいえ、いいえ、違うのです……」
涙が流れたのは悲しいからではありません、逆です。
だって、その言葉で、お姉様が本当に生きているのだと確信を持てたからです。
ああ、お姉様、お姉様お姉様お姉様!!
お姉様、わたくしが今助けに行きますからね!
涙を拭って、鼻を大きく啜って、一呼吸。
「アイゼンフィールさん」
「うん」
涙で歪む視界で、それでも彼女の顔をまっすぐ見据えます。
「わたくしをお姉様の元へ連れて行ってください、今すぐです」
「えっ!? も、もう少し考えたりしないの? 私がいうのもあれだけどよく考えてからものを言った方がいいと思う……」
お願いしますと頭を下げると、アイゼンフィールさんはわたくしの答えを少々意外に思ったのか狼狽えていました。
確かによく考えなくても、これはわたくしにとっては悪手なのでしょう。
わたくしがあの国に投降するということはわたくしだけでなく、事実上リェイト王国のあの国への全面降伏を意味します。
元々あの国がリェイト王国を攻めて来たのは創造の力を持つわたくしが目的だったのです。
はじめ、ラズルト国はわたくしをあの男の婚約者にしたいと交渉してきたのです。
しかし、王であるお父様はその話を蹴りました。
わたくしはリェイト国の王位第一継承者でしたし、表向きは唯一の王の子。
加えて創造の力を持つわたくしを――英雄の力を持つわたくしをリェイト国が手放すわけにはいかなかったのです。
その交渉決裂は国家間の亀裂につながりました。
そして、5年前のあの日、ラズルト国はリェイト国への侵略を開始し、お父様とお母様、そして国民達を殺し、お姉様を連れ去った。
それでもわたくしは生き延びました。
お父様やお母様、そして城の兵士達がわたくしを守り、この国へ、お父様の古い友人であるジョナサン学園長の下まで逃がしてくれたのです。
わたくしがここに逃げるまで多くの人が犠牲になりました。
なのでわたくしが進んでラズルト国に向かうということはわたくしを逃がしてくれた人々や、この国でわたくしを匿い守り続けてくれた人達、そして彼への裏切りとなるでしょう。
それでも、世界の平和もラズルト国への復讐も。
お姉様ともう一度会うことができるのであるのなら、そんなことは取るに足らない些事です。
「本当にそれでいいなら私は別に構わないけど……案外早く終わりそうで助かる。一応期限は卒業までって言われてたけど……一週間かからず終わりそう……」
四ヶ月後にまた会おう、なんて言ってたけどもう帰れそうだ、とアイゼンフィールさんは少しだけ寂しそうな顔で微笑みました
「それで、どうやってラズルト国に向かうのです?」
「……その辺はあっちに手配させる……多分週末に……列車か転送魔法のどっちかだと思うけど……今連絡す……」
アイゼンフィールさんが不自然に言葉を止めました。
どうしたのかと聞こうとするとアイゼンフィールさんは無言で首を横に振ります。
何も言わずに彼女の顔を見ていましたが、彼女は何も言いません。
どのくらいの時間が経った頃でしょうか、アイゼンフィールさんが小さく口を開きます。
「いつまでそこにいるつもり? さっさと消えろ」
アイゼンフィールさんが教室の外、廊下に向けて声をあげていたのだと気付いたのはドアが向こう側から静かに開かれた時でした。
「ニア……!?」
開かれたドアの向こうにいたのは見慣れた友人でした。
「……盗み聞きとは趣味が悪い。どこから聞いてたかは不甲斐ないことにわからないけど、とっとと失せろ」
アイゼンフィールさんがそう言って片手をしっしと振ったその時、彼女の顔色が何故かとても青ざめていることに気づきました。
今の話を聞かれてしまったからでしょうか?
いいえ、いいえ。それだけではないような気がします。
そういえば、入学式の時にもアイゼンフィールさんはニアの顔を見て同じような表情をしていたことを思い出しました。
恐怖で顔を引きつらせたような、そんな表情を。
「そう言うわけにはいかない。そいつを連れていかれたら困るからな」
ニアがそう言って教室に一歩踏み込みました。
アイゼンフィールさんは顔色を更に悪くして、一歩後ろに下がりかけました。
「……そこから聞かれてたか……私じゃなきゃ気付いたんだろうけど……仕方ない。レクトール」
「は、はい?」
突然名前を呼ばれたのでどもってしまいました。
「そいつの説得はあんたがやってよ。あんたが心の底からラズルトに行きたいって言うなら簡単でしょう?」
私、そいつとあんまり話したくない、とアイゼンフィールさんは顔を青ざめさせたまま言ってきました。
「……それは別に構いませんが……どうしてそんなに彼の事を怖がっているんです」
「怖がってなんか……! ううん、確かに怖がってるわ。だって、そいつ、あの男と同じ顔なんだもの」
「あの男……って?」
「アーノルド・アヴァルド。私にあんたを連れてこいって命令してきた張本人。ねえ、もしかしてそいつ、ラズルト国王の隠し子だったりする?」
「え……?」
同じ顔? ニアとあの男が?
思わず記憶を探りますが、そういえばあの日私はフードで隠れたあの男の顔を最後まで見ることができなかったことを思い出します。
「一昨日連絡入れた時、あの男はそいつに何か心当たりがあるみたいだったけど、結局何者なのか言わずに切りやがった……邪魔してくるかもしれないけどお前なら大丈夫だろう、とも言われたけど……相手にするのは面倒そう」
私以外の奴らがいたらなんとかなっただろうけど、私一人じゃ分が悪すぎると言いながら、彼女は一歩後ろに下がります。
「……でも、どうしようもない場合はやるしかないか……でもその前に。レクトール、さっさと説得してよ」
「……ええ。ニア、わたくしお姉様を助けに」
「駄目だ」
わたくしの言葉を遮るようにニアが口を挟んできました。
「人の話はちゃんと聞いてください!」
「最後まで聞いたところで答えは変わらん。というわけで交渉は不成立だ」
と、言いながらニアはアイゼンフィールさんに殺意を向けました。
殺意を向けられたアイゼンフィールさんは一瞬だけたじろぎましたが、直後にニアを睨みつけます。
その瞬間、彼女の纏う空気、というか雰囲気が変わりました。
――ああ、この恐ろしい気配をわたくしは知っている。
人を殺し続けた人間が人を殺す時に纏う独得の雰囲気。
「まあ、なら仕方ない――障害はなんであれ排除しろ、って命令されてるし……それに、あのクソ野郎と同じ顔の奴をぶちのめせるのなら……それはそれでちょうどいいストレス解消になる」
アイゼンフィールさんは大きな溜息を吐いたと思うと、ギラギラと目を輝かせながら口元を凄絶な笑みの形に歪ませて、触媒であるキューブを握ります。
「マナ、下がれ」
「レクトール、下がってろ。巻き込んだら面倒だ」
ニアとアイゼンフィールさんがほぼ同時にわたくしにそう言ってきました。
「待ってください!! 二人とも落ち着いて!!」
「落ち着いている」
「落ち着いてるよ」
二人して淡々とわたくしに言いますが、どちらもわたくしの方は向いていませんでした。
互いに互いの様子を探りあって、目をそらそうとしません。
「……」
「――」
二人が詠唱を始めようとしたのは同時でした。
そしてまた、それと同時に。
開いていた窓から大きな影が準備室の中に飛び込んできました。
飛び込んできたのは人でした。
多分、その人の乱入に真っ先に気付いたのはわたくしだったのではないでしょうか?
ニアもアイゼンフィールさんも互いに動向を読むことに集中していたので若干反応が遅れていたように見えます。
飛び込んできたその人影はアイゼンフィールさんとニアの間に降り立ちました。
金色の髪の人形のように顔立ちが整ったその少年はアイゼンフィールさんを背後にかばうようにニアに向き合いました。
「……っ!?」
「は!? お前どっから湧いて出てきやがった!?」
ニアは顔を小さく歪ませて若干後ろに下がり、アイゼンフィールさんはその人物に叫び声をあげました。
「そこから」
そう言って彼は窓の外を指さしました。
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