閑話2
数ヶ月前
「ねえ。あんたの妹がとんでもない奴だって話は聞いたけど、なんであのクソ野郎は1号の妹を手に入れようとしてるの?」
皿に盛られた一口サイズのシュークリームを一つつまみあげた25号は向かいで同様にシュークリームをつまんでいた1号にそう問いかけた。
「聞いてないの?」
とっくに聞いてるもんだと思っていたわ、と1号がシュークリームを口の中に放り込む。
25号も同時に自分のシュークリームを口の中に放る、中身はふわふわとした甘酸っぱいクリームだった。
「いちごだ……おいしい」
「こっちはチョコだったわ……で、本当に何も聞いてないわけ?」
「うん、ちっとも。ただそいつを連れてこい、としか。特徴も1号と同じ顔だからすぐにわかる、っていうだけだし……1号が前そいつの話をしてたから多少知ってるけど……なんで欲しがってるのかは知らない」
「……全く、あの野郎」
1号と25号は同時に溜息をついて、再び皿に手を伸ばす。
「……1号は当事者だったんでしょ? 何か知ってる?」
「当事者、って言っていいかわからないけど、知ってるかどうかと言われたら知っているわ。私の主観がだいぶ混じるけど、話した方がいいかしら?」
「うん、お願い……バナナだ……」
「わかったわ。かぼちゃね、これ」
シュークリームを食べながら会話を始めた2人に、キッチンからティーポッドを片手に現れた青年が半ば呆れたように声をかける。
「2人とも、話すか喋るかどっちかにしたらどうだい? はい、紅茶のお代わりお待ちどうさま」
青年は1号と25号と自分のカップに入れたての紅茶を注いだ。
1号と25号は青年に礼を言ったが、青年の注意を聞き入れるつもりはないらしく、シュークリームを頬張りながら会話を再開した。
その様子に青年は苦笑いをしたが、それ以上は注意する気はないらしい。
「それじゃあ、なるべく簡潔に客観的に。9号、私がおかしなことを口走り始めたら止めてくれないかしら? あれに対して私はちょっとうるさくなるから」
「……わかったよ。僕も大したことは知らないけど……おかしな点に気付いたら止めるね」
少しだけ諦めたような笑顔で9号は1号の頼みを受け入れた。
確かに1号はギリギリあの事件の当事者ではあるのだが、当事者だからこそ冷静に語れぬことがあるのだろう。
「それじゃあ、あのクソ野郎があれを狙ってる理由は簡単。あのクソ野郎はあれが持ってる創造の力を手に入れようとしているのよ」
「……創造の力、って結局なんなの? あの時1号は1を100にする力、って言ってたけど……そんな力、あるわけないじゃない」
25号がそう言うと1号は少しだけ感心したような表情を浮かべた。
「あら、覚えてたのね。あの時の25号、放心状態だったから聞こえてなかったと思ってたけど」
「……なんとなく覚えてただけ。それでどうなの? そんな力はありえないんじゃなかった? この世にあるものの総数は変わらない、故に1は1でしかなく、その数が変動することはありえない……それが錬金術、そしてこの世の理の基本中の基本だって言ってたじゃない」
「だからこそありえないのよ、あってはならないの……それなのに、それがあるから大問題なのよ」
暗い顔で1号はシュークリームを口に運んだ。
中身はカスタードだったようだ。
「たとえ分かり難くとも普通の魔術なら術を使うために術者の魔力と媒介が必要となる。だけど創造の力は違う、使用者の魔力さえあれば媒介なしで際限なくありとあらゆる物を作り上げてしまう。この世に存在するものから存在しえないものまで、使用者が望んだものをなんでもこの世に発生させる恐ろしい力よ」
「……なんでも?」
25号もシュークリームを口に運ぶ。
中身はキャラメルクリームだったようだ、ちょうどいいほろ苦さに25号の頰が少しだけ緩んだ。
これでたくさんあったシュークリームは残り一つとなった。
「ええ。なんでも作れるってことはなんでもできるということとほぼ同義よ。現在起こりえないはずのものであっても、それを引きき起こすことができるものを作ることができてしまうんだもの。だからあの男は創造の力を欲しているのよ」
「……ねえ、それってやばいんじゃないの? そんな力を……あんな男が手にいれたら」
「あら? さすがにもう理解できたみたいね? 冗談抜きで世界が滅ぶわ……あの男は多分、この世界を一度壊して自分にとって都合のいい世界を作ろうとしてるんだと思う」
その言葉に25号はひゅっと息を吸ってから、考え込んだ。
そして、おそるおそる口を開いた。
「ね、ねえ……私……世界を壊す片棒を担がされようとしてるの?」
「そうね」
否定して欲しかった言葉を否定してもらえなかった25号は少しずつ顔色が悪くなっていく。
「私……あんたの妹……ここに連れてこないほうがいい? そんな危険なやつなら……あの男が手に入れるより先に……」
25号の顔色はもう真っ青だ。
彼女は天秤にかけているのだ、世界と、自分と自分よりも大切な存在を。
25号が男の命令に逆らえば、彼女と彼女の大切な人は殺される。
男の命令に従えば、世界が滅ぶ。
きっと世間一般的に考えればどちらが重いか、答えは目に見えていた。
「そうね、私があんたの立場なら殺すわ」
一切の躊躇いも見せずに言い切った1号に25号は目を見開く。
迷い子のような泣きかけの顔になった25号に、1号は表情を変えぬまま、言葉を続けた。
「……それでもあんたにそれはできない。あんたには世界よりも大切なものがあるんでしょう? ならそれを守ることだけを考えなさい。後のことはきっと誰かがなんとかしようと頑張るでしょうから」
だからそれでいいのだとほんのすこしだけ表情を和らげた1号に、それでも25号は顔を強張らせたままだ。
「でも……」
「だからいいって言ってるでしょ。あんたはあんたが守れる範囲のものだけを気にかければいいの。それ以上のことを考えると押し潰されるわよ?」
あんただってそんなことよくわかってるでしょう、とそう言いながら1号は皿に乗っていた最後の一つのシュークリームを手に取る。
1号達は兵器だ、常日頃から望まぬ戦場に駆り出されて、殺したくない命を殺すことを強要され、力が及ばず救いたい存在を救えなかったことなんていくらでもあった。
見殺しにした命の数を意識したら押し潰される、そうして死んでしまった者もいた。
1号達はそれでも生きてきた、見殺しにした命から目をそらして、罪の意識を噛み殺しながら。
なら今回のことも同じだと1号は言った。
見殺しにする命が多いだけで、やってることは今までと一つも変わらないのだと。
ならば、その程度のことなど気にする必要はないのだと。
その理論はきっと無茶苦茶で、都合の良い言い訳ではあった。
「わかった……うん、ありがと」
それでもその言葉に幾分救われた25号はやっと表情を和らげた。
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