使者
放課後になって、指定されていた西棟の準備室へ。
部屋の中には1人だけ、もうすでにその中にいました。
ある程度予想はついていたので、その人物に驚きはありませんでした。
「――アイゼンフィールさん」
机の上に行儀悪く座っていたアイゼンフィールさんは、机から降りてわたくしに向き合います。
意志と警戒心の強い鉄色の目が、私を射抜く様に見ています。
わたくしもその目を見返して、口を開きます。
「――この手紙、あなたですね」
紙切れを突きつけると、彼女は首肯しました。
「本当に、同じ顔ね。聞いてはいたけど驚いた」
アイゼンフィールさんは小さく溜息を吐きながらそう言いました。
同じ顔、確かにお姉様とわたくしの顔はよく似ています。
「あなたはいったい何者です? 何故お姉様のことを知って……と言うかお姉様は生きているのですか?」
「とりあえず、順を追って説明する」
わたくしの追求の言葉を遮る様に、アイゼンフィールさんは鋭い刃物の様な口調で言いました。
「……あんたの姉は生きてるよ、ピンピンしてる。私は……簡単に言ってしまえばあんたの姉の同僚で、兵器だ」
「お姉様の同僚……? 兵器……? には見えないのですが」
アイゼンフィールさんはいたって普通の人間に見えました。
兵器という様な異常は特に何も……
「兵器って言っていうか、改造人間って呼んだ方がまだわかりやすいかもね」
それでもそう呼ばれないのは、奴等が私達を人間ではなく兵器としてしか使う気がないから、とアイゼンフィールさんは淡々とした声で続けました。
「ラズルト国って知ってるよね? あの国ではほんの少し前まで……いや、今も人間を兵器に造り替える実験が行われている」
「人を……造り替える……?」
あの国ではありえそうな話でした。
戦争に勝つことしか考えていない様なあの国では、そのくらいのことはやっていそうです。
「人を造り替えて兵器とするから人造兵器、私はそう呼ばれている存在の最後の兵器、通称は25号、最近では本名よりもこっちで呼ばれる方がなじんでる……中を色々いじられてるんだ、魔力回路を無理やり書き換えたり書き加えたりして、色々強化されてる」
「待ってください、そんなことをしたら」
「そ、普通は死ぬ」
より強力な魔術を使用するために、人の魔力の源である魔力回路を書き換える、または書き足す、と言った実験は古来より行われてきました。
しかし、それらはすべて失敗しているはずです。
なぜなら魔力回路は命の、魂の形そのもの、魂の形が歪めば、人は生きてはいられないのです。
魔力回路を書き換えようとした人たちは皆地獄のような苦しみと痛みに泣き叫びながら死んでいったという話を聞いたことがあります。
「だけどあの男は、魔力回路を歪めてもその被験体が死なない術を作ってしまった……適合できるのはほんの一握りだったけど……それで、あんたの姉は最初に造られた兵器で、通称1号と呼ばれている」
「……なんですって?」
お姉様がそんな恐ろしい目に……?
そんな恐ろしい所業をいったい誰が……
「実験の首謀者はあの国の次期王、現第一王子」
その首謀者の肩書きに息を呑みます。
ラズルト国、と彼女が言っていた時点で既に予測はできていましたが。
「あの男が、お姉様を……?」
あの日、お姉様を殺したとわたくしに言って、動揺して泣き叫んでいたわたくしを嘲笑ったのはあの男です。
――ああ、今思い出してもなんて嫌な声でしょうか。
「あんたの姉とか私以外にもいっぱい。結構いっぱいいたんだけど、だいたいが兵器にされた時点で即死。兵器としてまともに稼働できたのは7機だけ、うち4機はもう死んでる。生きてるのは私とあんたの姉ともう1人」
指を三本立ててアイゼンフィールさんは大きく溜息をつきました。
「……説明はこのくらいにして、本題に入ろうか。私がこの学園に入学した名目上の理由はとある要人の護衛なんだけど、実際は違う。私に与えられた仕事はこの学園に入学するであろうあんたをラズルト国の次期王のもとまで連行すること」
本当に1号と全く同じ顔だったから探す苦労がなくて助かった、とアイゼンフィールさんは小さくこぼしました。
「というわけで。あんたは自分の姉に会いたい? あのクソ野郎はあんたがおとなしくあの国に投降するのなら、あんたを姉に会わせるって言っていたけど」
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