オリエンテーション

 顔合わせだけだった入学式とは違い、その翌日である今日は生徒同士で簡単に自己紹介と軽い魔術の演習を行うことになりました。

 自己紹介の時になってようやく昨日のお姉様に似た女の子の名前を知ることができました。

 リディアナ・アイゼンフィールさん、素敵なお名前です。

 錬金術が使えるというお姉様との共通点も知ることができました。

 お姉様に雰囲気が似ている方が天才錬金術師であったお姉様と同様に錬金術を修めていることに少しだけ運命を感じました。

 これはもう仲良くなるほかないのでは、とさえ思います。

 そういえば、昨日のニアのそっくりさんを知っているらしいあの少年の名前はルキウス・ゲフェングニスさんというようです。

 得意な魔法は身体強化と闇魔法とのこと、闇魔法の使い手だということも意外過ぎる気がしましたが、身体強化系も得意ということも意外といえば意外です。

 ああ見えて意外と肉体派なのかもしれませんね。

 自己紹介が終わった後、校庭にて魔術の演習が行われました。

 と言っても簡単なものです、得意な魔法を一回だけ使うだけ。

 これもまた自己紹介を兼ねているのでしょう、それから教師の方がどの生徒がどんな魔術をどれだけ使えるのかを把握するためのものでもあるそうです。

 わたくしは魔力を封印している今でも楽に使える初級の風の魔術を使いました。

 お姉様の様に錬金術が使えれば良いのですが……残念なことに錬金術は複雑すぎてお馬鹿な私にはちっとも理解できないのです。

 ニアはいろんな属性を複合させた魔術を使用してました、その精度の高さにクラスメイトだけでなく教師も驚いていましたが、本気を出した彼の本来の実力がこんなものではないと知った時、彼等は一体どんな反応をするのでしょうか。

 演習も終わりに近づいて、アイゼンフィールさんの順番が回ってきました。

 錬金術が得意だという彼女に期待の目を向けます。

 アイゼンフィールさんは懐から小さな金属、キューブ状のそれを取り出し、軽く握りしめました。

「――芽吹けスプラウト

 錬金術を使うための呪文、呼び水的なその呪文を耳にした時、全身が震えました。

 錬金術に限らず、魔術には魔法を使うための儀式を行う必要があります。

 それは詠唱だったり魔法陣を描くことだったり、使う魔術によっても魔術を使う人にとっても様々です。

 特にそれが顕著なのが、魔術を発動するための初手詠唱です。

 これは魔術を発動するために魔術の使用者本人や媒介の魔力回路を開くためのものです。

 たとえ全く違う効果の魔法であってもこの初手詠唱を同じものにしている人も多いです。

 わたくしの場合もほとんど全部、始める(スタート)でまとめています。

 アイゼンフィールさんの場合、その初手詠唱は『芽吹け』になるようです。

 ――お姉様と同様に。

 もともと植物専門で、後から鉱石系も学び始めたお姉様の初手詠唱が『芽吹け』になったことはほぼ必然でしょう。

 ですが、彼女が握っているのはどう見ても金属でした、それなのに、なんで。

 もし彼女が握っているのが植物の種子であったのならただの偶然で済ませることができました。

 ……お姉様同様に、植物系も扱っているのでしょうか?

 でも、そんな偶然……

 アイゼンフィールさんは腕を曲げて媒介である小さな金属を握りしめた右拳を、顔の左側に寄せてボソボソと短い詠唱を続けました。

 そして、その状態から曲げていた腕を勢いよく伸ばし、その反動で握っていた金属を投げつけます。

 それは、見覚えのある動作でした。

「――飛び散り、穿て。鳳仙花」

 ――え?

 アイゼンフィールさんのその詠唱の直後、投げられた金属が空中で勢いよく分裂して、爆散する様に宙に散らばります。

 その様子は文字通り鳳仙花の様に。

 わたくしだけでなく、その場にいた全員があっけにとられていました。

 だって、あまりにも殺傷力の高いものだったから。

 あの術を何の防御もしていない人間が食らったら、一瞬で穴だらけになるでしょう。

 勢いよく飛び散った金属片がバラバラと地面に落ちます。

 アイゼンフィールさんが小声で何かを呟くと、地面に落ちた金属片が彼女の手元に吸い込まれる様に集まりました。

 集まった金属片をアイゼンフィールさんは一度、ぎゅっと強く握ります。

「これで、おしまい」

 そして、開かれた彼女の右手には、元のキューブ状の形に戻った金属が。

 それを懐にしまって、彼女は後ろに下がりました。

 その時に、彼女と目が合いました。

 何かを訴える様な目つきでした。

 だけど、視線があったのはほんの一瞬だけで、彼女はすぐに視線を逸らしてしまいました。

 わたくしは、何もできずに何も言えずに突っ立っているだけでした。

 なぜなら、彼女が使った魔術、いえ錬金術はお姉様と全く同じものだったのです。

 あの錬金術師は、鳳仙花は、確かお姉様のオリジナルだったはずです。

 お姉さまが考えた魔法でした、あれを見たことがあるのはわたくしと、お父様とお母様と、あの人だけであるはずなのに。

 ああ、それなのに。

 使用している媒介が異なるだけで、初手詠唱も、その後の術式の展開も、媒介を投げる動作ですら。

 偶然で済ませることができないくらい、全く同じでした。

 その日の放課後、寮室に戻るとポストの中に一枚の紙切れが入っていました。

 そこに記されていた文章を見て、全身の血が凍りつく様な錯覚を感じました。

『かつて世界を滅ぼそうとした悪魔と同じ色を持つ女に会いたければ、明日の放課後に1人で西棟4階の準備室まで』

 悪魔と同じ色を持つ女。

 その特徴を持っていた人をわたくしはお姉様以外に知りしません。

 だけど、どうして。

 どうして、どうして、どうして、どうして。

 一体誰が、どうしてこんなものを、だってお姉様は。

 その見た目から迫害を恐れたお父様とお母様に、国に存在を隠されていたのに。

 お姉様を知る人間はほんの一握り、お父様とお母様、わたくしと、あの女と、ほんの少しの使用人達だけ。

 その人達も、ほとんど全員殺されてしまったから、お姉様の存在を知っている人なんて……

 それにお姉様もその時に……

 いいえ、いいえ、本当に?

 この手紙には、会いたければと確かに書いてあります。

 死者にはもう二度と会えません。

 あの男はお姉様を殺したと言いました。

 だけど、わたくしはお姉様の亡骸を確認したわけではありません。

 ……もしも、あの男のあの発言が全くの嘘であるなら、もしかしてお姉様は。

 いいえ、いいえ、早とちりで期待はしないほうがいいでしょう。

 ……きっとこれは、罠である可能性が高いのでしょう。

 それでもわたくしは、明日の放課後に西棟に向かわねばなりません。

 そこに誰がいても、何をされても、殺されても、殺してくれと懇願するようなひどい目にあわされるとしても。

 愛しいお姉様に繋がる何かがあるのなら、わたくしが行かぬ道理はないのです。

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