閑話1
名目上、とある少年の護衛としてこの学園に入学した少女は、廊下をつかつかと早足で歩いていた。
どういうことだこんちきしょうと小さくつぶやきながら不機嫌そうな、切羽詰まったような表情で歩き続ける少女の耳に、聴き慣れた少年の声が聞こえてくる。
「待ってよリディアナ!」
背後から追いかけてきたのは少女の名目上の護衛対象である少年だった。
金髪の人形のように美しい少年だ。
少女はこの少年に初めて出会った時に天使に遭遇してしまったと慄いたが、出会いから数年たった今ではすっかり見慣れてしまった顔なので、何も感じることはないらしい。
「うっさい、ついてくんな」
針を刺すようなつっけんどんな声でそう言って、少女はさらに足を早める。
しかしそんな少女の態度を少年は全く気にせず、自分もまた足を早めて少女の横に並んだ。
「相変わらず君はつれないな……ねえ、君も見ただろう? クラスの人に……」
言葉を続けようとする少年だったが、突如少女が足を止めたので声を途切れさせる。
急に止まれなかった少年は数歩分少女の先に進んでしまったため、慌てて引き返した。
「ルキウス」
氷のような声で少年の名を呼んだ少女はそのまま冷ややかな声色で続けた。
「入学前に言ったことをもう忘れたの? ここでは私に関わるなって何度も釘を刺したはずなんだけど」
「言われたよ? はいと答えた覚えはないけど」
飄々と返した少年に、少女はビキリと額に青筋を立てる。
「ああ、そういえば頑なにお前ははいとは言わなかったな……じゃあもういい、私が徹底的に避ければいいだけの話だ」
と、少女は懐から小さな鉱石を取り出し、勢いよく床に投げつける。
「え、ちょっと待ってよリディアナ!」
床に叩きつけられた鉱石が甲高い音を立てて砕けると同時に少女の姿がかき消える。
少女が床に投げつけたのは転送魔法陣が組み込まれた魔鉱石だった。
砕くことで一度だけ使用者を任意の場所に転送することのできる代物で、購入しようと思えば高価になるが、錬金術師である彼女なら製作は容易なのだろう。
でなければ少年から逃げるためだけに使ったりはしないだろう。
少年は少女が消えてしまった場所をぼんやりと見つめていたが、少ししてあからさまに落ち込んだ様子で肩を落として歩き始めた。
一方、自分の寮室に転移した少女は普段の癖でこの場に誰もいないことを確認した後、通信機を手に取った。
一つだけ登録されている連絡先に繋ぐ。
相手は数秒で出た。
『どうした25号、やけに連絡が早いじゃないか?』
蔑むような笑いを含んだ声でそう言ってきた通話先の青年に、少女は押し殺した声で低く告げる。
「おい、どういうことだクソ上司……!! 同じクラスにお前と同じ顔の奴がいるんだけど……!」
ほほう、という通話先の青年の返しに少女は苛立ちを隠さずにさらに詰め寄るように口を開く。
「聞いてないんだけど! どういうこと!!」
『どういうことかと言われても私は知らん。だがそうか……そこにいるか……面白くなってきたなあ』
どこか楽しそうな声色で嘯く青年に頭の血が登った少女は怒鳴りかけたが、青年に名を呼ばれて押し黙った。
『25号、その私と同じ顔の奴は基本的に気にするな。お前は役目を果たすことだけに集中しろ……邪魔をしてくるかもしれんがなあ? お前なら平気だろう』
そう言って青年は通話を切った。
「切りやがったあの野郎……!!」
もう一度通話し直すか迷ったが、どうせ出ないだろう。
だから少女は通信機をしまって大きなため息をついた。
ため息をついた後少女はふと周囲を見渡した。
寮室の中はがらんとしていた。
金と土地を余らせたこの学園の寮は基本一人一部屋となっている。
つい最近まで一部屋に複数人で生活してきた少女にとってそれは新鮮なことだったが、あまり嬉しい事ではないらしい。
「……9号のご飯食べたい」
少女は自分の同僚であるどこかうだつのあがらない青年の顔を思い浮かべるが、少女はその青年の料理を食べられるまで最長でも後四ヶ月もあることを再認識して項垂れた。
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