入学式

 今日は入学式です。

 幸いなことに、なんとか入学試験をギリギリ合格できたわたくしはジェンヌ学園の大きな校門の前に立っていました。

 この門の前にたどり着く前に思えば色々ありました。

 親愛なるお姉様と違って馬鹿なわたくしはまず勉強で躓いてしまったのです。

 複雑なことを考えるとショートし始めるわたくしの頭に誰よりも悩んでいたのは、わたくしではなくわたくしの勉強を見てくれたジェニー先生だったと思います。

 何を教えても理解できない、理解できてもすぐに忘れるわたくしの馬鹿な頭にだいぶ参っていたらしいです。

 それでも根気よく5年近く年月の間、匙を投げなかったのは教育者としてのプライドだとぼやいていましたっけ。

 そのプライドがなければ3日で匙を投げていただろうともいっていました。

 そういえば、3日で匙を投げるようなことを5年近く続けられたジェニー先生は教育者の鑑だろうとジョナサン学園長が褒めていましたね。

 あとわたくしのこともすごいといっていた、どんな問題児であっても根気よく付き合うジェニー先生に3日で匙を投げたくなったと言われる子供がいるなんて、と。

 悪い意味ですごいという意味なので、全然褒められてはない。

 わたくしはそのくらい頭が悪いのに、それでもなんとかこの学園に進学することができました。

 本当に良かった、浪人にならなくて良かった……!

 校門の前で1人感極まっている間に、新品の制服を身に纏った入学生たちがどんどん門の中に入っていきます。

 数人に怪訝そうな顔で見られていた気がしますが、あまり気になりませんでした。

「うふふ、あはは」

 校門と、自分が着ている真新しい制服を見て、自然と笑い声が溢れてきます。

 だって嬉しかったのです、自分が今日という素晴らしい日にここに立っているということが。

 ――ああ、天国のお姉様、わたくしはとうとうこの場にたどり着きました!!

 わたくしはここで大いに学び、強くなってお姉様の仇を取ることを、この世界を平和に導くことをここに誓います。

 だから、どうか優しく見守っていてください、マナはきっと、いいえ、必ずやり遂げてご覧にみせますから。

「おい、そこの万年赤点女。そんなところで突っ立って何してる」

 背後から聞こえてきた、半ば呆れたような声に振り返ると、中学の頃からの同級生であり、わたくしの半身といっていい存在であるイーニアスが立っていました。

「ニア、その呼び名はやめてください。わたくしはもう万年赤点女ではないのです」

 万年赤点女のままならわたくしは今この場にいません、訂正してくださいと詰め寄ります。

「わかったわかった。万年桃点女に変えてやるよ」

「どうして桃点なんです」

「ギリギリ赤点ではないから」

「なんですって」

 それじゃ大して変わらないじゃないですか。

「嘘ではないだろう? それにしてもまあ、よくもあんな目も当てられないような成績で入学試験に合格できたな? 俺らの同学年はそれほど馬鹿が多いのか……少し不安になってきたぞ」

「流石に馬鹿にしすぎじゃないですか!?」

「馬鹿を馬鹿にして何が悪い。はあ……時々自分の正気を疑いたくなる……この俺に向かって共に世界を救えと無茶苦茶なことを言ってきた女がまた万年赤点女に返り咲いたら、あの話にうっかり乗ってしまった自分のことが本当に情けなくなるから、それだけはやめてくれよ」

「ご安心を。もう二度と赤点なんてとりませんから」

「……わかった。……と、いい加減に向かったほうがいいな。入学早々遅刻はごめんだ」

 そう言ってスタスタと歩き出した彼の言葉に周囲を見渡すと、確かにもう人通りはまばらになっていました。

 腕時計を見ると、入学式が始まるまであと3分ほどしかありません。

「あっ! 急ぎましょう!」

 慌てて彼の横に駆け寄って、並んで早足で入学式が行われるホールに向かいました。

 入学式にはギリギリ間に合いました。

 特に並び順に指定はなさそうなので、適当な椅子に座りました。

 わたくしと同じく、どこか落ち着きのない浮ついた様子の方もいますが、どっしりと構えている方も少なくありません。

 席を探してキョロキョロと辺りを見渡している途中、わたくし達よりも少し遅れてやってきた少年が、私の顔かニアの顔を見て勢いよく振り返りました。

「えっ!?」

 ふわふわした金髪に翡翠色の目の少年でした。

 なんだかとても綺麗な少年です、道を歩けば多くの人が振り返るような、名だたる職人が一生を費やして作り上げた人形のような。

 そんな少年がこちらを見て、その宝石のような瞳を目一杯に開いています。

「なんでしょうか?」

 声をかけると、少年はさらに慌てた様子でニアを指差しました。

「えっ、だって……あ……ごめん、よく見たら別人だった……」

「……なんだ人違いか……どれだけ驚いても人を指差すな」

「ごめん……ここには絶対にいるはずのない身内にすごくよく似ていたから」

 少年はヘコヘコと謝りつつニアの隣に座りました。

「……まあ、いい」

 ニアはまだ不満げでしたが、それ以上追求することはありませんでした。

 その時になって視線を感じました。

 前の方に座っていた女の子がこちらの様子をやかましく思ったのか、振り返ってこちらを見ていました。

 鉄色の髪に鉄色の瞳の女の子です。

 冷ややかな視線がどことなくお姉様に似ていると思いました。

 というか、目つき以外も。

 目つき以外はどこがどう似ているのか説明しにくいですが、強いていうのなら周囲を警戒して決して心を開かない猫のような雰囲気が似ていました。

 だから少しだけ仲良くなりたいと思いました。

 ですがその女の子はわたくしの顔をちらりと一瞥した後、隣のニアに視線を向けた後顔を真っ青にして、勢いよく前を向いてしまいました。

 声をかけてみようと思ったのに残念です。

「おい、そろそろ始まるぞ」

「あっ、はい」

 私が女の子に気を取られているうちに式の準備は整っていたらしく、直後に式は始まりました。

 入学式が終わった後は割り振られたクラスの教室に向かい、教師から軽い挨拶があった後、解散になりました。

 ニアと同じクラスなのでいろんな意味で心強いです。

 お姉様に似ている鉄色の髪の女の子も同じクラスなので嬉しかったです、仲良くなれるといいな。

 そういえば、あの人形に似た金髪の少年も同じクラスでした。

 解散になった後、教室にはその場に残って互いに自己紹介しあっている方達もいますが、すでに帰ってしまった方もちらほら。

 鉄色の髪の女の子も真っ先に教室を出て行ってしまったので話しかけられませんでした。

 そして、その鉄色の髪の女の子を追いかけるかのように先程の金髪の少年も慌ただしく教室を出て行きましたがお知り合いだったのでしょうか?

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