世界の厄災と救世主
朝霧
亡国の姫
四年前
殺してやる、そう言ってその少女の首を両手で締め上げた。
少女は苦しげに呻く、だがその程度の苦しみでは、自分が受けた苦しみには値しない。
何もしなかった、誰に危害を加えたわけでもなかった、ただ平和に生きていただけだった。
それなのに、この少女は、正確に言うとこの少女を王女として据えていたあの国は自分の村を完膚なきまでに破壊した。
自分がかつて世界を滅ぼしかけたとある男と同じ色を持っていたから、という理由だけで。
人が焼きただれる瞬間を見た、村で一番幼かった自分とその家族を必死に逃がそうとする隣人達が無様につぶされる瞬間を見た。
そうして、両親とともに何とか逃げ延びて、逃げて、逃げて、逃げて。
力と知識を身に着け、自らの手を汚し続け、自分を守り続けた両親は無理を続けてボロボロになった身体に呻きながらあっけなく死んだ。
いったいなぜこんな目に合わなければならないのだろうか、自分達は、自分は何もしていないというのに。
両親が死んだその時、自分の村を殺したその国への憎悪は膨れ上がっていた。
殺してやる、完膚なきまでに壊してやる、この俺が、あの国のすべてを殺す。
――しかし、自分がそう復讐心を固めたその時には時すでに遅し。
その国は、別の国との戦争にあっけなく負けて滅んでいた。
ざまあないとほくそ笑んだのはほんの数秒で、すぐに敵すら失い、この復讐心を慰めるものがなくなってしまった事に気付いて歯噛みした。
その後はしばらく無気力に世界を漂うように放浪して、その過程でとある噂話を耳にした。
曰く、戦争のきっかけ、あの国が滅ぶ元凶であるあの国の王女がどこかに生き延びていると。
元々は滅んだその国の住民であったらしい男は語った。
王女様さえ無事なら、いずれわが王国は元の姿を取り戻す、と。
それを耳にした瞬間、天啓に導かれたかのように視界が開けた。
ならば、その王女を殺せばいい。
そうすればあの国の希望は絶たれる、自分で滅ぼすことはかなわなかったが、あの国に対する復讐としてはそこそこのものになるだろう。
所詮は死体蹴りだ、それでもやらないよりはましだった。
そう決めた後は迅速に行動した、噂話を集め、様々な方法を使いあの国の王女の行方を探った。
そうしてようやく見つけた王女の首を、自分は今まさに握っている。
もう少し力を込めれば死ぬだろう。
だがそこで思った。
こんなに簡単に殺してしまっていいのだろうか。
――どうせならより無残に、おぞましく。
そう思って地面に叩きつけるように王女の身体投げ捨てた。
そして胸を片足で踏みつけ、身動きが取れないようにする。
さあ、どうやって殺してやろうか。
まずは顔を焼こう、少しずつ少しずつ丁寧に丁寧に。
それからどうするかと思ったところで、王女が掠れた声を上げる。
「……わたくしは……まだ、死ぬわけには……お姉様の、仇、を……」
「お姉様……?」
何を言っているのだろうかと思った。
あの国の王女は一人きり、目の前にいるこの女だけだ。
姉がいる、もしくは姉がいたという話は聞いたことがない。
だがどうでもいい。
仇を取ろうとしているということはもうすでに死んでいるのだろう。
なら、問題はない。
「……あなたは、なぜ、わたくしを…………?」
「お前の国に恨みを持っているだけだ。本当は1からあの国を滅ぼしたかったが、あの国はもう滅んだ。だからあの国にとって最後の希望であるらしいお前を殺すのさ」
「1から……?」
「ああ、どうせなら平穏無事にのうのうとしているところをどん底に落としてやりたかったが……滅んでいるのなら仕方ないとお前を殺すだけで妥協した……本当は妥協などしたくなかったが、ないものを壊すことはできないからな」
これだけでは恨みは晴れないだろうがやらないよりましだし、妥協できないほど子供ではない。
「……なら、それなら……手伝ってください」
「は?」
何を言っているのだこの女は。
何を手伝えと言う? そもそも自分が手伝うとでも?
「わたくしは……お姉様と、お父様とお母様を殺したあの男を倒さねばなりません。そして、わたくしには国を復興させる義務があります」
「……それはそうだが、それを俺に手伝えと言うのか? お前は馬鹿なのか?」
「ええ、大馬鹿ですよ……わたくしは……お姉様の仇を取れればそれでいい……国の復興は二の次です……お姉様の存在を許さなかったあの国にはあまり未練はありません……ですので」
王女はそこで言葉を切る。
顔色が青い、唇が震えている。
それでもそれはわずかな時間で、王女は小さく口を開いた。
「ですので……わたくしが国を復興させた後、国を滅ぼす権利をあなたに差し上げます」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
意味がわかったところで理解に苦しんだ。
この女は一体何を言っている?
「……なにを言っている?」
自分の声が掠れていた。
それはあまりにも理解しがたいものだったからだ、正気の沙汰ではないからだ。
「……わたくしはお姉様の仇さえ取れればそこで死んでもいいのです。ですがわたくしはあの国の王族の唯一の生き残りであり、お姉様は存在を隠されていた。だからわたくしはあの男を倒すために、表向きは国を復興するために動かねばなりません。そうやって、協力者を得てきました」
「…………」
「しかし、わたくしは本当は国のことなどどうでもいいのです。どうなろうと構いません。ですので……復興したその後にまた滅んでも構いません。ここであなたに殺され、お姉様の仇を討つ事ができないことに比べれば千倍ましです」
「……正気、か?」
「ええ、正気です」
正気とは言うが流石にその声は少しだけ震えていた。
それでも本気でそう言っているのはその眼光の強さと瞳にうつる狂気から見てとれた。
狂っている、そう思った。
この女は頭がおかしい、とも。
ただ自分の生を伸ばすためのハッタリだったのならここまで呆気にとられることはなかっただろう、むしろ即座に殺していた。
だが、この女は本気で言っているのだ。
いつの間にか喉が震えた、喧しい笑い声が聞こえてきたと思ったらそれは自分のものだった。
狂っている、狂っている、狂っている!!
声が枯れかけるまで俺は笑った。
「いいだろう、協力してやる。ほんの束の間、お前に付き合って救世主の真似事をしてやろう」
そう言った声は思いの外、掠れていた。
笑いすぎたのだろう。
思えば村を殺された後にあんなに笑ったのははじめてだった。
女の顔が少しだけ歪んだ、驚きとおそらく後悔によって。
「いいのですか?」
「ああ、いいだろう。その方が俺の気が晴れそうだ――あの国が復興した後、希望で満ち溢れたあの国を完膚なきまでに叩き潰して、最後にお前の首を刎ね飛ばしてやる」
それを想像するとあまりにも滑稽で、あまりにも清々しかったからまた笑いが込み上げてくる。
「俺が気を変えることを期待するのはやめておけ。多少は許すが目に余るようだったら即座にその首を刎ね飛ばすぞ? 逃げようとした時も同じだ」
「ええ、ええ……それで構いません」
女を踏みつけていた足をどかすと女はゆっくりと起き上がった。
「ほんの束の間、わたくしが復讐を終え、あなたが復讐を始めるまで……共にあの男を倒し、あの国を……世界を救いましょう」
硬い表情でそう言う女に自分は無言で頷いた。
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