リベンジ・ダーク

「うぎゃぁぁあああああああああ! こっちこないでぇぇええええええ!」


 相変わらず、頓狂とんきょうな悲鳴を上げていることに定評のあるレアです。

 その姿は、久しぶりのヒツジモード。

 そして、悲鳴の原因はその背後にありました。

 これでもかと大量の【シャドウハイディンガー】を引き連れて、レアは全力疾走していました。


 時はさかのぼること、十五分前。

 受注制限が解除されてすぐに、レアは【闇に潜む者(初級)】を再受注しました。

 闇の回廊へと転送されたレアは、


「うーん。頼みの綱の【光針】が七回しか使えないのは不便だけど、途中に出現するモンスター全部無視しちゃえばいいよね! 私、頭いいかも!」


 そんなことを言って、その場で思いついた作戦を実行へ移しました。

 そして——、こうなりました。

 背中を見せた途端、やけに攻撃的になった【シャドウハイディンガー】。

 凄まじい勢いで追いかけてくるので、レアは少しでも足回りの良いヒツジ状態で必死に逃げていました。

 前回は道中に四体しか出現しなかったはずなのですが、なぜか総勢十体を超える群れを成して襲ってきます。

 牧羊犬がヒツジの群れを追いかけるのはよく見られる牧歌的な光景ですが、ヒツジがモンスターの大群に追われる光景はなんとも物珍しいものです。


「たすけてパパ!」


 ボス部屋に駆け込み、何故かボスモンスターに助けを求める始末。

 もちろん、助けてくれるわけもなく、そもそもがノンアクティブエネミーの影なる剣士は微動だにしません。

 しかし、レアとて無計画にこんな暴挙に走ったわけではありません。

 この手のダンジョンでは、ボス部屋には〝不可視の仕切り〟があり、道中の敵が侵入できない仕様になっている場合が多いのです。

 つまり、ここまで来れば他の敵も——、

 一縷いちるの望みに賭けてレアは振り返りました。


「…………」


 全員出席でした。


「なんでぇぇえええええ⁉」


 無情にも【シャドウハイディンガー】はボス部屋まで雪崩なだれこんできました。

 とにかく、ヒツジのままでは戦うことさえままならないので、解除。

 そして、



〈———スキル、【光針】発動———〉



 半ば自棄やけになってレアが発動したスキルは、絶妙なコントロールで命中しました。 ……【影なる剣士】に。


「あ、やべ」


 そこにあったのは、十数体の【シャドウハイディンガー】と【影なる剣士】によって、ソロの【信徒】が追い回される、阿鼻あび叫喚きょうかんの地獄絵図。

 不幸中の幸いだったのは、【光針】が高威力且つ、貫通属性が付いていたことでしょうか。

 【影なる剣士】を貫いた一閃は、そのままの勢いで奥にいた【シャドウハイディンガー】三体を巻き込み、内二体はそのまま死亡しました。

 ——さて、問題はここからです。

 レアはこの絶望を体現したような空間で、リキャストタイムの十秒を耐えないといけないのです。

 殺意を剥き出しにしたモンスターの群れを、限られた空間で捌ききれるのは、〈AGI敏捷性〉極振りの回避特化プレイヤーくらいというもの。

 なかば自らの死を悟ったレアですが——、


「……?」


 なぜか、レアが攻勢に転じてからというものの、つい先ほどまで果敢かかんにレアを追い回していた【シャドウハイディンガー】の獰猛どうもうさが成りを潜め、最初に出会った時のように、一定の距離感を保ちつつ、ゆらゆらと動くばかりに戻っているのです。

 それはあざけるようにも見えましたが、今はむしろ、何かを警戒しているようでもあって——、


「あれ? もしかして——、コレカナ?」


 じゃーん!

 と、秘密道具でも出すかのようにレアは手にしていた【粗製の十字架】をかかげました。すると、【影なる剣士】を含めた敵の群れは、突然ぴたりと止まって急停止。レアへの接近を中止したのです。

 そういえば前回とは違い、今回レアは道中の敵をスルーすると決めてから、この〝聖触媒〟を閉まって移動していました。

 スキルの使用に必要なものですし、走り抜けるだけなら邪魔なので。

 その結果、【シャドウハイディンガー】が異常なまでに攻撃的になったというわけです。

 これはもう、確実にレア本人ではなく、レアが持っている【粗製の十字架】を恐れているのでしょう。


「ふっふっふっ……。そんなにこれが怖いかねー?」


 偶然ぐうぜんにも、敵の明確な弱点を発見したレアは満面の笑み。

 そこから奮闘すること少しの時間——、 


「よしよし、なんとか倒せたね」


 ちょうど【光針】のスキルストックを全て使い切ったところで、レアは【影なる剣士】を討伐とうばつすることに成功しました。

 途中何度か外してしまいましたが、温存していたこともあって、〝弾切れ〟になる前にHPを削り切れました。

 仮にクエスト終了のトリガーがボスエネミーである【影なる剣士】の討伐ではなく、〝戦闘状態にある全ての敵を全滅させること〟だった場合、かなり厳しい戦いを強いられたことでしょう。

 実際に、まだ数体の【シャドウハイディンガー】が残っていましたし。


「ふぅ……」


 仮想現実内では基本的にスタミナや肉体的疲労という概念はありませんが、張り詰めた空気から解放されたレアはぽてんと地面に座り込みました。

 ちょうどその時、大広間の中央にポータルと宝箱が出現しました。

 負けたら強制転送なのに、クリアしたらご丁寧にポータルから転送させてくれる、親切なのか、そうではないのか、ちょっとよく分からない仕様です。 

 なんだかんだと大量の【シャドウハイディンガー】も倒したので、レアに経験値がもりもりと入ってきました。

  いくら強敵と戦ったとはいえ、ここまでザクザクとレベルが上がるのは序盤ならではの爽快感があります。

 MMORPGとは、往々おうおうにして後半になると、死ぬほどレベルが上がらないゲームシステムなので。

 一休みを終えたレアは、


「ミミックかな? ミミックかな?」


 軽い足取りで宝箱へと接近していきました。

 RPGの世界では有名なミミック、通称〝人喰い宝箱〟に頭を丸齧まるかじりにされた経験から、自戒を込めて常に宝箱を警戒するレアですが、


「おーぷん! きゃー!」


 口に出すだけで、特に何の対策も取らずに開けました。

 

入手アイテム

【名も無き首輪(要鑑定)】(初回突破者ボーナス)

【名も無き指輪(要鑑定)】

【闇の破片(小)】×2


入手スキル

【トリガーアンハッピー】(初回突破者ボーナス)

【孤立無援】【四面楚歌】


詳細

【名も無き首輪】

分類:装飾品

効果:『未鑑定状態』


【名も無き指輪】

分類:装飾品

効果:『未鑑定状態』


【闇の破片】

分類:イベントアイテム

レア度:エクストラ

使用方法:シーズナルNPCとのアイテムトレード


【トリガーアンハッピー】

分類:パッシブスキル

効果:(使用者のレベル×5)-〈LUK〉の値だけ〈INT〉と〈FAI〉が上昇。上昇値30につき補正が掛かる対象となるスキルのリキャストタイムを1秒短縮。


【孤立無援】

分類:パッシブスキル

効果:パーティーを組んでいない場合、インスタンスダンジョン及びレイド内でのみ〈STR〉〈INT〉〈DEX〉〈FAI〉の中で最大値のステータスが倍になる。

取得条件:適正レベルを大幅上回るインスタンスダンジョンを単独で突破


【四面楚歌】

分類:パッシブスキル

効果:敵対状態の相手が2体以上になった時、HPとMPを除いた上位2ステータスがn倍になる。※n=1+(敵対モンスター数)×0.2。上限1.8倍。

取得条件:自分のレベルを大幅に上回るMobモンスター10体以上に囲まれた状態でインスタンスダンジョン、もしくはレイドをクリアする


「大盤振る舞い! カニシュウマイの次に好きー!」


 レアは喜びました。

 なんかよく分からないけど、いっぱいもらった!

 しかし、理解しなければ、何も使いこなせないのもまた事実です。

 レアは少しだけ考えて、


「さてと……、そろそろ、相談くらいしてもいいよね……」


 開いたのは、フレンドリスト。

 登録されているのは先ほど【闇の回廊】に潜入する前に友人登録をしたサツキのみですが、名前の文字は暗くなっていました。

 ログアウトした——、つまりは〝この世界では留守ですよ〟という証。


「サツキはログアウトしたのかな。じゃあ三択だね……」


 サツキのレベルが別れた数時間前から劇的に上昇している気がしますが、それはさて置き。

 少し思案して、レアは作成したメールを送信しました。

 獲得した報酬の内容を忘れないように、記念も兼ねてスクリーンショットで保存。

 VRMMOではゲームの世界での出来事を画像として保存し、現実リアルからでも振り返ることができるようになっています。

 満足したレアは、部屋の中央にあるポータルでヘステムマイムに帰還しました。


「よし、祝勝会でもしようかな!」


 お腹が空いたレアは美味しいご飯を所望していました。

 残金をチェック——、所持金は430Gありました。貧乏。

 シーズナルクエストの報酬に、お金は含まれていません。


「くっ、クソゲーだ……!」


 不貞寝をしようとしたレアの元に——、



『〝Body身体TouchNotification的接触通知〟〝Medium〟』



 ご飯の通知です。


「うん……? ちょっと早い気がするけど……、まあいいや」


 レアはログアウトしました。

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