レアとサツキ

「ぐぬぬぬ……。この私に苦汁を舐めさせるとは……」


 ヘステルマイム中央区域——、大噴水前。

 勇者から一太刀浴びせられた、魔王のようなことを言ったレアです。

 クエストの失敗により、強制的に都市に戻されたまではいいのですが、流石にうつ伏せで倒れた姿勢のまま転移させるのはどうなのでしょうか。

 ……戻ってくるなり地面とキスさせられるのは、流石に。 

 不満がつのるレアです。

 そして【影なる剣士】に一撃で倒され、空になったHPバーがみるみる戻り、全回復しました。


 納得の行かないレアは、すぐにでも再挑戦したい気持ちでいっぱいでしたが、どうやらこの手のクエストには受注制限があるようです。

 スキルと同じように、一定時間のクールタイムがあるのです。

 幸いにも、インスタンスダンジョンからの敗退に、デスペナルティーは適応されないようです。これは重畳ちょうじょう

 

 レアはむくりと起き上がると定位置となった大噴水のへいに腰掛け、一人反省会を行うことにしました。


 まずは、敗因の考察。

 これは単純なことで、〝火力のリソース不足〟です。

 職業【信徒】と似たような役割の【魔術師】や【導師】に比べて、明確に劣っている点と言えます。

 あくまで現時点の話であり、レアなりの予測ではありますが。

 これを解決する方法は、大まかに分けて三種類。


 一つ目はスキルのストックを増やし、純粋な手数を増やすこと。

 これは没、というか、方法が分からないので不採用。

 もし可能であれば、一番無難で簡単な解決策ではあるのですが。


 二つ目はスキルに頼らない攻撃方法の確立。

 つまり、武器を購入し、それで通常攻撃の手段を確保すること。

 これもかなり安定性が増し、無難な策に思えます。

 ただ、道中に出現した【シャドウハイディンガー】や、ボスエネミーの【影なる剣士】に、どの程度物理攻撃が通るかは不明です。

 如何にもレアのスキルとの噛み合いが良さそうで、反対に物理攻撃に耐性のありそうな彼らの見た目を思い返すに、あまり気乗りする手段ではありません。


 そして、三つ目は——、 


「……えい」


 レアは二、三秒だけ考えて、レベルアップで入手したボーナスポイントを全て〈FIT〉に突っ込みました。全振りでした。

 一番単純にして豪快にして脳筋な解決策。

 それは、〝火力を上げる〟こと。

 より正確に言い表すなら、〝スキル一発あたりの火力を上げる〟ことです。

 撃てる回数が決まっているなら、より少ない回数で敵を倒せばだけのいいことです。力こそパワー。

 

 レアはついでにスキルのストック回数を確認しました。

 都市に戻ると自動的に回復するようなので、先ほど使い切ってしまった【光針】も、しっかりと七回使えます。


「うーん、なにしよう。暇だなぁ」


 暇を持て余した神々、もとい、信徒は歩き出しました。

 初日に比べて、かなり人数の落ち着いたヘステムマイムの街並み。

 そろそろプレイヤーの進度に差が付いてくる時期ですし、先行組は既に次の都市へと向かっているのでしょう。

 それこそ、MMのメンバーは今どこに居るのでしょうか——、


「あれ?」


 と、そこでレアの視界を見知った人物が横切りました。

 正確には初めて見た外見ですが、レアはが誰なのか、ほとんど確信を持っていました。


「そーこーの…………、おじょうさーん‼」


 全力で助走をつけて、視線の先にある背中に突撃。

 完全に変質者でした。

 背後からの不意の一撃に、ぐほっと声を上げて倒れ込んだのは、


「いててて……、ってあれ……? レア……?」


 のんびりとした、けれど不思議と透き通る声。間延びした独特の口調。

 眠たげな瞳を持つ、背中まで伸びた黒髪が印象的な少女です。

 装備はレアと同じ、全身を〝旅人シリーズ〟で固めた初期状態。

 違う点があるとすれば、レアが小さな十字架を腰に差しているのに対して、その少女は最初のクエストで入手できる木剣を携えているくらいでしょうか。

 頭上に表示された名前は——、〝Satsuki〟。


「やっぱりサツキだ! えへへ、すぐ分かっちゃった!」


 MMのギルドメンバーにして、《FVW》ではレアの装備を作っていた一流生産者のサツキ。

 にへらにへらと、久しぶりの友との再会に喜びを隠しきれないレアです。

 サツキは困ったように笑って、


「キャラクリが《FVW》と似てる自覚はあるけど……、よくプレイヤーネーム確認出来てないのに飛びついてきたね……。人違いだったら怒られるよ……」

「ふふん。サツキからは隠しきれない廃課金オーラが漂ってるからね!」


 自信満々のレアに、


「うん、まだ一円も課金してないよ」


 サツキがツッコミます。


「そいえば、火曜日までログインできないんじゃなかったの?」


 レアが聞いていた話によると、第二世代VR装置を無事に確保したサツキですが、多忙を極めており、遊べるのはみんなより少し先とのことでした。

 サツキはよくぞ聞いてくれたとばかりに、


「ふっふっふっ……、ちょっとしただよ……」

「裏技?」

「移動中の車の中から、ちょっとね」

「え、ネット環境は?」

「この為だけにポケットワイファイを契約したのさ……」


 ドヤ顔でブイサインするサツキは誇らしげでした。

 ゲームを楽しむためには、リアルマネーも惜しまないのがサツキです。


「よくやるね……。とりあえずフレンド登録しよっか!」

「ん」


 自分から提案しておきながら要領を得ないレアを差し置いて、慣れた様子で操作するサツキはすぐにフレンド申請を飛ばしました。

 レアはそれをすぐに受託して、


「よしよし。サツキがフレンド第一号だね!」

「うん? そうなんだ……。話は涼花すずかから聞いてたけど、本当にソロでプレイしてるんだね……」

「その通り! 私、頑張ってるよ!」

「うん、偉いぞー」


 相変わらず抑揚よくようのない声ですが、サツキの顔は完全に巣立っていく雛鳥ひなどりを見守る母鳥のそれです。

 レアの保護者ガチ勢の涼花や遊里に比べ、というのがサツキに対するレアの印象。ある程度の無理なら許容してくれる方です。

 まぁ、涼花と遊里が過保護すぎるだけですし、サツキの場合は悪戯も仕掛けてくるので一概にどちらがマシとは言えませんが。


「ていうかサツキ、随分と詳しいね?」

「空いた時間はずっと情報収集してたからね。……、おっと。こうしちゃいられない。次のスケジュールまでにクラス解放しないと……」

「わ、ごめん時間取らせて!」

「いいさいいさ。またねレア」


 サツキは手を振って身をひるがえすと、すぐに人垣の中へと消えていきました。

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