闇に潜む者(初級)Ⅱ


「あれ? 私強くない? あ、レベル上がった。爆アドだ」


 自衛手段を確立したレアは、嬉々ききとして歩いて行きます。

 まるで、近所でも散歩するような足取りの軽さ。

 途中で三回ほど出現した同じ影のモンスターは、全て一撃で撃破。ワンパンです。


「ふふん。激ちょろいねー。ゲームバランス大丈夫?」


 すっかり油断しきったレアの前に、


「…………」


 現れたのは、両開きの、鉄の扉——、というか、大きな門で、


「……やばそう」


 レアの小学生並みの感想を誘いました。

 巨門ゲートには精緻せいちな彫刻がほどこされており、禍々まがまがしいまでの威圧感を帯びています。

 〝この先、強敵あり〟と言わんばかりに露骨なオブジェクトです。

 レアは恐る恐ると、びかけているかんぬきを抜いて、門を開きました。

 そこにあったのは、松明の炎だけが照らす広大な空間。

 どちらかと言えば、狭苦しく閉塞感へいそくかんのある印象があったこれまでの通路とは対照的に、です。

 部屋の中央には、床一面に描かれた双蛇そうじゃ紋様もんよう

 見たところ敵が居るようには思えませんし、気配けはいも感じませんが、


「……これは、居るね。絶対、居る。私、知ってるもん……」


 未だに通路から顔だけのぞかせているレアが、上下左右隈なくきょろきょろと見渡します。


 レアの脳裏によみがえったのは、古い記憶。

 あれはたしか、玲愛がまだ貴恵や涼花に誘われて、VRMMOを始めたばかりの頃の話です。

 一足先に《FVW》を始めていたエキドナやルークたち、四人に連れられてレアがやってきたのは、廃墟はいきょじみた寺院じいんをイメージして造られたダンジョン。

 攻略もなかばといったところに差し込んだ時、


「ねー、レア。ちょっとこの先から、先頭を歩いてみてくれないかい?」


 そんなサツキの一言。

 猫を想わせる悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべるサツキの意味深な台詞と、それに真っ向から反論するルークの様子を見てそれでも尚、愚直ぐちょくなまでの鈍さを発揮して、疑いの心を持たなかったレアです。

 両開きの巨大な門を開けて全容があらわとなったのは、倒壊とうかいが進み吹き抜けとなった天井から月明かりが差し込む大部屋でした。

 無警戒に進んだレアと、ちょっと距離を空けて続く後続の四人。

 にこにこと楽しそうなのは、エキドナとサツキです。

 もう勝手にして、と言わんばかりに辟易へきえきしたルーク。

 そんな三人の様子を、母親のように見守るバエル。


「ねぇ——、」


 ねぇ、なんでそんな離れてるの?

 仲間たちの様子をいぶかしんで、レアが問いかけようとしたのもつかのことでした。

 突如——、暁闇ぎょうあんの空から月が消えました。

 小さなレアを包み込む、大きな黒い影。

 それは更に範囲を広げていき、レアが上を見上げると——、


「うん、思い出すのは、やめにしよう……」


 と、そこでレアは、懐かしくも古い記憶の回想をやめました。

 上空から出現したボスモンスターの巨体に、ぶちんと潰された記憶トラウマのです。


「とにかく、これは絶対になんかくる」


 気持ちだけの戦闘準備をしっかりと整え、レアが門を超えると——、


「……!」


 部屋の中央、双蛇の紋様の上に音もなく現れたのは、やはり黒い影。

 レアがここまでやってくる間に数匹撃退したシャドウハイディンガー違っていたのは、その姿形でした。

 背丈はおよそ一メートルと五十センチ前後。

 ちょうど、レアと同じくらいでやや小柄。

 二足歩行で、腕が付いていて、頭があって——、というか、人型です。

 手にしているのは、刀身が反った片手曲剣シミターと、小振りな円盾バックラー。 

 身じろぎ一つせず、虎視こし眈々たんたんとこちらの様子をうかがっているように思えます。

 頭上には緑色のHPバーと、【影なる剣士】とつづられた文字列。

 どうやら、ノンアクティブモンスターのようです。

 それに気づいたレアは、


「おーい、聞こえてますかー」 


 攻撃してこないのをいいことに、やりたい放題。

 直接触らない程度にちょっかいをかけまくりますが、反応はありません。

 しばらく遊んで、


「うーん、飽きた」


 びっくりするくらい、急に飽きました。

 そして、


《———スキル、【光針】発動———》


「てーい!」


 いきなり攻撃しました。

 所詮は、こちらから攻撃するまで動かないと分かりきっている相手。

 至近距離からの攻撃をそう易々やすやすと外すはずもなく——、


「あれー?」


 外しました。

 光の槍は部屋の壁にぶつかり、小規模の破壊を起こして消滅。

【影なる剣士】にはかすり傷一つありませんでした。


「もう! すぐ避けるんだから! ずる!」


 言いがかりでした。

 レアはリキャストタイムをしっかりと待ってから、


〈———スキル、【光針】発動———〉


「よく、狙って……、放つ!」


 超超、超至近距離。

 投げるというよりは、光の槍でそのまま殴りつけるほどの距離でスキルを放ち、

 バリバリバリバリ!

 頭部に直撃した【影なる剣士】の全身に感電したモーションを浴びせ、そのまま仰向けに地面へと転がしました。


「……ふぅ。当たった!」


 安堵あんどの息を漏らし、ご満悦まんえつなレア。

 ビクンビクンと大きく痙攣けいれんする【影なる剣士】のHPは、大きく減りました。

 残り六割弱といったところ。

 ボスモンスターにしてはあまりにも柔らかく、若干に落ちない感じは否めませんが、


「まー、光って闇に強いしねー」


 都合の良いことは、適当に解釈かいしゃくします。

 干渉かんしょうに浸っているレアを他所よそに、


「……」


 【影なる剣士】は、持っている剣を杖に、ヨロヨロと起き上がりました。

 人間の姿をかたちどっていながら、人らしさとは程遠い、無機質な外見。

 その反面、どこか人間臭い挙動きょどうがより一層不気味さを引き立てます。

 レア唯一の攻撃手段である【光針】は、リキャストタイムに入っているので、


「……逃げろー!」


 レアは背中を向けて、一目散に逃走しました。

 部屋の外に出ると、影なる剣士のHPがリセットされることを考慮し、部屋の中の広さを最大限フルに活かして、端へ端へと逃げました。

 もちろん【影なる剣士】は攻撃を受け、レアを敵として認識したので、追ってきます。

 いくら広いとは言え、所詮は正方形の部屋です。

 中央を陣取る【影なる剣士】に、レアはジワジワと簡単に壁際へと追い詰められ、


「——」


 ブオン!


「ひゃっ⁉」


 横ぎに振るわれる剣。

 即座に反応したレアは頭を抱えしゃがみ、なんとか回避しました。

 さっきまで首があった位置を凶刃がほとばしり、頭の先をかすめました。

 レアが体勢をくずしたところに、


「——」


 上段から下段への振り下ろし。

 死ぬ死ぬ! 死ねる‼


「やぁぁぁ!」


 ゴロゴロゴロゴロ。

 レアは、なんとか地面を不格好に転がって、回避しました。

 がいーん!

 と、一秒前にレアが転がっていた地面で漆黒しっこくの刃が跳ねました。

 しかし、再び決定的過ぎる隙が出来てしまい——、

 素早く距離を詰め、肉薄にくはくした【影なる剣士】の、次の攻撃が来ます。

 地面をうレアの頭を狙い、突き刺すようにして振るわれる剣。

 これは、容易にかわせるものではありません。

 一撃もらうことを——、運が悪ければ死ぬことを悟ったレアですが——、

 そこで戻ってきたのは、【光針】のリキャストタイム。


〈———スキル、【光針】発動———〉


「せやぁぁ!」


 崩れた体勢のまま、レアは身をよじって攻撃を放ちました。

 三度繰り返された至近距離からの攻撃は、【影なる剣士】の太腿ふとももへと吸い込まれました。

 全身を震わせる感電エフェクトと共に、膝を折る【影なる剣士】。

 残りHPは——、三割とちょっとくらい。

 なんとか稼いだ時間を活かして、レアは起き上がりました。


「よし——、うまくいけば、あと一発!」


 久しぶり——、というか、レアが一人でボス級のモンスターと対峙たいじした記憶は遥か昔のような気がします。

 存外にも上手く立ち回ることに成功し、運気も珍しく味方につけて、ファインプレーが重なった結果。

 【影なる剣士】をあと一歩というところまで追い詰め、レアは高揚こうようしていました。高ぶっていました。

 その所為せいもあってでしょうか。

 レアは一つ、重大なことを見落としていました。


「うわぁ! あぶない! しぬー!」


 けして、回避することに特化しているわけでもない、レアのステータス。

 かといって、防具も新調していませんし、明らかにではないことは火を見るより明らかなので、一撃とて貰いたくはないというもの。

 結果から言えばノーダメージですが、精神的プレッシャーから、レアの気持ち的には満身まんしん創痍そういもいいところでした。

 やがて【光針】のリキャストタイムが終わり、レアは、


「これで——」


 随分ずいぶんと小慣れてきた【光針】の発動モーションに入り、


「終わりだぁ!」


 スキルが発動——、


「……………………。うん?」


 しませんでした。


「ちょ、ま、なんでぇ⁉」


 何が起きたか理解できないレアは、パニックにおちいります。

 レアのステータス画面、スキルウィンドウの欄では、【光針】のアイコンが真っ暗になっていました。

 そう——、レアが見落としていたのは、【信徒】における最大の特徴であり、弱点にもなりうる要素。

 それは、〝スキルが全てストック制〟ということ。

 通常、魔法を使う遠距離攻撃に特化した職業は、MP(マジックポイント)を消費して、魔法を発動することができます。

 この要素から、魔法を使う職業は火力を増加するための〈INT〉と、それを使うためのMP、二つのステータスを両立して上げなくてはいけないのです。

 その点、スキルがストック制である【信徒】は今の時点で唯一の攻撃手段である【光針】の火力を上げるための〈FAI〉以外に、攻撃面においては他のステータスは関与しません。

 これは、長所メリットにもなりますが、短所デメリットでもあります。

 現段階ではスキルの使用回数を増やす方法が何もない為、攻撃できる回数に融通ゆうづうが一切利かない、という明確な弱点。

 もちろん、レアの場合は幸か不幸かボーナスポイントを全て〈FAI〉に振っているので、単発火力は同レベル帯トップクラスのお化け火力。

 属性相性も味方につき、ここまで【闇の回廊】を有利に攻略してきましたが——、


「どうしよう! どうしよう!」


 こうなってしまっては、完全に詰みです。

 リソース切れを補う通常攻撃用の武器もないので、いくら相手が瀕死ひんしだったとしても、ダメージを与える手段がありません。

 その後も意味もなく回復を使ってみたり、十字架で敵をぺちぺちと叩いてみたり、神に祈ってみたりしたものの、【影なる剣士】のHPが減ることはついぞありませんでした。

 諦めて涙をんで、リタイアしようとしたところで、


「ぎゃぁぁあああああ!」


 無防備な背中への一撃。

 こうして、羊人の少女レアは、《TCO》初の死亡をげました。



『 パーティーの全滅が確認されました。クエスト失敗。【闇の回廊】から【ヘステル・マイム】へと、当該とうがいプレイヤーの転送を開始致します。 』


入手称号

【初めての挫折】

プレイヤーの総死亡回数が一回に達することで入手。


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