闇に潜む者(初級)
「こ、怖かった……」
沸点の低い神の使いによって、クラス【信徒】にされたレアは、ヘステムマイムの上層部をふらふらとほっつき歩いていました。
特に何の説明もなく、アイテムとスキルだけ寄越して、〝あばよ〟と捨て台詞と共にどこかに消えてしまった法衣のNPC。
それと同時に、ワールドマップに新たなポップアップが出現しました
それは——、東ヘルスザーノ平原の奥地。
緑の背景に、白いフォントのエクスクラメーションマーク。
すなわち、クラスクエストの表記です。
但し、レアは受注条件の〝レベル10であること〟を満たしていないので、大きな×マークが付いていました。
「信徒かぁ……。基本クラスには含まれてないし、特殊なクラスなのは分かるんだけど、なにが出来るんだろう?」
NPCから受け取ったアイテム、【
名前の通り、形を整えた大小二つの木の棒を十字型に紐で接着させた、簡易的な十字架です。
【光針】と【治癒の祈り(小)】は、フィールドでしか使えないようですが、【
察するに、直接攻撃は都市内で発動することはできず、《TCO》では街の中に入ると自動的にHPが全回復する仕様であることから、回復スキルの使用もできないのでしょう。
「つまり、消去法で、《FVW》での〝アイアンスキン〟や〝闘魂〟みたいな、サポート系のスキルってことだよね……」
攻撃でも、回復でもないスキル。
レアが真っ先に思いついたのは、つい先日までプレイしていた《FVW》のスキルです。
自身の防御力を一定時間上昇させるアイアンスキン。
HPが一割以上残っている場合、それを超えるダメージを受けても、瀕死状態で耐える闘魂。
後者は自身に対するバフスキルで、前者は彼我を問わず発動できるスキルです。
他には、敵のステータスを下げるデバフスキルなんかもありますが——、
「百分は一見に
相変わらず微妙に違うことわざを言って、
〈———スキル【祈祷】、発動———〉
スキルを使用すると——、
「……う? ……あ、ちょ、ま、なにぃ!」
動き出しました。身体が。勝手に。
人が行き
まるで、何かに祈りを捧げるように。
そして、そのまま三分放置。
ちょうど、カップラーメンが出来上がる時間です。
当然と言えば当然ですが、ただでさえ少数派の女性プレイヤーが、天下の
周囲の視線が、
痛い、主に心が。あと、膝もちょっと。
モーションによる長い硬直が解除されたレアは、そそくさと建物の陰に逃げました。
いくら
「くっ、なんて
その時、レアの
レベルが二十になると、凶暴になる鯉です。
「これは〝はずれスキル〟だね……」
早々にスキルの評価を結論付けたレアは、
「うーん、よし。そろそろ〝せっしょう〟しよう」
◇◆◇◆◇
『闇に
分類:インスタンスダンジョン
依頼人:シーズナルNPC
達成条件:インスタンスダンジョン『闇の回廊』の突破
受注人数:1~4人
シーズナルクエスト。
オンラインゲーム内で、定期開催される期間限定のクエストです。
初級とは書かれていますが——、その適正レベルは20。
それも、当然ですが、四人パーティーでの攻略が前提となっています。
クエスト一覧を開き、受注したクエストを選択すると、システムメッセージが出現します。
『 インスタンスダンジョン、【闇の回廊】の攻略を開始します。準備はよろしいですか? Yes/No 』
「よし、いくぞ!」
〝Yes〟を選択すると、ヘステルマイムに居たはずのレアは、
見覚えのない場所に転移していました。
そこは、闇の回廊という名前に相応しい、ただ暗い一本道の通路。
壁一面が黄土色の石造りで、如何にもダンジョンらしい——、
天井付近の壁に、ところどころ、松明の炎が灯っているのが唯一の光源です。
そして、なにより微かに感じる、ピリピリとした気配、張り詰めた空気。
「お、おっかないなぁ……」
法衣のNPCから貰った【粗製の十字架】を大事そうに握りしめて、辿るようにして奥へと進んで行くレア。
両脇に生えた
松明がパチパチと燃える音。
レアが地面を踏みしめる、コツコツと控えめな足音。
小さな音だけが反響している中、徐々に不気味な気配がより濃密になってきました。
大丈夫……、だって……、所詮はゲームだから!
身も
「…………。ひぃ」
十字架を両手剣のように正眼に構え、レアは見えない敵を
意味があるかは、分かりません。
挙動不審に膝を震わせるその様子は、どう見てもお化け屋敷で迷子になった子供のよう。
レアが不穏な気配の元を探ろうと、目を凝らすと——、
「……‼」
見てしまいました。
松明の灯りによってできた影が、形を成して不自然に蠢いているのを。
「ひゃぁああああああ⁉ 悪霊退散悪霊退散‼ あくりょうたいさーん‼」
まるで悪魔祓いをする陰陽師のように十字架をぶんぶんと振るうレアですが、それを嘲笑うようにして、するりと地面から現れたモンスター。
極端に立体感のない、薄っぺらい影でした。
顔と思われる位置に横並びになっている赤い光が、目のようにも見えます。
積極的に攻撃してくる気配はなく、
「……な、なに? なんか文句ある?」
凄んで見せるレアと、無表情なモンスターの、不毛過ぎる睨み合いが続きます。
HPバーの外周が赤くなっているのはアクティブモンスター(周囲に居るプレイヤーを無条件で襲うモンスター)の証。
放っておいても、相手から攻撃してくるはずですが、
〈———スキル、【光針】発動———〉
先手必勝!
使用したのは、レアの使える四つのスキルのうち、唯一、攻撃性を持っていそうなスキルです。
システムメッセージの通知から僅かなタイムラグもなく、レアが十字架を手にしていない右手に、ほんのりと温かい感覚が生まれました。
現れたのは、手のひらサイズの発光体。
やがてそれは、一メートルほどの大きさの槍となり、
「…………あれれ? 自動的に投げてくれるんじゃないの?」
【祈祷】のように、強制的なモーション移行がかかるスキルとは違い、【光針】はあくまで、〝相手に当てるとダメージを与えるエネルギー体を生み出すスキル〟。
——当てるの難しそう、でも、流石にこの距離なら、ワンチャン。
レアはそう考えて、
「……。くらえー!」
無造作にそれを放りました。そして、明後日の方角へ飛んでいきます。見事なフラグ回収。
「やーーー! もう! 何してんの! 動かないでよ!」
理不尽ですし、言いがかりでした。
モンスターは一ミリも動いてません。
気を取り直してもう一度——、
「……………………。うん?」
スキルが発動しません。
視界の端では、【光針】のアイコンが薄暗くなっています。
リキャストタイムと呼ばれる、同一スキルを連続で使用する際に設けられている、使用不可時間です。
——あ、やばい。これは、死ぬかも。
冷や汗を
「ふんっ! ふんっ! うがー! 早く早く!」
踏ん張っても出ないものは出ません。
なんだかシュールな光景が続いて、ようやくスキルが使用可能になると、
〈———スキル、【光針】発動———〉
「ていっ!」
次こそは、と、レアは紙飛行機でも飛ばすかのように、光の槍を投擲しました。
なんだか頼りない——、まあ中身は運動神経が皆無の女子高生なので仕方ありませんが——、フォームで繰り出されたソレは、存外にもそれなりの勢いで影のモンスターに迫り、
二つ赤い光のちょうど真ん中、人間で言うと、〝
「やった!」
とりあえず、
『 シャドウハイディンガーを撃破しました。 』
「ありゃりゃ?」
みるみるとHPゲージを減少させて、一撃で吹き飛ばしました。
ゲージが空になった影のモンスター、シャドウハイディンガーは黒いポリゴンとなって
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