迷える子羊


「なんで盗賊になるのに【屑鉱石くずこうせき】が必要なのさ!」


 盗賊修練所を後にしたレアは、不機嫌を隠すこともなく、天気の良い青空へ怒りをぶつけました。

 ぷんぷんと怒っていました。


「ていうか、あの人なんか胡散うさん臭い!」


 完全に八つ当たりです。


「にしても困ったなぁ。盗賊って選択自体は悪くないと思ったんだけど……」


 けど? ——と、聞かれれば、それは〝もうツルハシは振りたくない〟というそれだけに尽きるのです。 どうせまた壊れるので。

 ぼんやりとしたレアの視線の先には、広大な海が広がっていました。

 人が集まる建物側に視線が寄せられがちですが、〝水上都市〟というだけあって、下層は海に隣接りんせつしています。

 付近にはたくましい体格の男達——、漁師と思しきNPCもチラホラと窺えます。

 光沢のある小麦色の肌に、恰幅かっぷくの良い身体、隆起りゅうきした筋肉。

 ともすれば、そこらへんのプレイヤーより強そうに思えます。

 現実世界での漁師とは少し違う、ともすれば海賊というイメージの方がより適切に思えます。

 そんな中、


「……うん?」


 レアが視界の端にとらえたのは、一人の人物でした。

 あまりにも周囲に馴染まず、異質に過ぎる空気を身にまとう女性。

 なにより目を引くのは、その服装でした。

 〝法衣〟と呼ばれる、教会にいる修道女のような格好。

 前髪を残してすっぽりと髪をおおいい、何かを待つようにして、瞑目めいもくしていました。

 どうやら彼女もまた、NPCのようです。

 頭上には、のポップアップ。

 そして、それを示すのはのクエストで——、


「あのお姉さんもクラスクエストの関係者……?」


 レアはそう考えましたが、幾つかおかしい点があります。

 不審な点を挙げれば、枚挙まいきょいとまがないというものですが——、

 なにより、あまりにも人が少ない——、それを通り越して、居ないのです。周囲に。プレイヤーが。一切。

 これだけ混んでいるクラスクエストの修練所と比較すると、あまりにいびつというもの。

 まさか——、


「ゆ、幽霊ゆうれい……?」


 不可解な現象に怯えるレアは、とりあえず女性から視線をらさずに警戒してみるも、構える武器もなく、必死の抵抗を試みて、


〈———スキル、【変身】発動———〉


 ヒツジ状態になって、〝なんだコラァ……! やんのかテメー……!〟と、それっぽく威嚇いかくしてみます。

 ……が、法衣の女性はこちらを見向きもしません。

 シスターに怯え、威嚇するヒツジという、なんとも珍妙ちんみょうな光景でした。

 しばらく、そんなマヌケな行動を取って——、


「……攻撃はしてこなそう」


 警戒を解いて——、なんとなく、興味が湧きました。

 行動原理が本物以上に動物ですが、中身は人間です。

 【変身】を解いて人型に戻ったレアは、法衣のNPCに近づいて行きます。


「………」


 至近距離まで迫ったレアが、女性をジッと見つめていると、そこでようやく女性は伏せていた目を上げ、レアの存在に気付きました。

 不思議そうに自分を見ているレアに対して、にっこりと慈母のように優しい笑みを浮かべる女性。

 あぁ、変な人じゃなくてよかった……!

 すっかり安堵あんどしたレアは、


「こ、こんにちは!」


 意を決して声をかけました。

 すると、



「——よう、がよぉ」



「……………………。はい?」


 レアは前言撤回しました。

 この人——、変な人だ!

 温厚そうな外見の印象とは程遠い、ヤンキー口調。

 ドスの効いた声は、機嫌を損ねたら今にも殴られそう。

 法衣のNPCは狂気の笑みをその美貌びぼうたたえ、


「そんでテメェ……、入信希望者か? なんじ、神の教えをうか?」

「にゅ、にゅうしん? かみのおしり……?」

「あぁ? さてはテメー……、冷やかしだな?」


 ほっそりとした指をバキバキと鳴らす法衣のNPCに、


「ひ、ひぃぃぃ……。違います違います違います」


 レアは後ずさりしました。

 これは、ヤバい。

 とりあえず否定しておかないと、やられるやつだ!

 蛇に睨まれたカエルならぬ、修道女に睨まれたヒツジ。

 法衣のNPCが、


「つーか、てめぇさっきガン飛ばしてただろ」


 気付いてたんかい!

 レアは慌てて、


「ごめんなさい私が悪かったですごめんなさいごめんさない」


 平身低頭。ぺこぺことひたすら謝ります。


「……よし、んじゃあ。——手、見せろ」

「て。……て?」

「手だよ手。お前のほそちっこい身体の両サイドにぶら下がってる、その二本の物体のことだろうが」

「ご、ゴメンナサイ……」


 罵倒ばとうされながらも、素直に両手を差し出すレアです。

 まるで手相でも見るように、法衣のNPCは優しく手を触りました。

 ちょ、ま、くすぐったい!

 しかし、ここでくすぐったがると、確実に怒られます。

 レアは我慢しました。


「よしよし、殺生はしてねぇみてぇだな」


 満足げに何度か頷いた法衣のNPC。

 殺生とは人殺し——いては、〝生き物全般を殺めること〟を指しているのでしょうか。


「せっしょう……。あ、はい! せっしょう! してません!」


 《TCO》の世界にやってきてまだ日が浅いレアは、プレイヤーはもちろん、モンスターの一匹さえ攻撃していません。

 関係性は不明ですが、そういう意味では確かに、〝殺生していない〟ことになるのでしょう。


「資格あり、だな」


 ぽつりと確かめるように呟いた法衣のNPCは、


「チビ助、今からお前のクラスは【信徒】だ」


 厳かに告げました。

 ちょっと待て。なんの話だ聞いてないぞ。

 

「え、そんな勝手な……」


 流石にレアも抗議して、


「なんか言ったか? ケツの穴に石膏せっこう流し込んで海に沈めんぞクソガキ」

「なんでもないです! 信徒大好き!」


 そしてあっさり屈しました。暴力反対。



◇◆◇◆◇



入手アイテム

【粗製の十字架】


入手スキル

【祈祷】【光針】【治癒の祈り(小)】


詳細

【粗製の十字架】

分類:武器(聖触媒)

レア度:コモン

パッシブ効果:《FAI+5》

アクティブ効果:なし


【祈祷】

分類:信仰スキル

効果:偉大なる神に祈りを捧げる。

リキャストタイム:なし

ストック:無制限


【光針】

分類:信仰スキル

効果:投擲することで直線方向へ進んで行く棒状の聖属性エネルギー体を出現させる。

ストック:7回

リキャストタイム:10秒

捕捉:威力、範囲は〈FAI〉に依存する。


【治癒の祈り(小)】

分類:信仰スキル

効果:対象選択スキル(自分、もしくは味方)。詠唱後、対象のHPを小回復する。

ストック:5回

リキャストタイム:20秒

捕捉:回復値は〈FAI〉に依存する。詠唱速度は〈DEX〉に依存する。



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