早めの邂逅


「もう絶対このサブクエストはやらない!」


 翌日、《TCO》へログインしたレアは、真っ先にクエスト一覧から【採取の基本B】を破棄しました。

 しばらく、当分、金輪際こんりんざい——、ツルハシで壁を叩くクエストはお腹いっぱい。視界に入れたくもありません。

 ヘステルマイムの澄明ちょうめいな青空では、東から太陽がのぼっていました。

 時刻はちょうど、午前九時を回った頃。

 せっかくの日曜日なので、早朝からのログインです。

 現役女子高生である玲愛は学業に努めているので、平日はあまり時間を取ることができません。

 とは言っても、部活動にも所属しておらず、アルバイトもしていないので、世間一般の社会人なんかよりは全然暇なのですが——、

 〝ツルハシ事件〟を経て、レアの心はえているいるかと思いきや、


「さて、やるぞ! 頑張るぞー!」


 存外にも元気でした。

 レアも自分の不幸体質にある程度耐性が出来ているので、これくらいでは心が折れたりしません。

 暖かい布団で眠り、温かいご飯を食べれば、生き返る。

 そういう生き物なのです。


「よーし、まずは……」



◇◆◇◆◇



「やっぱりサブクエはお使いに限るね。全く。採取クエなんて面倒……、いやむしろ、邪道だね!」


 ブツブツとぶぅたれながら、レアはヘステムマイムの市街地しがいちを歩いていました。

 散々草をむしり散らかし、魚を釣っていたのはどこのどいつなのでしょう。

 初期の職業が〈旅人〉から始まる《TCO》では、最初の転職——、クラスチェンジはレベル5から可能となっています。

 レアは早朝から昼前まで適当にサブクエストを見繕みつくろって達成し、レベル5に無事到達することが出来ました。

 無論、いまだに武器は入手しておらず、敵とも戦っていません。


 昨夜の就寝前、レアは少しだけ、《TCO》に関する情報収集を行いました。

 ですが、VRMMORPGというジャンルは、情報量が非常に膨大且ぼうだいかであり、加えて信憑性しんぴょうせいの高い攻略サイトというものがあまりありません。

 特にサービス開始直後は、現実でネットを使って情報収集するよりも、ゲームの世界で自分の足で聞いたり見たりする方が、効率的だったりします

 それでも、就寝前の隙間時間になんとか調べた情報——、

 目下の目的として、クラスクエストを受ければ良いということだけ理解しました。

 そして、レアがやってきたのは、


「——ここが、下層……!」


 水上都市ヘステルマイム下層区域。

 ヘステムマイムは傾斜けいしゃゆるやかな螺旋状らせんじょうの坂をへだてて、上層区域と下層区域の二段構造になっています。

 商業区や露店区、住宅街などのハウジングエリアがある上層区域。

 下層区域は、酒場やレストラン、自警団じけいだん詰所つめしょ、それからクラスクエストを受けるための修練所などの施設が林立りんりつしています。

 日当たりも良く、多くのプレイヤーとNPCがにぎわせている上層区域とは対照的に、上に屋根のように掛かっている大きな橋や背の高い建物によって、日陰が多く形成された下層区域はどこか暗鬱あんうつとした印象。

 まるで、路地裏やスラム街を彷彿ほうふつとさせる、どんよりした重ための空気が流れています。

 しかし、拓けた場所に出ると、


「うげっ、すんごい人……」


 各種クラスクエストの受注場所と思われる場所に、これでもかとプレイヤーが殺到さっとうしていました。

 それも仕方のないことです。

 なぜなら、世間は《TCO》発売から初めての週末を迎えているのですから。

 さて、クラスクエストを受けにきたレアですが——、

 その前に、集めた情報をおさらい。

 《TCO》において、クラスツリーの根幹こんかんを成す基本職は八つ。


 剣を使ってダメージを与える攻撃的な近接職【剣士】。

 同じく武器は剣ですが、攻撃よりも守りに重きを置いた壁役タンク【兵士】。

 斧や槍、拳で戦う派生も存在するバランスの良い【戦士】。

 遠距離攻撃のエキスパート【弓士】。

 敏捷性が高く汎用性に優れた派生の多い【盗賊】。

 魔法に寄る攻撃を得意とする、王道の攻撃職【魔術師】。

 状態異常や弱体化デバフ生業なりわいとする【呪術師】。

 基本八クラスの中で、基本スキルに他者回復を持つ唯一の存在【導師】。


「み、見えぬ! ふんっ! ふーんっ!」


 背の低いレアは、無数のプレイヤーの壁がへだてる建物の全容を確認しようと、背伸びしたりジャンプしたりしました。

 必死にぴょこぴょこと跳ねますが——、

 悲しきかな、何も見えません。


「く、くそっ……。人、多い! 邪魔!」


 レアはあっさりと諦めました。

 幸いにもマップ見れば、どの辺りに何のクラスの施設があるかは確認できます。

 各クラスを修める為の修練場の中でも、剣士修練場と魔術師修練場が群を抜いて過密地帯となっています。

 遠近の二つの攻撃適正距離を代表する火力職は、やはりどのゲームでも一番の人気を誇ります。


「むむむ……、なにしようかなぁ」


 ふと、レアの脳裏をチラついたのは、いつも一緒にゲームをプレイしていた四人の顔でした。

 《FVW》でのMMの四人の戦闘スタイルは、エキドナとルークが二人で前衛、そのサポートにバエル。

 サツキはあくまで生産職メインの非戦闘員を自称していましたが、状況に応じて何でも熟すオールラウンダーとして活躍していました。

 ちなみにレアも、どちらかというと、前に出て戦っていました。

 ……活躍していたかどうかは、ともかく。


「バランスを考えるなら、私も遠くから攻撃したり、みんなのサポートをした方が役に立てるようね」


 と、そこまで考えたところで、レアは自分が独り立ちを決意したことを思い出しました。


「……一人でも戦えるやつがいいなぁ」


 レアは考えます。

 けして豊富ではない知識を振り絞り、とぼしい記憶力を総動員して。

 追憶ついおくの末に思い出したのは、《CFO》発売前にギルドメンバーで集まって会話していた時のバエルの言葉でした。


「オンラインRPGでは、近接職メレーに比べて、遠距離職業レンジはソロプレイにおいては不遇な場面が多いです。特に火力にリソースを要する魔法使い系の職業は、パーティープレイでこそ真価を発揮します。他にも防御力に偏った壁役タンクや、回復に特化しすぎたヒーラーなんかも、ソロプレイには不向きです。前述したように、パーティーにおける役割の大きさと、ソロプレイでの適正は常に反比例しているのです」


 ソロで戦う前提で作られていないフィールドボスなどは、唯一ソロで討伐出来るのが壁役タンクだったりするらしいのですが——、それは特殊な例なので、さて置き。

 消去法で考えると剣士、戦士、盗賊、弓士あたりが有力候補でしょうか。

 色々と悩んだ末——、




「ごめんくださーい!」


 レアはとある修練所施設の扉を叩きました。

 そしてそこは、基本ヘステルマイムに点在する基本八クラスの修練所の中で、でした。

 商店とは違い、施設としか表現できないその場所に入るのはやや抵抗があるのは否めませんが、民家にも入れるゲームの世界において、今更気にしても仕方ありません。

 ノックの返事はありませんが、レアは恐る恐る扉を開きました。


「お、おじゃましまーす……?」


 辺りをきょろきょろ見回し、挙動不審を全開にして足を踏み入れると——、


「——くくっ、客人は、久しい」

「ひぎっ⁉」


 背後から突然の声。

 それは男とも女とも取れない、子供とも老人とも取れない、徹底的なまでに個性を消した不思議な声でした。

 声の主は、レアの反応に満足したように頷いて、それから左右に枝分かれした階段のうち、右側の階段の一段目に腰を落ち着けました。

 背はレアより少しだけ高い、ちょいとチビでほっそりした人物です。

 目深に被った襤褸切ぼろきれのフードで表情はうかがえませんが、全体的にふわふわと掴みどころの無い動きから、〝不気味〟という印象は不思議とありません。


「おやおや、挨拶もなしかい、お嬢さん。一応、この場の主が、君の目の前に居るわけだけど、まあ、ねえ」


 なんだか人間味を感じない——、いえNPCなのでその方が正しいのですが——、不思議の塊のような人物でした。

 どうやら彼の名前は〝ゲイズ〟というらしいです。頭の上に書いてあります。

 辛辣しんらつな物言いのゲイズに、思わずたじろいでしまったレアは、


「あっ、その、あのっ……」

「ボクはね、礼節れいせつわきまえない人間は、まあ、嫌いなんだよね」

「ご、ごめんなさいっ!」


 冷静に考えてみれば、自分に被があるようには思えませんが、怒られるのは嫌なので、レアはとりあえず謝りました。

 頭を下げて、全力で謝罪しました。

 しましたが、


「くくっ、嘘だよ」


 ゲイズは馬鹿にしたような態度。


「……え?」


 ぽかんと口を開いたレア。


「いきなり、気配を消して、背後に立って、それでいて、人に礼儀をくなんて、まあ、馬鹿らしい、話だよね。くくっ」


 なんだそれ、自分で言うのか。


「……」


 レアは思いましたが、こっそり半眼はんがんを向ける程度にしておきました。

 というか、この人、話し方が独特です。

 そんなレアの心情を見透かしたように、


「あぁ、ごめん、ごめん。無駄話が過ぎるって、友人にもよく、言われるんだ。それで、こんな辺鄙へんぴな場所に来たってことは――」


 ゲイズが言って、


「あ、えっと、その、はい! 〝盗賊〟、やります!」


 レアが先んじて答えました。

 そう——、ここは盗賊修練所。レアが選んだのは盗賊のクラスでした。

 直接的な強さはともかく、〝小賢こざかしい〟ことが出来るクラスと言えば、やはりこれを置いて他にないでしょう。

 上手くモンスターを出し抜いて、楽に——、安全に——、お金や経験値を稼ぎたい!

 元寄生プレイヤーならではの浅はかな考えが見え隠れしている気がしますが、それはさて置き。


「くくっ、元気なのは、いいことだね。まあ、盗賊としての、資質的にはともかく、だけどね」


 ゲイズは相変わらず喜怒哀楽の分からない声。


「うっ、じゃあ元気な盗賊になります!」

「くくっ、そりゃ新しいこころみだね。じゃあ、さっそくだけど、一つ、君に試練を与えるね」


 と、ゲイズが革の手袋に包まれた指を一振りすると——、



あざむく者の極意ごくい ~そのいち~』

依頼人:盗賊修練所担当NPCゲイズ

達成条件:ジャイアントアント3体の討伐とうばつ、【屑鉱石】3つの納品。



 ゲイズが出現させた空間ウィンドウの文字列を見たレアは、


「…………」


 これ以上ないくらい、渋い顔。


「あぁ、ごめんごめん、まあ、簡単な依頼で、拍子抜けしちゃうよね」


 からからと笑うゲイズですが、


「…………」


 なにわろとんねん。

 レアは真顔です。

 いつもなら、ここで愛想笑いでもするところですが、


「どうしたの? お嬢ちゃん。お腹、痛い? それとも、もしかして、蟻が苦手?」


 ちゃうわい。

 やはり真顔のレアです。

 少しだけ警戒が混じっていたゲイズへの視線に、嫌悪けんお侮蔑ぶべつの念が少なからず混じっていました。

 親のかたきでも見るような目を向けたレアは——、


「帰ります。さよなら」


 冷たく言い放ち、クルリと反転。


「………………え?」


 呆気に取られたゲイズ。

 ようやく、感情らしきものを垣間見た気がしますが——、

 言うまでも無く、レアの目に留まったのは、の五文字のみ。

 しばらくは視界に入れたくないと思っていたのに、まさかこんなにもあっさりと邂逅かいこうを果たすとは——。


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