スクリーム・リフレイン


「うわぁぁぁぁぁぁ! 最悪だぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 翌日。少し肌寒い五月の早朝。


 少女――、緋雲あけぐも玲愛れあの悲鳴が、広い店内に響き渡りました。 店内のお客さん達の不思議そうな視線を誘いました。

 玲愛の服装は、肉まんを頬張るパンダ、通称〝肉パン〟のイラストが描かれたカットシャツとサルエル。なぜだか全身ずぶれの濡れねずみになっています。

 いくら滂沱ぼうだの涙を流したとしても、流石にここまで濡れることはないでしょう。


 日本最北端の都道府県、北海道の中でも僻地へきちと言って過言ではない田舎に住んでいる玲愛ですが、今日は第二世代VR装置の抽選購入に向けて、最寄もよりの家電量販店にやってきました。

 徒歩で二時間以上かかりました。

 しかし、朝からスマホの充電器が壊れ、コンビニで携帯用充電器を購入し、野良犬に追っかけ回され近所で迷子になり、水たまりで盛大に転んで大遅刻した挙句、ようやく並んだ長蛇ちょうだの列。

 不幸にも、自分の目の前でVR装置の先着購入が終わってしまったのです。


「元気出せよ玲愛……」


 涙を流す玲愛に対し、流石に今回ばかりは茶化せまいとなぐさめるのは、精悍せいかんな顔立ちの美男子――、ではなく。

 女性をたちまとりこにしてしまうような眉目秀麗びもくしゅうれいな顔立ちに、高貴こうきささえ感じさせる、ほのかに赤みがかったショートヘア。

 ちょっとラフなジーンズジャケットに、脚の長さを際立たせる黒のスキニー。

 耳元の控えめなピアスが、中性的な彼女の女性らしい一面を演出するのに一役買っていました。

 実年齢より落ち着いて見える大人びた雰囲気と、どこか無邪気さを感じさせる笑顔が共存したその人物は女の子です。

 納戸なんど貴恵きえ

 玲愛の中学時代の友人であり、ギルド『Monday Melancolia』のギルドマスターを務めるエキドナの現実世界での姿リアルです。


「この状況で元気を出せというのは、流石に無理があるんじゃないかしら……。失策だったわね。玲愛の性質を考慮して、家まで迎えに行くべきだったわ」


 ため息混じりにそう言ったのは、イケメンな貴恵の隣に立つことで整った容姿が更に際立つ絵画のような美少女。

 二人並んで立つ姿は、まるで映画のワンシーンのようです。

 スラリと伸びた肢体したいに端正な顔立ち、ふわりと柔らかくウェーブのかかった茶髪。

 白磁の肌に、華美過ぎない程度にほどこされた化粧。

 細長い睫毛まつげに——、どこか冷めた瞳。

 ボーイッシュな服装の貴恵とは対照的に、涼花の装いはまるで週末のOLさながらの女子力を誇ります。

 季節に合わせた柄物の暖かみあるチュニックに、春らしさが香るシンプルなフレアスカート。

 あまりに垢抜あかぬけたその容姿から、女子高生だと信じて貰えないこともしばしばあるそうです。

 六月の早朝の日差しはさほど強くないにも関わらず、分厚い日傘を差しているのは美意識の現れでしょうか——。

 水瀬みなせ涼花すずか

 貴恵に同じく玲愛の中学時代の友人であり、青の騎士ルークの現実世界での姿リアルです。

 二人はそれぞれ大きな紙袋を片手に提げていました。

 中身は当然、本日の目当てである第二世代VR装置です。


「ふぇぇぇぇ~……‼ ぎにゃぁぁぁ……、今回は流石に、立ち直れないかも……︎」


 玲愛も十七年の人生経験を経て、自分の〝体質〟との付き合い方は理解しています。

 今回もまた、来たるべく決戦の時に備え、万全の準備を尽くしました。

 

 まず初めに目覚ましをセットしました。

 これは寝坊防止のため。

 寝てる間に目覚ましが壊れてしまうかもしれません。

 念のために五つ用意しました。

 それから道に迷わないように、予め家電量販店までの道のりを調べました。

 ついでに、予定到着時間の一時間も早く家を出ました。

 家を出る前に、お手洗いも済ませました。

 それでも数々のトラブルに見舞われ、結局二時間もかかってしまったのです。

 この場に居ないバエルとサツキのリアルである二人の少女も、既に目当てのVR装置を入手していることでしょう。

 心身共に満身創痍まんしんそういな玲愛の頭をでながら涼花が、


「……先着とは言っても抽選はあるのだし、玲愛ならどうせハズレてたわよ」


  憮然ぶぜんと言いました。追い打ちでした。


「涼花、それ慰めになってない」


 貴恵の指摘が素早く入って、


「うぅぅぅ……。あんまりだぁ……」


 レアはまだいじけていました。


「元気出せよなぁ……ってかどうする? 涼花」


「……。別にスタートラインでガツガツする必要もないだろうし、足並みを揃えるためにも時間が必要かもしれないわね」


 水を向ける貴恵に、涼花が提案したのは既に購入した二人のプレイの自粛じしゅく

 次に《TCO》を手に入れる機会がいつになるか分かりませんが、その間にも他の四人が黙々と進めてしまうと、玲愛では到底追いつけません。

 レベルが上がり、装備を整えた四人に助けて貰うことはできますが、それでは結局、《FVW》と同じ寄生プレイヤーへの第一歩を踏み出すことになります。


 そう考えると、合理的ではありますが、いくら不運が続いたとはいえ、《TCO》を入手し損ねたのは玲愛の自業自得です。

 みんなに迷惑をかけるのは、流石に心が痛みます。


「それは……、いい! いらない! 私はソロで追いつくから、みんなは先にプレイしててよ!」


 玲愛は強い意志を持って、抗議しました。


「つっても……、なぁ……?」


 貴恵が涼花に水を向けます。


「…………。他のメンバーならともかく、スタートが遅れると玲愛が追い付かなくなるのは分かり切ったことよ」


 涼花がそう答えて、


「——待つ必要なんてありませんよ。ちゃんと五人で足並みを揃えてプレイしましょう」


 誰かが言いました。


「お?」「あら?」「うん?」


 突然の背後からの声。

 いきなり会話に割り込んできた第四の声に、店舗の隅で会話していた三人の肩がビクンとねました。


 その人物は理知的で、不可思議ミステリアスな空気を纏った制服姿の少女でした。

 長い黒髪にフレームの細い眼鏡。休日にも関わらず学校の制服で歩くのは服を選ぶのが面倒だから、だそうです。

 彼女こそ、バエルのリアルである小峰こみね遊里ゆうりです。

 そして彼女もまた、二人と同じようにVR装置が梱包されている紙袋を提げていました。


「遊里ちゃん……? どうしてここに……?」


 驚愕きょうがくに目を丸くする玲愛に、


「ふふふ、いいですねその表情。窮地きゅうちに立たされ、死にひんした際に仲間が助けに来た、そんな表情をしてます」


 遊里は楽しそうににっこり。

 困惑しながらも玲愛は訊ねます。


「えっと、遊里ちゃんはVR装置をお父さんから貰えるんじゃなかったの……?」



 遊里の父親は、VR装置の開発に携わる会社のお偉いさんだと玲愛は聞いていました。

 そのため遊里は父親から一台、発売日にプレゼントされる予定だったので、この場には来ないことになっていたはずなのです。

 ちなみに——、昨夜白猫のアトリエに集結した四人が集まった今、唯一この場に居ないMMメンバー、サツキのリアルである高槻たかつき皐月さつきは訳あって、とても忙しい時期のようです。

 忙しくても、ちゃっかりと何かしらの方法で確保したようで、玲愛達が店を出る頃には、メッセージアプリのグループにドヤ顔と共にVR装置を抱えた自撮り写真が投稿されていました。

 遊里は、


「それはあくまで自分の分です。私たちの誰かはハードを入手し損ねる可能性を発売日前から考慮していましたので」

「……ふむふむ」

「そうなると——、それは必然的に玲愛になるわけで」

「うっ」


 玲愛は気まずそうに視線を泳がせました。

 貧乏くじを引くのは最早、玲愛の役目のようなもの。

 反論の余地もありません。


「さて、私の説明はことに定評があるので割愛かつあいしますが、お分かり頂けましたか?」

「うっ。遊里ちゃん、根に持ってるね?」


 レアの言葉に、


「……」


 遊里は沈黙で返しました。笑顔です。暗黒微笑です。この女、絶対根に持ってます。


「つまり、玲愛の分を確保しにわざわざ来たってわけね」


 涼花が納得したように頷いて、


「あ、そういうこと」


 貴恵もぽんと手を叩きました。 


「そうなの! 素敵! ワンダフォー! 愛してるっ!」


 玲愛は歓喜しました。喜びました。小躍こおどりでした。

 しっかりと代金を払って、遊里からVR装置を譲り受けた玲愛は、


「……にへへへへへ」


 年頃の女の子がニヤニヤとニタつきながら紙袋に頬ずりをする姿は、再び周囲のお客さんの奇異きいの視線を誘いました。

 そして、周囲も徐々に騒がしくなっていきます。


「……ま、とりあえず外出るか」 


 何事かを察した貴恵の提案をすんなりと承諾しょうだくした涼花と遊里が、貴恵の後に続いて外に出て、


「うへへ……。いひひ……。……。あれ、みんなどこいった?」


 置いて行かれた玲愛も焦って続きました。 




 店の外に出て、人目の付かない駐車場の隅に移動した四人です。

 未だ一人干渉に浸り、VR装置をペットのように愛でている玲愛を尻目に、


「さて、悪いな、遊里。考え不足だった」

「私もね。流石に予想がつく事態だっただけに、対策を取れていなかったのは浅慮が過ぎたわ」


 貴恵と涼花は少し悔しそうに言いました。 


「礼には及びませんよ。私の役割は皆さんのサポート、いては後詰ごづめのようなところがあります。有体ありていに言ってしまえば、保険のようなものです」


 だから——、と遊里が続けて、


「足りない部分は皆で埋めあっていきましょう。それが私たちのり方じゃないですか」


 優しく微笑みました。


「悔しいけど、ちょっとだけ格好いいわね……」


 涼花が言って、三人は笑い合いました。

 そして、


「え? なになに? なんでみんな私をはぶってるの? なに面白いことしてるのー!」


 の話題に炙れた玲愛です。


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