白猫のアトリエⅢ


「それで、なんでありますかエキドナギルド長!」


 かしこまって問いかけるレアに、


「……うむ。まず我々、マンデイメランコリアは明日発売される《TCO》でも活動を続行しようと思っている! 異議はあるかね?」


 エキドナが応じました。ノリノリでした。


「ありませーん!」

「よろしい! では決定事項とする!」

「イエッサー!」


 ビシッとレアは敬礼しました。


「次に、詳細な活動内容について、さしあたってまずは、大きな変更点を一つ提案しようと思う!」

「なんでありますかー! エキドナギルド長!」

「我々マンデイメランコリアは来たる月曜日の憂鬱ゆううつに対抗すべく、主に週末の活動を生業なりわいとする、我々五人の、五人による五人の為のギルドだ!」


 エキドナが、元米国大統領の政策スローガンのようなことを言って、


「イエッサー! その通りであります!」


 レアは再び敬礼しました。かかとまで揃ってました。


「これを——、変える!」

「イエ――……、ほえぁ?」


 予想もしていなかったエキドナの言葉に、レアの発音の怪しい英語のような音が漏れました。


 そして、そんな反応を大方予想していたであろうエキドナが、


「えっとだな……。具体的には六人目以降、つまり私達五人以外のメンバーも受け入れようと思ってる。理由は……、まあ単純な話だ。私達はこれまで各々が自由にやってきた」

「ふむ。そうだね。それで?」

「今後もその方針については変更するつもりはないが、少数であるが故に、どうしても上位ギルドの中では、一段下の存在となっていた。これは謙遜けんそんではなく事実として客観的に見て、それから実際のデータと照らし合わせての話だ」


 エキドナの言葉には何の誇張こちょうもありませんでした。厳然げんぜんたる事実として、レアを除く他の四人は間違いなく優秀なプレイヤーなのです。


 圧倒的プレイヤースキルとゲームセンスで、常に攻略の最前線に立ち、圧倒的カリスマから野良のパーティーにおいても、その統率力を遺憾いかんなく発揮するエキドナ。

 同じく定期イベントから、シーズナルイベントまで、全てのイベント要素のやり込みに関しては他の追随ついずいを許さないやり込みの鬼、ルーク。

 隠し要素や小ネタの発見、《FVW》に関することなら、なんでも知っている聡明そうめいで博識なバエル。

 この場には居ませんが、生産職ALLレベルマックス。《FVW》日本サーバーにおいて、一番資産を持っている廃課金プレイヤーのサツキ。


 彼女たちは全員、ゲームの攻略スレッドで名前を聞かないことがないほど、最上位層のプレイヤーなのです。

 そんな強者つわもの揃いの中——、レアはかなり平凡。

 流石に一般的なのプレイヤーよりは明らかにステータスが高いですし、装備も群を抜いて強いのですが、それはあくまで、

 それも、他の人に強くしてもらった、仮初めの身体でした。

 普段からあまりゲームを積極的に遊ばず、天性のバッドステータス『不運』も手伝って、個としての評価は平凡以下といったところ。

 装備している防具は、全て生産職であるサツキからの特注品。

 手数料、材料費諸々、全てが適応されています。


 トッププレイヤー御用達の生産者であるサツキが作る装備は、満額請求すると会社員の一月分の給料が全て吹き飛ぶと言われているそうです。

 そんな装備が——、なんと——、無料タダ

 友達割引は最強です。


 使っている武器——、壊れてしまった主武器メインウェポンのグレンモアと、予備武器サブウェポンの【ヴァジュラ=スピア】。大型剣と長槍の二振り。

 これらもエキドナやルークに討伐を手伝ってもらったボスモンスターからのドロップ品です。

 強化はもちろん、サツキのサービスです。

 やっぱり友達割引は最強でした。はっきりわかります。

 付け焼き刃程度に身に付けた知識の片鱗へんりん——ステータスの振り方やスキル構成、戦術指南はバエルからのもの。

 人に物事を教えるのが好きな彼女は、たまに暴走気味になりますが、基本的にはとっても優秀な講師なのです。

 そのおかげもあってか、レアは最前線を張るプレイヤーと同格以上のキャラクター性能を誇りながら、〝攻略サイトを一度を閲覧えつらんしたことがない〟くらいには関心や意欲が薄いという欠点を抱えています。


 一年以上、完全に来賓待遇らいひんたいぐうで持て成されていた――、というか、『寄生』していたろいう少女の経緯がそこにはありました。


「確かに。私はともかくとして、皆はこのゲームの中でも有名人だもんね。バエルとサツキは二人で〝最強のプレイヤー〟倒しちゃったし……」


 納得して小さく頷いたレアに、


「最強が倒されてる時点で矛盾してるわよね」


 皮肉を言ったのはルーク。


「いえ、最後に少しとは言えど私がサツキとの戦闘に介入しましたし、客観的認識では依然として、彼の魔王が〝単体としてプレイヤー最強〟という看板に偽りはないかと」


 バエルが魔王を養護して、


「あくまで起きた事実を精査するとそうなるわね」


 ルークはニヤリと獰猛どうもうな笑みを浮かべます。

 そして、瞳には剣呑けんのんな光。

 魔王討伐の際に、どうしても一対一タイマンで戦いたいと立候補したMMの四人(もちろんレア以外)ですが、ジャンケンの勝敗順に挑みに行き、念のために一人だけ同行するという結論に至りました。

 

 結果としてサツキが挑み、バエルが同行して、なかば二人がかりで魔王は倒してしまったわけですが——、


「ほんと……、ジャンケンってどうやったら強くなるのかしらね?」


 ジャンケンで初っ端から負けたルークは根に持ってました。


「それ、私に聞くの?」


 そして、ジャンケン最弱の異名を持つレアのジト目を誘いました。


「で、話を戻すぞ。《TCO》では私達の可能性を見出したくてな。リアル優先、プレイスタイル自由は貫きつつ、良識のあるメンバーを少しずつ揃えていきたいと思う。頭数さえ揃えば私達は他の連中とも互角以上に戦えるキャパはあるはずだからな」


 エキドナがしっかりと話題の脱線を軌道修正します。

 流石はリーダー。


「確かにね。うーん……、うーん」


 レアは頭を悩ませました。考えました。 

 

 レアにとってこの場所は、例えるなら放課後のクラブ活動のような、自分の日常の一つとして数えられている安息の地としての役割が大きいのです。

 それと同時に、自分がになっていることによる劣等感もありました。

 有名プレイヤー四人を抱えながらも、他のギルドと競い合う場面で辛酸しんさんを舐めさせられた記憶は少なくありません。

 レアは考えたことがあります。

 五人だから上に行けないどころか、自分を抜いた四人だけなら、もっと《FVW》でも上位の成績を残せたのではないか、と。

 自分という、〝寄生プレイヤー〟の存在によって、彼女達の足を引っ張っているのではないか、と。

 楽観的なレアにしては、やや卑屈ひくつに考えてしまう部分なのです。

 レアの表情の機微きびを悟ったエキドナが、


「もちろんレアが反対ならこの話は無しにするけどな。今まで通り五人で遊ぶのもやぶさかではない!」

「うーん……。――いや、反対しない。いいと思う!」

「そうか、そうか! なら明日からも皆で――」


 レアの説得に成功したことを喜んだエキドナが言いかけて、



「――でも、私は《TCO》では皆と同じギルドに所属するのは辞めにしようと思う」



 レアの台詞が、短いようで長い沈黙を生みました。

 最初に沈黙を破ったのは、


「エキドナ、この話はなかったことにしましょう。……レアが抜けるなら、意味がないわ……!」


 エキドナに説得をゆだね、見守っていたルークでした。

 蹶然けつぜんと立ち上がって、カウンター席に座っていたエキドナに詰め寄りました。

 必死の形相でエキドナの肩を両手で掴んで、ゆさゆさと揺すります。


「ちょ、ま、警告警告! 警告出てるって!」


 激しく揺すぶられ、目を回したエキドナの指さす先。

 危険マークと共に空間ウィンドウに出現したのは赤いポップアップでした。

 男性キャラが女性キャラに対して、不適切な接触をした場合に発動する警告です。

 これを無視すると、強制ログアウトからの数か月のアクセス禁止という、どんなに強いプレイヤーでも悶絶もんぜつする強力なコンボをらうことになります。


「……少し取り乱したわ」


 あわてて手を放し、ゴホンと咳払い。

 しょんぼりと自分の席へと戻っていくルーク。

 苦笑混じりに乱れた乱れた襟元えりもとを直したエキドナが、


「しかしまぁ、ルークの言うように我々は五人で楽しむことを最優先にしている。レアが他のメンバーの加入を拒むなら、それは皆の意見を尊重したとは言えないな。だから先程の案はなかったことにするが……」


 その言葉に、


「いやいやいやいや! 待って待って! 違うんだよ!  誤解だよ! 待って待って!」


 レアはぶんぶんと手を振って否定しました。浮気現場を見られた男のようでした。


「待つから落ち着け」

「うんとね、あんとね。んー……、なんていうのかな。皆には頑張って欲しい。でも、今のままだと私はミジンコ以下の寄生虫ヒモ女になっちゃうから……。ていうか、もうなってるし! うわぁぁ! どうしよう! 恥ずかしい! 生きてるのが!」


 これまでレアは数々の奉仕を受けてきました。倒せないモンスターを倒してもらったり、ドロップした装備品を譲って貰ったり、装備の修理や強化を無料でしてもらったりと。まさにおんぶに抱っこ。


 その楽なプレイから生じる達成感は微々たるものですし、四人に比べてゲームに対する意欲や向上心が低いのもまた、連鎖的にそこからくるものなのでしょう。

 それでもレアはこれまでそれを〝つまらない〟と感じたことはありませんでした。

 ありませんでしたが、同時に、彼女達に対して劣等感を覚えたくない、心の底からゲームを楽しみたい、そう感じているのもまた事実でした。


 成長した姿を見せるために、レアは独り立ちすることを誓ったのです。


 そんな少女の小さな決意に、


「なにも、そこまで卑屈にならなくてもいいじゃねぇかよー。楽しくやろうぜ。誰も迷惑だと思ってないって」

「私のやり込み要素を勝手に減らす気?」

「夫への弁当を作るついでに、子供にも作って持たせるようなものです。なにも迷惑ではありませんし、やはり皆で楽しくやるために必要なことだと思います」


 三人は真っ向から反論しました。過保護でした。

 お母さんです。お母さんが三人いました。

 まぁ、みんながそう言うなら——、と。

 甘言に身を委ねるのも悪くはないかな——、と。

 レアの心の中で悪魔がささやきます。

 煩悩ぼんのうに抗うべく、レアは抱えた頭をぶんぶんと振って、


「ダメなんだぁぁぁぁぁぁ! 私を甘やかすなぁぁぁぁぁぁ!」


 突然の全力疾走。

 キャラクターの敏捷性をフルに活かして瞬く間に消えていきます。


「ちょ、おい! レア︎ー!」


 何事かをわめきながら白猫のアトリエから出て行ったレア。

 その背中を見送る三人は、


「……逃げたわね」


 どこか他人事のルークと、


「逃げましたね」


 優雅に珈琲のすすり真似をするバエル。


「情緒不安定過ぎだろ! 追っかけるぞ!」


 こうなれば、レアを連れ戻すのはリーダーの仕事です。


「別に構わないけど、なんか、あの子、〝紅竜〟出して逃げてるわよ。……貴女、飛べる?」

「うがー! めんどくせー! 情緒不安定かよ!」


 ルークに伝えられた事実に、今度はエキドナが頭を抱える番です。


 ——その後、というか、三分後。


 レアはあっさりと捕獲されました。

 職業ジョブ——、竜騎士にしか扱えない、希少騎乗生物レアマウント、【紅竜】に乗って逃げていたところを、バエルの狙撃魔法で撃ち落とされて——。

 それでも尚、かたくなに自らの意思を通そうとするレアに、三人は感銘かんめいを受けました。

 こやつがここまで強情になるのは珍しい! と。

 実際レアが自己主張をすることは稀なので、詮なきことでしょう。


「だから——、私は一人立ちソロプレイするんだ!」


 バエルが力加減をミスった強力な魔法によって、若干焦げたレアが声高らかに訴えますが、


「無理だろ」「却下」「不可能です」


 即答されました。

 感銘は受けたようですが、納得はしないらしいです。

 更に不問な問答を重ねに重ね、折衷案せっちゅうあんとして、とりあえず、何日か、明日からしばらくは、レアが《TCO》をソロでプレイすることは許可されました。

 一人でゲームするのになぜ許可がいるのか、レアは少し疑問にも思いましたが、

 まあ、とりあえずは、うん、いいや。

 ひとまず、納得しておきました。

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